小さな王子様とお友達
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目が醒めるとずきずきと頭が痛かった。何時間たったのかわからないまま部屋を見回すと、閉められたカーテンの隙間から太陽の光が見えた。まだそれほどたっていないようでホッとジュリアスは息を吐いた。
「――セドリックが……」
酷く消沈した声が自分の口からでたのだと気付いて、ジュリアスは軽く笑った。
思ったよりショックだったようで、自分の弱さに呆れる。
また宰相に嫌味を言われそうだなと、考えただけで頭の痛みも酷くなる。
ジュリアスは、自分が王の器でないことはわかっていた。
側妃が産んだとかそんなことを抜きにしても、ジュリアスはライアンのようにはなれないのだ。殊更宰相や王がジュリアスに仮面を被せようとするのは、ジュリアスのを護ろうとしてのことだと理解している。
ジュリアスの弱点は即ち、ライアンの治める次の時代の歪になるからだといつの頃からか気づいていた。
ライアンは、ジュリアスとは違う。これが性格のせいなのか王太子としての自覚のあるなしなのかはわからないが、ライアンは大した痛みを持たずに無用なものを切ることができる。優先順位がちゃんと定められていて、それに従うことに躊躇がないのだ。
だから、誰にでも同じように優しく振舞う事が出来る。優しくされれば誰だって期待する。その期待を切り捨てる事に罪悪感なんてありはしないのだ。
人がいないところでジュリアスをからかったり、苛めようとするのはライアンにとっての特別という印だとジュリアスはわかっている。だからジュリアスは安心してライアンのために働くことができる。
ジュリアスは、期待されれば何もかもを背負おうとしてしまうし、気に入ってしまえば特別を作ってしまう。だから父親たちは、小さい時からジュリアスに命じてだれとも一定の距離を置くように仕向けた。
父親の思惑から外れたところで出会ったリルティに特別な想いを育ててきたのはジュリアスの性格にもよるのだろう。
セドリックは、数少ないジュリアスの友人だと思っていたのに。ライアンを崇めているから、ジュリアスは気を負うことなく付き合えたのに、どこでどう狂ってしまったのだろう。
椅子にくくりつけられていたが、部屋に見張りはいなかった。手首の関節を外してしまえば、後ろ手にくくられた縄もとれるかと思ったが、セドリックの性格を思えば、そんな手抜かりはないだろう。
「ジュリアス様」
密かな声が聞こえて、少しだけ戸棚が動いた。そこから現れたのは、宰相の子飼いであるセージだった。
「お前……なんでそんな秘密の抜け穴とか知ってるんだ」
余所の家の最大の秘密だろうに、セージは事も無げに「そういうのを見つけるのが得意だからこんな仕事してるんです」と笑った。笑い顔は子供だけに余計に怖ろしく思えて、ジュリアスは何も言えなかった。
「王宮はどうなっている?」
「事をおこしたといってましたが、僕にはわかりません。貴方に着いてきた後のことですから。逃げますか?」
セージはジュリアスの手首を戒めていた縄を難なく解いた。
「いや、今から王宮に戻っても手遅れだろう。王も宰相もいるのだから、俺が行く必要はない。ここでやるべきことをやる。もっと違う手を使うと思っていたんだがな……」
こんな性急に事を進めるとは思っていなかったのだ。
今までは、姿を見せないようにしていた敵が出てきた。理由を知りたいと思ったのは、その相手がセドリックだったからだ。
「わかりました。足を確保します。ご無事で」
セージは、先ほど緩めた縄を直ぐに解けるけれどばれないように細工した。ジュリアスの手首に小さなナイフを仕込み、背中のトラウザーズの隙間にどこから捜してきたのかジュリアスの銃を差し込んだ。
「出来れば使いたくないんだがな……」
ジュリアスは一人ごちた。
セージは、元来た書庫の隠し通路から姿を消した。
人の気配を感じてジュリアスは目を開けた。セージが来てから一時間ほどたっただろうか。気がせいているときの時間は短くても長く感じる。その間、ジュリアスはセドリックの事を考えていた。
「ああ、眠っているのかと思ったよ。クスリは切れているだろうから、おれはこれ以上は近寄らないけどね」
セドリックの親ほどの年の男が二人セドリックに付き従うように後ろにいた。メイル伯爵とマズワーズ伯爵の弟だとジュリアスは気付いた。
「セドリック……なんでこんなことを……」
「ジュリアス、悪いね。老人達の戯れだよ。王に恨みをもつね。おれのお爺様もいまだ妄執にとらわれているよ」
セドリックの祖父は子供を亡くしているはずだ。そのショックで奥方が亡くなったとも聞いている。
「だが、もう戦はおわったんだ」
「だよね、おれもそう思っているよ。でもやはり許せないこともあるんだ……。お爺様とおれは違うんだよ。でも恨む敵は一緒だったというわけさ」
「セドリック、俺たちは友達だっただろう? 恨みは流せないのか?」
「友達……か。そうだね。覚えているかな?」
セドリックは横にあった椅子に座った。子供のように背もたれを前にして、顎を乗せて。
「何がだ?」
「最初、おれはライアン様じゃなくてジュリアスの友達だったんだよ」
まだ七歳くらいのときだった。ライアンとジュリアスのご友人候補としてやってきた男の子達は、同い年くらいだった。セドリックは、皆より少し日にちが遅れてやって来たのだった。
「おれは人見知りだったから、皆の輪の中に中々入れなかった」
そんなセドリックを見て、ジュリアスは自分の弟が欲しかったものだから声を掛けたのだ。まん丸にしたセドリックのホッとした眼差しをジュリアスは覚えている。
『お前さ、初めてだろ? 一緒に遊ぼう』
ジュリアスはそう言ってセドリックを誘った。その時は騎士ごっこをしたのだ。ライアンが英雄で、ジュリアスが悪い龍の騎士、セドリックは断れなかったからお姫様の役だった。他にも子供達は思い思いの役でわけがわからないまま、剣のおもちゃで遊んだ。
『お姫様、嫌だった?』
終わってから、セドリックが静かだったから、心配になってジュリアスが聞くと、『ううん、でも僕、ジュリアス殿下と一緒に逃げたかった』と言われて、ジュリアスは嬉しくなった。
『じゃあさ、明日は一緒に悪役しようか』と誘えば、嬉しそうに頷いて、次の日は二人で皆にボコボコにされて散々だった。けれど、ジュリアスもセドリックも楽しかったと頬を上気して冷たい果実水を一緒に飲んだ。
「ジュリアスが声を掛けてくれなかったら、きっとそのまま行かなくなっただろうな」
セドリックは、子供の時にジュリアスに向けていた信頼のこもった瞳を向けた。
「そのうちジュリアスがおれを避けるようになった――」
宰相に言われたのだ。お前は特別を作ってはいけないと。だれも平等に距離をとるようにと。ただ、ライアンに付き従うものとは仲良くしてもいいと言われた。けれど、いきなり今まで仲の良かったセドリックを無視も出来なくて、ジュリアスは集まりに参加しなくなったのだ。人見知りのセドリックのことを心配しながら。
『ジュリアス、マルクスとセドリックと探検に行くけどお前も来るか?』とライアンに誘われた時は、既に半年はたっていた。セドリックはライアンのご友人候補からちゃんとご友人になっていたのだった。
セドリックは、半年前とは違って、ライアン崇拝主義のようになっていたし、ジュリアスのことは怒っているのかどうかわからないが馬鹿にしたり、対等以上の関係になっていった。偉そうにジュリアスをコケにするセドリックのことはすぐに特別ではなくなったが、ライアンのご友人だから一緒にいることは多くなった。
ジュリアスはそれでもいいと思っていた。だれも彼もライアンが一番だけど、いつか自分のことを一番に想ってくれる人ができるはずだと信じていたし、それはリルティに出会って、一番に想ってくれることを望んでいるのではなくて、一番に想える人を渇望していたのだと知ったから。
リルティに出会って、ジュリアスは満ち足りたのだった。
「おれはね、体は弱かったけれど、頭はそれほど悪くなかったから、すぐに気付いたよ。ジュリアスが何故来なくなったのか。ライアン様が、宰相に何かいわれたんじゃないかって言ってたしね。だから、おれはジュリアスの一番の友達を止めたんだ。ジュリアスの側にいるためにはライアン様の友達になるしかないって、気付いたから……」
ジュリアスがセドリックの事を心配したのと同じようにあの頃のセドリックもジュリアスを心配してくれたのだ。
「なら、何故! 何でこんな事をはじめたんだ!」
ジュリアスは、セドリックが何故ライアンを裏切ったのか、わからなかった。確かセドリックの家は、前王をそそのかした教会とは対立していたはずだ。戦が終わって、粛清が始まったとき、セドリックのアズラール侯爵家はそこに加担していなかった。だからライアンのご友人候補に選ばれたはずだった。
「ライアン様は……、ジュリアスからミッテンを奪った――。おれはそれが許せないんだ」
セドリックの目は、正気のようにジュリアスには感じた。数刻前に伯爵を殺した時とは、全く違う静謐といっていいほどの瞳の静かさに、ジュリアスは反対に恐ろしさを感じたのだった。
うん、ちょっと進んだ。GW中がんばろうと思って頑張ったのですが、少しづつしか進まないで、他のに手を出すという・・・。『馬がとりもつ恋もある』タイトルなんか変えたいですが、思いつかなかった!><。そっちは軽い話ですが、よろしければご覧いただけると嬉しいです。ええ、ブックマークも喜びます(笑)。一話はちょっとテンション高すぎですが、二話あたりから自分らしい話になってきたんじゃないかと思っています。ジレジレな感じの恋の話のつもりです。よろしくお願いします♪