瓦礫の前で佇む王子様
こんにちは。おひさしぶりです。馬のほうはそれなりに進んでいるのですが、こちらは中々すすまなくて、こんなに開いてしまいました。ゆっくりですが、書いていればなんとか1話になりました。お待たせです。
リンツとバッカーフは、元々小競り合いの多いエウリカ皇国の国境付近に駐在していたため、若い割りに戦い慣れていた。集団で戦うことに慣れていないジュリアスの脇を固め馬上から攻撃しつつ、相手が怯み逃げようとするのを他の騎士が捕縛、もしくは足止めをして、三十分もしないうちに決着は着いた。
「見事ですな。騎士団はジュリアス殿下が統率されれば、強固となりましょう」
西の門を護る守備の騎士は、口々にジュリアスを褒め称えたが、ジュリアスは静かにアリアス守備隊長に目線を送った。
「ゼン、それよりも使えそうな騎士を選別して、他の門をあたるぞ」
「それよりって……。わかりました。北は護りが強固ですから、南にいくつか送ります」
「中に入る方法はないのか?」
ジュリアスも王宮からの緊急時の秘密の通路は知っているが、この人目のある場所では、方向すらばれる危険性はおかせない。
「はい。一つだけこの門から緊急のための出入り口があります。もちろん通れるのは一人づつですので、向こうが制圧されていれば、危険ですが……」
「構わん、このままここで中の様子がわからないまま待機するよりは……」
「だめです。もしもの時のためにジュリアス様には安全な場所に――」
「もしも? もしもの時に俺が王になるのか? クックックッ……」
ジュリアスは腹のそこから笑いが込み上げてくるのを感じた。
「ジュリアス様!」
「ごめんだな。そんな役割、俺の性には合わない」
ずっと、自分は王太子のスペアだと思っていた。自分に自由にならない全てのことが、本物でないから自身の手の中に収めることができないのだと。
ここに来て、ジュリアスはそれが間違っていたことに気付いた。
「ジュリアス様なら――」
「俺は、王にならないのではなくて、なれないんだ。俺はライアンのスペアではなく、ライアンの忠臣となるべく育てられたのだから、王になるために必要なものがない」
王は、膝を折ってはならない。王は自身の幸せのために民を売ってはいけない。王は自らの欲にまみれてはならない――。
ライアンはそうやって育てられた。
俺は、膝を折ることにためらいなんてない。俺は、自身の幸せのために王の座を蹴飛ばすし、リルティを得るためにならどんなことだってするだろう。
「こんなところで、自分と向き合うことになるとはな――」
もちろんこの場にいる誰もジュリアスの独白の意味はわからないだろう。けれど、腹が決まってしまえば、ジュリアスに躊躇いなどなかった。
「アリアス守備隊長、場所を教えてくれ。中に入る」
「では私が先導を務めましょう」
アリアス守備隊長の言葉にジュリアスは首を振った。
「いや、駄目だ――。アリアス守備隊長には、門を護ってもらわないといけないし、他の門にも余裕のある兵力を分散してくれ」
「では、他のものを――」
「いや、間違えて襲われても困るしな。一人で行くつもりだ」
ザワッと、騎士がどよめく。
「それなら、教えられません」
アリアス守備隊長の意思はこの吊り上げ橋の門のように強固そうだった。たとえ命を懸けてもジュリアス一人を行かせるわけにはいかないと思っているようだった。
「――っ、お前達は――」
ジュリアスの前に膝を折ったのは、リンツとバッカーフだけではなかった。頭を垂れ、命令を待っている。
「ジュリアス様、好きな女がいるんでしょう? なら、命は大切にしてください」
「リンツ……。わかったお前が先頭な」
リンツはきっと焦るだろうと思っていた。ジュリアスの想像に反して、リンツは嬉しそうに笑った。
「次は俺がいきますからね」
バッカーフがそういうと、口々に順番争いが始まった。
「あ――……、こういう所、陛下にそっくりですね……」
父親に似ているといわれることが一番嫌いなジュリアスに、わかっているくせにアリアス守備隊長は断言した。
「似てない!」
ジュリアスは、思わず叫んで、その場の雰囲気を意図せず緩めてしまったのだった。
ジュリアス達が一人ずつしか通れない通路から城の中に入ったときには、反乱軍は既に国王軍によってほぼ殲滅されていた。思った以上の数の反乱軍の死体にジュリアスは城の警備体制を見直さなくてはいけないと気を引き締めた。
「ジュリアス殿下!」
「陛下は?」
「陛下は王の間に」
王の間というは、所謂隠語だった。この場合、国王は無事で執務室にいるという意味である。ジュリアスは頷き、アリアス守備隊長からかりた一隊を連れて向う事にした。陽動も含めた意味で、道は遠回りだが。
「宰相は?」
撃たれたと聞いているから死んだかという意味で聞いたが、「側妃様とともに」というところみると生きているらしい。
あれだよな、性格が悪いからお祖母様が迎えに来ないんだよなと、恐ろしく強運な祖父が多少可哀想になる。
ああ、だから性格が悪いんだと、ジュリアスは納得した。
「兄上は?」
父親を陛下と呼び、祖父を宰相と呼ぶが、ライアンのことだけは兄上と聞くところがジュリアスらしいと思いながら、聞かれた近衛は「将軍と共に討伐にあたっております」と答えた。
「もちろんフレイアは?」
無事だよなと些か強い視線を投げれば、「勿論、お部屋でお守りしております」と律儀に答える男に不謹慎なほどの笑みでジュリアスは「そのまま頼むぞ」と声を掛けた。
その時、轟音がとどろき、城の一部が破壊されたのだとジュリアスはその方向を見つめた。
「リ、リル……」
その轟音と共に崩れたのは、フレイアの居室のあたりだった。ジュリアスは、信じられないものをみるように再度目を凝らせた。今この状態で馬は側にいない。ジュリアスは堪らず駆け出した。
「ジュリアス殿下!」
息咳切ってたどり着けば、そこは濛々と石の砕けた残骸と埃が舞っていた。
信じられないものを見るように崩れた一角を凝視し、ジュリアスは堪らず声を上げた。
「リルティ! フレイア! トゥルーデ!」
崩れた先には、巻き込まれた人が国王軍の騎士や兵によって助け出されていた。
駆けつけた先の崩れた先に知る顔を見つけて、ジュリアスはその腕をとった。
「セリア・マキシム夫人!」
自身も傷だらけだというのに、セリア・マキシム夫人は必死に石の崩れた上に行こうとしていた。
「ジュリアス様! フレイア様が――! この先にリルティ達がっ」
宥めるようにセリア・マキシム夫人の腕をポンポンと叩く。
「貴方がいける場所じゃない。ここは俺にまかせてくれないか」
涙だけは必死に堪えるセリア・マキシム夫人は、縋るようにジュリアスに目を向けて頷いた。
「投石機は他にないか?」
既に事切れた死体とこの惨事をひきおこした投石機が運ばれ、ジュリアスはその場を国王軍に警戒させるように指示した。
「ジュリアス様、こちらから行けそうです。先行します」
行こうとするバッカーフをとめ、首を振る。
「怪我がないかもしれないが、怯えているかもしれない。俺が行く」
「で、ですがっ……」
部屋の一部が倒壊していながら三人が顔を見せないのは、警戒しているからかもしれないと思い、ジュリアスは自分が先に登る事を告げた。更に崩れる危険性を考えれば、リンツもバッカーフも止めようとしたが、ジュリアスの瞳に怖ろしいくらいの暗い光をみて、言葉を詰まらせた。
絶対に無事だ。三人は無事だ。俺を見て、きっと安堵に泣くだろう。
リルティを引き寄せ、ずっと触れたくてたまらなかったフワフワの髪に口付けたい。その柔らかな体を引き寄せ、口付けたい。
ジュリアスは、その瞬間を思い浮べなければ立っていることすら辛かった。これほど引き裂かれそうに胸が痛むのは、リルティを抱きしめるためのエッセンスだと思わなければ、この崩れた先に進む勇気が出そうになかった。
ジュリアスは、足を踏みしめた――。
お疲れ様でした。えっと、前の話覚えてますか?(笑)。
次号再会ですね。頑張ります☆