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午後十時の王子様  作者: 東雲 さち
本編ーいつか君のそばへー
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王子様は困惑する

こんにちは。久しぶりです。申し訳ありませんが、欝展開?です。気分のいいときにサラッとよみながしてください。

 馬車が止まり広大な屋敷に着く。この国でも有数の貴族であるマストウェル侯爵家。勿論王族であるジュリアスにはなんら感慨をもつものではないが、この庭の美しさは評価したいと思っている。優秀な庭師を幾人も抱えているのだろう。庭師の趣味か侯爵の趣味か花の少ない時期でも美しく見えるように配置されているオブジェもこの国では珍しいものだ。


 いつものように居間に通されるのだとジュリアスは思っていたが、迎えに出てきたマストウィル侯爵によって彼の私室に招待された。何故かリリアナは姿を見せない。


「リリアナ嬢は」


 ジュリアスの問いにマストウィル侯爵は、小さな身体を椅子に沈め答えた。元々小柄だったマストウェル侯爵は年のせいかさらに小さくなったような気がした。宰相と同じくらいの年だが、覇気が違うからか年相応にみえる。


「もうすぐ来ると思います。ジュリアス殿下とお話したく思っておりましたので、まだリリアナには到着を知らせていないのです」


 広大な屋敷だから、客が着いたからといってわかるものでもない。


「珍しい。侯爵が俺に用事ですか……」


 ジュリアスは、このリリアナとの結婚話がマストウェルが乗り気で進めていると聞いていたが、夜会などにも姿を見せないマストウェルに会ったのはひさし振りで、その姿に少し驚いていた。


「はい――。年寄りのたわいもない話に付き合ってくださいませんか」


 紅茶を入れて端に下がった侍女に人払いを申し付けて、マストウェル侯爵はジュリアスに人懐っこいと思える笑みを浮かべた。


「それは構いませんが……」


「ジュリアス殿下は、王族でらっしゃるのに、私に何故そんな丁寧な言葉遣いをされるのでしょう?」


 ずっと疑問だったとマストウェル侯爵は言う。


「俺のような若造が侯爵に偉そうな口を叩けば、宰相が怒るからです」


「宰相閣下がですか……。そうですね、彼なら怒りそうだ」


 そういえば年が近いとはいえ、宰相とマストウェル侯爵が仲良く話をしていることなどみたことがなかったなとジュリアスは今更ながら気がついた。宰相が仲良く話す人間などほとんどいないのは確かだが。


「もし……という話ですが、殿下は私の孫だったかもしれません」


 マストウェル侯爵は思い出したようにクスクスと笑う。とても楽しそうだったから、ジュリアスは先を促すように彼を見つめた。


「リリーマリージュ……あなたのお祖母様は、私の婚約者だったんです」


 ジュリアスは思わず息を飲んだ。


「お祖母様ですか?」


 ここで祖母の名前がでてくるとは思っていなかったので、ジュリアスはらしくもなく驚いたような声をあげた。


「知らなかったのですね。リリーマリージュは美しい人でした。剣の名手でしてね、強かった……。私達は幼馴染で婚約者だったんです」


 全く聞いた事のない話にジュリアスは唖然とした。

 ライアン排斥の裏にマストウェル侯爵がいるとわかった時点で、話しておくべき事柄だろうと祖父である宰相を心の中で罵倒した。


「何故、一緒にならなかったんですか?」


「……彼女が、宰相の子供を身篭ったからです――」


 マストウェル侯爵の言葉にジュリアスはクラクラしてしまった。もしかして、ライアン排斥ではなく宰相に対する恨みがあるだけではないかと思えた。口ぶりからもリリーマリージュに対する愛情のようなものが見えるだけに、恨みは婚約者ではなく相手に蓄積されたのだろう。


「……それは……申し訳ないことを……」


 ジュリアスは口を押さえ、もし自分だったらと想像して声を途切れさせた。


 リルティに婚約者がいて……も、俺はきっと躊躇わない――。


 想像だとしてもジュリアスは、リルティを寝取られることは許せなかったから、宰相の立場に立ってしまう。そして想像も出来ないほどの心情を思いやって、ジュリアスは自然と頭を垂れた。王子としてではない。宰相とリリーマリージュの孫として。


「……ジュリアス殿下は――、私が想像していたよりもお優しい方のようですね」


 ジュリアスは、公式ではあまり愛想のいい人物ではない(擁立しようと派閥が寄ってくるので)。仕事は出来るが、女遊びも激しく、くだらない話には耳を貸さないので気難しい人物だと思われているから、意外だったのだろう。

 マストウェル侯爵と二人で話をしたのもこれが初めてだ。話すことがあってもリリアナが側にいたからだ。


「そんなことは……」


 口を濁せば、庭に誘われた。


「この庭でリリーとよく遊びました。騎士ごっこが大好きな少女で……結局将軍にまでなってしまった。あの戦がなければ……、将軍になどならなければ、彼女はまだ生きていたのかもしれない」


 この庭が美しいのは、マストウェル侯爵の思い出が美しいからだろう。


「侯爵夫人が将軍になることなどあるのですね」


「あの頃は、戦が多かったから。今とは違い、女騎士も多かったんですよ。私は身体が弱かったし、嫡子でしたから、戦には行けませんでした。戦場で宰相とリリーは出会った。宰相も侯爵家の嫡子でしたが、私の周りとは考え方がちがったようです」


 少し肌寒いが、気持ちいいくらいの陽気だった。のどかな風景に反した苛烈な目をした侯爵が、声を震わせる。


「リリーは戦から帰ってきたときに私に言いました。子供を身篭ったと……」


 ジュリアスは痛ましげな目を向けることは彼を傷つけるだろうと、自制した。


 どうしても自分に置き換えてしまうのだ。リルティが、自分でない男の子供を身篭ったと言ってきたら? 


 馬鹿な考えだが、もしそう言ってきたら……? 深く考えに沈みこんだために無意識にジュリアスは「私なら、男を排除して彼女と子供を囲い込みますね」と口にしていた。


 ハッと、目を見開いた侯爵は、小さく自嘲気味に笑みを浮かべた。


「私は……きっと自分のほうが大事だったんですよ。リリーに裏切られたと思った。そして彼女に言ったんです。私以外の男に肌を許したリリーなんていらないと――」


 婚約が破棄になり、リリーマリージュが周りから責められるのをぼんやりと眺めながら、いい気味だと思ったと、侯爵は言った。彼の全身から後悔の念が噴出していなかったら、ジュリアスも去っていったかもしれない。


「そうしているうちにリリーはあなたの祖父と結婚したので、私はてっきりリリーの相手はあの男だと思っていたのですよ。ずっと恨んでいた――」


 ジュリアスは憐れな男だとマストウェル侯爵を見下ろした。

 彼も若かったのだろう、その後しばらく結婚をしていなかったことからもそれは窺えた。


「昨年のことです。あなたの叔父さんと会いました」


「え、ダニエル叔父ですか?」


 叔父といえば、一人しかいない。国王に兄妹はいないからだ。冒険者になるといって家を飛び出したきり、もう二十年以上あっていない。


「彼に街で会ったんですよ。リリーにそっくりでした」


 ジュリアスは、母の実家で見たことのある肖像画のリリーマリージュを思い出した。剣をもって戦うくらいの女性だからたおやかであるとか華奢なという形容詞は全く似つかわしくないが、凛々しい女性ひとだった。


「元気でしたか?」


 ジュリアスは、叔父に関して心配はしていなかったが、教えてあげると母が喜ぶだろうから、侯爵を促した。


「ええ。とても。そこで教えられたんですよ。ダニエルは宰相と血が繋がっていないことを……。彼はそれを母親の乳母から教えられて家をでたそうです――」


 リリーマリージュは、結婚した宰相以外の誰の子を身篭ったというのだろう、ジュリアスは聞いてはいけないような気がした。しかし舌が張り付いたように動かず、声を出す事もできなかった。


「リリーマリージュは……戦場で……」


 身を震わせ、そのまま倒れてしまうのではないかと思うほどの絶望的な声を侯爵は発した。


「リリーマリージュの部隊は彼女を最後に誰一人として生きておらず、仲間の屍の前で……」


 宰相の部隊がリリーマリージュを見つけたときには死んでいると思ったそうだ。服も着せられていたし、陵辱の跡などなかったようだった。


 怯える彼女を寡黙な宰相が宥め、なんとか実家に帰ってきた頃に、彼女の妊娠がわかったそうだ。


「そんな彼女を私は……」


 侯爵の自責を聞きながら、祖父である宰相のことを思った。


 そんな事があって、何故祖母をまた戦場に行かせることができたのだろうかと――。祖母が将軍になったのは、息子と娘を産んだ大分あとだ。侯爵夫人としていきるのではなく、何故武人として生きたのか、ジュリアスは祖母と祖父の気持ちがわからなかった。


 そして目の前の後悔にくれる老人を憐れに思った。


 彼の前には未だにリリーマリージュへの恋慕があるのだろう。もうリリーマリージュの心は宰相に捧げられ、彼女のために宰相は宰相として国を護ろうとしているというのに。

んー、あまり気分のいい展開ではないのですが、色々と練った結果リリーさんには辛い事になってしまいました。思わずタグを読み返しました。大丈夫、残虐表現有りですね(笑)。

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