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午後十時の王子様  作者: 東雲 さち
本編ーいつか君のそばへー
57/92

王子さまは幼馴染を捨てきれない

いつも読んでくれてありがとうございます。


「わからないよ、ジュリアスには――」


 そんな風にジュリアスを拒否したセドリックの声は諦めた人のような力のないものだった。


「友達だろう、言えよ! 言えば……なんとかなることだって……」



 なんとかなるのだろうか、ことが起っているというのに? もうきっと手遅れだろうに、ジュリアスは望みを捨てたくなかった。


「ジュリアス……そんなだから、お前は駄目なんだよ。ライアン様に全てもっていかれて……、損ばっかりしている。ずっと迷ってた……お爺様の狂気を止めるべきか、手を貸すべきか」


 セドリックの暗い瞳の色と髪の色は、ジュリアスとよく似ていた。ジュリアスは好んで黒衣の王子様となったわけではなかったが、セドリックはいつも好んで黒を着ていた。並べば、ライアンよりもジュリアスと似ていると誰もが思うだろう。


「まだ、間に合うかもしれない――」


 ジュリアスは、セドリックの良心に賭けたかった。


「無理だよ……。ライアン様はジュリアスから最強の護り手であるミッテンをとりあげた……。おれはもうライアン様には仕えたくない。だから、ジュリアスが王になる道を選んだんだ」


 セドリックがジュリアスの近くに寄らないのは、危険だからだといっていた。勿論、それもあるだろう。だが、本当のところセドリックはジュリアスに拒否される事を恐れているようだった。


 ジュリアスが一番困ることをしておきながら、ジュリアスを案じている幼馴染に、掛けたい言葉が見つからない。


 セドリックが望むのは、ジュリアスが王位につくことだが、ジュリアスは頷く事が出来ない。


「ミッテンは……。ミッテンは、もう俺には必要がないんだ……」


 ジュリアスは、迷った末にそう呟いた。


「どういう……?」


 セドリックは、ジュリアスの言葉の意味を正確に理解していたが、簡単には、信じられないことだろう。


「エウリカ皇国で俺を狙っていた相手がわかったんだ。そして、俺を殺す必要がないと納得させた。だから、もう狙われる事はないんだよ。だから、ミッテンをライアンに返した」


 ミッテンは、王国一の騎士だ。その強さを誰もが知っている。本来なら王か王太子につけるべき騎士を第二王子ジュリアスにつける理由は、誰よりも命を狙われていたからだ。


「まさか……ッそんなことが……ありえるのか? どうやって?」


 幾度となく狙われてきたジュリアスを知っているだけにセドリックには俄かに信じがたいのだろう。

 ジュリアスだって信じられなかったのだから……。


「ライアン付きの騎士、テオを知っているか?」


 知らないものなどいるわけがない……。あれほど目立つ男はいない。


「ああ……。あの……」


 セドリックは思わず言葉を濁した。


 色男と呼んで、それだけでない何かがテオにはあった。


 離宮からの帰り道で襲撃してきた少女は、余りにテオだけに態度が違った。ジュリアスだってトーマスだって、その違いに「もてる男は違うよな……」と思っていたのだが、実は違ったのだ。

 尋問を始めたテオに、口篭りながらも、素直に襲撃を命じた相手を告げたことも驚きだったが、テオの姿を見るたびに拝み始める少女に理由を聞いた所、神の見遣いである天使にそっくりだという。

 エウリカ皇国とは、違う神を奉っているので、皆知らなかったのだが、神の声を伝えるという天使は、偶像というよりは強制力をもった聖人であった。エウリカ皇国は、皇家と神殿が対立していることから、宮の奥で大事に育てられていた王妃は天使の偶像を知らなかったらしい。


 エウリカ皇国とこの国は同盟を結んだが、神殿はそれを良しとせず、前国王ににているというジュリアスを悪魔と定め、宗教上の観点からジュリアスを狙っていたのだという。


 テオが、少女の話を聞きそれをライアンに報告し、国王はテオにジュリアスの汚名を返上して来いと命じた。


 神の御遣いである天使の顔をしたテオが、エウリカ皇国に向かい、神殿にてジュリアスは悪魔ではないと断言したら、本当に暗殺が止まったというから驚きだ。


 「私達をお導きください」と何百人に頭を下げられたテオは、もう帰れないかと思ったという。けれど、天も地も続いていて、私達はみな同じ星の下に生まれてきたのだと演説したら、泣く泣く帰してくれたそうだ。天使は決して、政治や戦いの理由にされることはないのだという。


 ジュリアスはそのことをかい摘んでセドリックに告げた。セドリックの目が、衝撃に揺れていた。


 今まで、散々命を狙われてきたというのに、たったそんなことで、全てがひっくり変えるなんてジュリアスだって信じられなかった。けれど、あれから命を狙われることがなくなったのは真実なのだから、仕方がない。


「はっ、ははっ……」


 喉を詰まらせたように、セドリックは笑った。


「ジュリアス、それは、笑えない話だ―――」


「笑えなくても真実だから仕方がない……」


 二人はしばらく見詰め合った。ジュリアスの瞳に真実を見ると、セドリックは一気に老け込んだような疲れた顔をした。


「だからミッテンが外れたのか……。なんで、おれにそれを言わなかった……?」


 セドリックとマルクスが心配してくれていることは気付いていたのに、ジュリアスは情報の漏洩を恐れた。見えない敵を炙りだすための計画だ。そして、セドリックは炙り出されたのだ。


「……言えなかった――。すまん」


 ジュリアスは、眩暈を起したように椅子に座ったセドリックに、言葉少なく謝った。どう言葉を尽くして謝罪したとしても、セドリックには同じだろうと思ったからだ。


「計画は、抜けていたということか。お前がおれ達に言わなかったということは……全てが王と宰相の手の中だったということだな……」


 セドリックは、それ以上何も言わなかった。ジュリアスを責める事も嘆く事もなく、ただ受け入れたようだった。


「セドリック、まだ……諦めるな」


 ジュリアスは切羽詰った声を出しながらも諦めてはいなかった。


「ははっ、だからジュリアスは駄目なんだっていっているだろう? おれはもういい――。お前が生きていくのなら、それだけで……いいんだ――」


「なっ何をいっているのですか! セドリック様。ジュリアス様が王位を継がないというのなら、次の王は貴方が……!」


 メイル伯爵が焦ったようにセドリックを説得しようと口を開く。清々しい笑みを浮かべるセドリックの心に彼らの言葉は届いていないようだった。


「お前たちは本当に馬鹿だなぁ。王や宰相に勝てると本当にそう信じていたのか? あんなのは老人のたわごとだ。戦争を終わらせるために、あの王と宰相が自分達だけ高みの見物をしていたか? 払った代償は誰よりも大きいのに……、あの老人達は自分達の痛みに目がくらんで、気付かないふりをしていただけだ」


 メイル伯爵とマズワーズ伯爵の弟は、息を飲んで盟主と崇め奉っていた男の孫であるセドリックの変わり身の早さに呆然としていた。


「そ、そんなことが……許されるはずが! 私達は新しい国の礎となるために!」


 マズワーズは、そうやってそそのかされたのだろう。あまりのお粗末さに、ジュリアスも白けたように視線を送った。


「この、男が……! この男達が……っ」


 メイル伯爵の手が震えていた。その手の先にあるのは、王から貴族の証として送られた銃だった。


「うあああ……やめろ!」


 セドリックは、その銃身がジュリアスに向いていることに気付き、悲鳴を上げた。

 声に驚いたのか僅かに逸れた銃弾は、ジュリアスを庇うように立ち上がったセドリックの腹を抜けて、陶磁の花瓶を破壊した。


 ガシャーン! 


 繊細な花瓶の割れる音に、ジュリアスは目を見開いた。

 自分を庇って立つセドリックが、腹を押さえながら崩れていくのを見た。


「ううぅああああ……!」


 ジュリアスは咆哮を上げながら、手元の縄を外し、そこに仕掛けたナイフでマズワーズの喉元を狙った。幾分の狂いもなく、鋭利なナイフは真っ直ぐな軌道を描き、髭に隠れたマズワーズの喉に突き刺さる。

 ジュリアスは右手でナイフを操りながら、左手はトラウザーズの後ろにセージが突っ込んだ銃を引き抜き、再び銃を構えようとしたメイル伯爵の額を狙って、外さなかった。


 あっけないほど簡単にむせ返るような血の匂いの中、ジュリアスはただ一人立っていた。


「セドリック! 動くな……っ」


 腹を押さえ、立ち上がろうとするセドリックを止めて、ジュリアスを拘束していた縄とジュリアスのものにしては可愛いハンカチで出来る限りの止血を試みた。


「ははっ、ほら、みろ。お前が動いた瞬間に終わってしまった……。どのみちお爺様が王宮で王と宰相、ライアン様を狙っている。れるとは思っていないが、どのみちおれの家は終わりだ。だから……おれを思うなら、ここに放置してくれ。そのうち血がたりなくなって、静かに終われる」


「お前は! 馬鹿だ!」


「そうだな……。ジュリアスに言われると凄くむかつくけど……馬鹿だよな……。ジュリアス、おれを殺したくなるようなことを教えてやるよ」


「聞きたくない」


「お前の大事な女を襲った伯爵を焚き付けたのはおれだ……」


 セドリックの自嘲気味な笑いは、ジュリアスを混乱させた。あれはてっきりリリアナサイドの人間の仕業だと思っていたのだ。祖父同士がつるんでいたから間違いではないが。


「グルネル伯爵を……何故?」


「何故だろうな……。お前の大事な女をめちゃくちゃにしてやりたかった。おれを生かせば、いつかまたそんな目に合うかもしれないぞ」


 リルティが大事なら捨てていけとセドリックはジュリアスを挑発しているのだろう。


「お前だって、俺には大事なんだ……」


 怒りにまかせることは出来る。それでも、ジュリアスはセドリックを捨て切れなかった。


「ジュリアス様! 火の手が上がっています。マストウェル侯爵だと思われます」


 馬を用意しにいったセージが、部屋に入って少しだけ息を飲んだ後、ジュリアスに報告をする。


「あの死にぞこない……」


 セドリックは血の気のない顔を顰めた。


「ジュリアス様……お逃げください」


「ああ……。行くぞ」


 ジュリアスは、本来なら担ぎたいところだが、腹に傷があるので仕方がないと、いつもリルティにするようにセドリックを横抱きに抱き上げた。


「おい……頼むから、頬を染めるのは止めてくれ……」


 恥ずかしさからか、真っ白な顔がほんのりと赤くなっている。リルティなら可愛いと思ってキスをしたくなるが、残念ながらセドリックでは、気持ち悪さしかない。


「わ、悪かったな! 好きなんだからしょうがないだろ! ……だから置いていけって言ったのに……」


 セドリックはやけくそ気味に叫んで、痛みに腹を押さえてうめくのだった。

タグのBL要素あり、やっとでてきました(笑)。

今回は結構大変でした……。一週間ずっと書いてたような気がします。お陰で肩が凝っちゃって、リンパパンパンでしたよ~。とはいえ何とか書けてよかったです。

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