戦場の王子様
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ジュリアスは、騎士団で培った根性と持ち前の体力でセドリックを抱いたまま、セージの用意した馬までたどり着いた。
「セージ、こいつを抱いて宰相の屋敷まで駆けれるか?」
ギョッと目をむくセドリックを馬に押し上げ、鞍の前の金具に縛った両腕をくくり付けた。
「この人をどうするつもりなんですか? 宰相の屋敷って……」
「セージ、俺は出来るのかと聞いている」
セドリックが貧血から倒れるのにそう時間はかからないだろうと思っているジュリアスは、静かにセージに尋ねた。
「で、出来ないことはないと思ってます」
はっきりとは言い切れないが、セージはそう言ってセドリックを乗せた馬に供乗りし、セドリックの腰と自分の腰を布で縛った。
「ああ、お前は大した男だよ。さすが、俺の従兄弟殿だ」
笑うジュリアスの顔をマジマジと見つめ、セージは口を結んだ。
「何を言っているのかわかりませんね」
「セドリックを死なせるな。そいつは、俺の大事な……友達なんだ」
更にセージの足とセドリックの足を結ぶ。これで意識を失っても落ちる事はないだろう。
「あなたの数少ないお友達なら、仕方ないですね」
憎まれ口は忘れず、セージは動きにくいながらも馬を旋回させた。
「死ぬなよ」
セドリックは自身が死にそうな顔なのにジュリアスの無事を祈るように言葉を発して、目を閉じた。
「ご無事で」
宰相に命じられていたのはジュリアスの護衛だろうに、セージに迷いはなかった。
「ああ、お前も。掴まるな――。どっちにも」
ジュリアスのいいたいことを無言で受け取り、セージは馬を走らせた。さすが、侯爵家に飼われている馬は素晴らしい血統で火の手を上げる屋敷に驚きもせず、駆けていった。
屋敷の人間は元々少なかったようだ。部屋に取って返したジュリアスは、メイル伯爵の指から伯爵である証の指輪を引き抜いて、セドリックを馬に乗せたときに抜いたセドリックの指輪を嵌めた。他に証明できるものがないかを確認して、ジュリアスはメイル伯爵であった遺骸に火をつけた。背格好や髪の色が似ている二人はもしかしたら親戚なのかもしれない。それは、ジュリアスにとって好都合だった。
燃え盛る火が全てを包み隠してくれるだろう。
ジュリアスは、もう何も用の無くなったその部屋を振り返りもせず後にした。
ジュリアスが侯爵家の屋敷から脱出するのにそれほど苦労は無かった。武器を持った人々は、司令塔を失い右往左往していたからだ。ジュリアスに気付いて追って来たものもいたようだが、セージの用意した馬は侯爵家でも特に優れた馬だったようで、軽いギャロップでその場を駆け抜けた。
ジュリアスが向ったのは勿論王宮だ。
セドリックの祖父が何をやらかしているのかはわからないが、国を二分する武力を持っていると信じた敵は王宮を攻めているはずだ。
王と、宰相、王妃、、王太子……そして姫。勿論フレイアについているリルティにも危険が迫っているかもしれない。そう思うといても立ってもいられない。立ち塞がる敵など屠ってしまえばいい――。
ジュリアスは、生まれてこの方ずっと戦いの中に身を置いてきたといっても過言ではない。死ぬことなど死ぬときに考えればいい。どうせ、リルティにもっとキスすればよかったとか、リルティにプロポーズしておけばよかったくらいしか後悔はない。それが全てで、後悔しきれないから頑張ろうと思う。
「リルティ――……」
呟いたこの胸の熱さと切なさを、どうすればリルティに見せることができるのだろう……。
もう我慢なんてしない――……。
駆け抜けた先には、異様な音のする鐘が鳴り響いている。警戒音が鳴り響けば、城の周りの堀に掛けられた橋という橋は吊り上げられる。そして、城を囲む軍勢と外周りを護る国王の兵が小競り合いをしていた。そう、あくまで小競り合いだ。
「引け! マストウェル侯爵もセドリック・グレンバースももう既に息絶えた。計画の半分は頓挫していると知れ!」
ジュリアスは、馬の勢いで中心部から国王軍のほうへ単騎で突っ切った。勿論、セドリック側は、担ぎ上げる王としてジュリアスをすえようとしている。自らの旗印を知っている反国王派は、ジュリアスを傷つけようとはしなかった。
「ジュリアス殿下」
「アリアス守備隊長ご苦労。状況を教えてくれ」
にらみ合ったままジュリアスの登場で、国王軍と反国王派は膠着状態となった。
「はっ、ただいま宰相閣下が狙撃されたのと同時に警戒体勢に入りました。宰相閣下のご容態はこちらには届いておりません。それと同時に場内に入り込んでいた賊が国王の間に押し入ろうとしましたが、そこで一戦後、近衛兵と国王陛下は執務室にこもられました。そちらには王太子様もいらっしゃいます。警鐘と供に我々は橋をあげ、大挙してきた反国王派を食い止めるためにここに陣取り今に至ります」
「よろしい。国王と兄上は無事なんだな――」
ホッと息を吐いたジュリアスは、反国王派にセドリックの護衛をしていた男を見つけた。
「セドリックは死んだよ……。メイル伯爵から俺を庇って撃たれた」
男の顔に絶望がよぎるのを見て、ジュリアスは拳を握った。
「セドリック様は……」
「ああ、俺を心配してくれていた……。退いてくれ。俺は、王になる気はない。セドリックも納得してくれた。今ここで投降すれば、ここにいる者達だけに限るが、俺は出来る限りの力で助命嘆願を請う」
守備隊長のアリアスが顔色を変えてジュリアスの袖を引く。
「そんなことをすれば……」
「俺の地位なんていいんだ。俺はどこにいても何をしてもライアンの弟だ。それだけでいい。それよりも、俺を想って血を流したセドリックに何か報いたい」
反国王派に向きなおる。
「お前達の助命なら、セドリックも安心してくれるだろう」
多分、セドリックは自ら危険を背負い込もうとしたジュリアスを「だからお前は駄目だというんだ」と罵倒するだろう。想像がつく。
「いいえ、助命は結構です。ですが、あなたがここにいるということは、本当にセドリック様は……。ならば、我々は膝を折りましょう、主と仰ぐ貴方になら……」
男は周りを見回し一瞥し、膝を折って手を出した。
次々と膝を折る男達に、ここにいるのがセドリックの纏めていたものたちだということがわかった。
「アリアス守備隊長、よろしく頼む」
「はっ、ジュリアス殿下はどちらへ……」
「城へ入れないのなら、周りをどうにかするしかないだろう。とりあえず、城の周りを片付けるしかないだろう。アリアス守備隊長、いくつか部隊を貸してくれ」
ジュリアスは騎士団に入っているが、隣国に長いこと赴任していたこともあり、騎士団に直接の指揮権をもっていない。
「私もいきます。ハーズ投降した人たちを集めておけ」
「わかった。西から行く」
ジュリアスの指令を受けて、騎馬をかるもの二十機弱が続いた。
「ご無事で!」
セドリックの護衛をしていた男は、声を張り上げた。その声に頷きながら、少しだけジュリアスは嘘を吐いたことに罪悪感を覚えた。
正門は難易度が高いから元々振られた人数が少なかったのだろう。西門は小競り合いどころではなかった。既に半分突破されそうなほど押されていた。
「アリアス守備隊長、一気にいくぞ!」
ジュリアスは、まず一番強そうな騎馬に乗る男に腰から抜いた銃で狙いをつけた。勿論反動もあるし、それほど命中率がいい銃でもないが、ジュリアスは弾数に糸目をつけず幼いころから練習したきただけあって、的中率は完璧に近い。それが揺れる馬の上だとしても。
銃弾響き、一瞬その場がシンと静まった中で敵の大将と思しき人物は馬から転げ落ちた。
「マストウェル侯爵とセドリック・グレンバースは既に死んだ。俺も旗印になどなるつもりもない。国王への反逆者となるつもりのないものは、武器を捨て、投降せよ!――それ以外は、殲滅する!」
ジュリアスの声に半分以上押されていた国王軍の指揮が上がる。
こちらにジュリアスの知る顔はない。いや、先ほど転がった男は見たことがあるが、それだけだ。
「アリアス守備隊長、半数で守備隊を立て直せ。半騎は俺に続け」
ジュリアスの手には銃の代わりに先ほど手に入れた槍が煌いた。ジュリアスが馬と共にすすむ度に血飛沫があがる。何故か半騎ではなく、ほどんど着いてきてしまったが、アリアスは少数で国王軍に合流していたのでホッとした。
「リンツ、バッカーフ、頼むぞ」
ジュリアスの声を受けて、両隣に騎馬を進めたのはジュリアスも知る騎士だった。元々騎士団で見習いからはじめたジュリアスは、社交界よりも騎士団のほうが馴染みがあるのだ。
「ひさし振りに、ジュリアス殿下のタラシを見ました~」
「リンツ、誑すとか人聞きの悪い事をいうな!」
「おや、聞かれて困る方でもいらっしゃるのですか……」
憮然と中央で槍を振るうジュリアスの両側を護り、剣を叩きつける男達は、ジュリアスの長年の同僚でもあるから、口も気安い。
「そうだ。好きな女に聞かれたら困るから、口を噤め」
ジュリアスがそういうと、目を瞠って男はヒューと口笛を吹いた。人が倒れ、その屍を踏みつけながらすすむ戦場に不似合いな口笛だ。
「そうですか……。おめでとうございます!」
「もういいから黙れ……」
ジュリアスは、何か違うものに疲れながら、その緊張感のない男と無言でニヤニヤしたまま歩みを進める男に溜息をつくのだった。
おひさしぶりです。
絶賛男祭り中です……。ああ、早く女の子を書きたいわ(笑)。
銃は単発しかでません。あくまで護身用です。