王宮で得た親友
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ゲルトルードは、葡萄酒を指先でもてあそぶ主をみて、睨みつけた。ゲルトルードは、先程のリルティの顔を思い出して、心が痛かった。
ほんのさっきあったばかりなのに、どうして、こんなに気になるのか考えて、思い出した――。
あの髪の色は、大好きだった犬の色と同じだった。明るい茶色というかクリーム色というか、日に透かせば、淡い柔らかい金髪というのだろうか。髪の毛は後ろで一つにまとめられてネットでお団子にされていたが、リボンを解けばウェービーな柔らかそうな髪だろうとおもう。
その髪も大好きだった愛犬と一緒で、そう言ったらリルティは怒るだろうか、それとも笑うだろうか。
「なんであんなことを言ったんですか」
「別に間違ったことは言ってない」
文句を言われることを見越していたのだろう、ジュリアスの返答はあまりに早かった。
「なんで、あんな風に……」
好きな子を泣かすようなことをするんですか? と声になるかならない小さな呟きで、ジュリアスを詰る。
ジュリアスは、睨みあってた目線をフイっとそらした。それが、本音だろうに、なおも意地をはる。
「別に好きじゃない」
「馬鹿につける薬はありませんね」
「別に泣いてなかった……」
浅葱色の瞳は、涙を浮かべていなかったはずだ。きつく睨みつけたときは、青緑の青が濃いのに、笑うときは緑の瞳に見えた。そんな色の瞳をジュリアスは初めて見たのだった。
「そうですね、貴方には、あの可愛らしく崩れる彼女の可愛い姿なんて、見れてないですものね。それは、仕方ないわ。私は、可愛く泣くあの子を抱き寄せて、よしよししてあげるために、今日はもうお暇いたしますね。ごきげんよう!」
可愛いを連呼して、訳のわからない言葉を並べて、ゲルトルードは居間を退去しようとするので、ジュリアスは何故かむかついて、その手首をつかんだ。
「何か?」
「仕事してからにしろ。明日までにあげないといけない報告書がたまってるはずだ」
バシッと、ジュリアスの手を払い、ゲルトルードは笑う。
「そんなもの、乙女の涙と比べれば、塵ほどでもない!」
挑発してきた乳兄妹に、ジュリアスはチッと舌打ちする。
「終わったら休憩させてやる――」
二人が臨戦態勢になるのを見て、ミッテンは額に血管を浮かばせた。
「子供じゃないんですから!」
普段大人しいミッテンの怒号に、二人は固まって、振り向いた。笑顔を張り付けた怒れるミッテンがそこにいた。ミッテンは第二王子ジュリアスの護衛として、ずっと側についてくれている四十代前半の男で、所属としては騎士団の近衛である。普段は温厚で通っているが、怒らせると誰よりも怖いと二人は知っている。
「すみません――」
「悪かった――」
反射的に謝りながらも、ジュリアスはゲルトルードの手を離すことはなかった。
ジュリアスは、本当ならリルティを懐柔するべきだったのだと思う。
昨日、一目ぼれしたのだと。今日は出会って嬉しくて、思わずキスしてしまったのだと――。
怪我をさせてしまって申し訳ないと、沈痛な面持ちで謝罪し、許しを得てから抱きしめれば良かったのだとわかっていた。
そうすれば、『変態』のことも昨日の子供のことも忘れてくれる。しばらく側に置いて、彼女が身分の差というものに怯えるようにしむけて、それから離れれば、問題はなかったのだとわかっている。
ジュリアスは、今までの様にそう行動することが、何故か出来なかった。
あの浅葱色の瞳に吸い込まれるように見つめることしか。
ただ子供のように、言葉の反応を楽しんで嫌味をいうしか出来なかったのだ。
いくつなんだ、俺は――。
ジュリアスは、手元にあったカップの中身を乱暴に飲み干し、ゲルトルードを連れて、執務室へ歩みを進めた。文句を言ってくるが、ここで離す気は一切ない。
ゲルトルードだけズルイと思っているから、どんなに詰られても、ジュリアスはゲルトルードを部屋から出さずに、次々と書類を渡していく。
その日のジュリアスの仕事は、一週間分の仕事より速く正確なできばえだったという。
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リルティは、トボトボと傍からみてても分かるくらい沈み込んでいた。
「リル、今日はもう部屋にもどって、夜勤明けの疲れた身体を休めましょ」
メリッサは、気の利いたことも言えず、気分をそらしてあげることもできない自分に腹が立った。が、リルティは、メリッサに嬉しそうに寄ってきて礼をいってきた。
「ん。メリッサ。ありがとね、側にいてくれて嬉しかった」
リルティとは、彼女が王宮のフレイア王女付きの侍女に上がって、初めて出会った。
その頃は、ちょうどフレイアの侍女が何名か結婚のために辞めた後だった。
メリッサは、王都の領地なしの男爵家の二番目の娘として産まれたが、持参金がないから王宮で持参金なしでもいいという旦那を見つけて来いと言われて、王宮勤めをしていた長男の伝手で侍女になった。
フレイアは人見知りなところがあって、侍女にはなったが、特に目通りがかなう訳でもなく、姫の侍女の一人として花をいけたり、ドレスを新調するのに意見をいったり、特にしんどいことも難しいことも、そして嬉しいこともなく、日々を過ごしていた。
やっと三ヵ月がたち、王宮にもなれたかなと思う頃、リルティがやってきた。
小さいとはいえ街を治める領主の娘であったリルティは、どこかおっとりとしていて、田舎者だった。人が多いことがまず驚いたことだというから、メリッサは王都に住むものとして、少し笑ってしまった。
「よろしくね」
「はい。間違えてるわ。よろしくお願いいたしますでしょ」
リルティは、あまり物覚えがいいほうではなかったが、何度も練習して侍女としての振る舞いや言葉遣いを覚えていった。教えるのが楽しくて、メリッサが鍛えたというのもある。慣れた今では崩れてきているが、最初の頃のリルティは、教科書を読んでいるように話していた。
一生懸命なリルティが可愛かった。
そしてある時、王太子がフレイア王女と一緒にお茶を飲んでるところに、話題にあがったからといって、リルティは呼ばれたのだ。
王太子の護衛の騎士として側にいたリルティの叔父に「そういえば、お前の姪がフレイアの侍女になったといってなかったか?」と、そんな他愛無い質問されたらしい。
王太子と王女の前に出されたリルティは、前よりはマシだったが、とても出来た侍女の振る舞いは出来なかった。
「オハツニオメニカカリマス。ジジョのリルティでゴザイマス」
ギギーと音のしそうなくらい固い動きで、リルティはお辞儀をした。声も、見事に平坦な抑揚のない音の並びだった。そして戻ってきて頭を上げたところを王太子と王女の笑いの渦に迎えられて真っ赤になってしまい、叔父の「行っていいよ」と言う声に、少し感情の揺らいだ音で「シツレイいた……シマス……」と、もう一度固い退室の挨拶をして、戻ってきた。
「恥ずかしい……」
人間に戻ったリルティを励ましていたら、何と王女が気に入ったから、リルティはお側付きなったとマキシム夫人は告げた。
蒼白になるリルティに気付いたのか、メリッサも一緒にお側に上がればいいと、二人の仲がいいのを知ってるマキシム夫人は配慮してくださって、それからずっと一緒にフレイア王女に仕えている。今では、フレイア王女はメリッサのことも気にいってくれて、とても楽しい日々を過ごしている。
二年前よりもっと、二人は仲のいい親友になった。
そのリルティを慰められないことに、メリッサは歯がゆく思う。そして、原因であるジュリアス王子に対して、悪い印象しか得られなかった。
沢山のブックマーク、ありがとうございます。まだこんな序盤で評価もいただけて嬉しいです。
まだフレイア様との話も少年もでてきてませんが、ゆっくりでごめんなさいね~。なんですかね~。『弓&刃物?』のほうがテンポ速かったので、ちょっとジリジリします。ジレジレは好きですが、ジリジリはしんどいです~。パーとした話書きたいな~。『レシピ』のシリアス、『午後10』のハイテンションラブとか思ってたのに、なんかうまくいきませんね~。