王子様のおばあさま
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愛する貴方へ
夜空を見上げて、貴方の闇のように美しい瞳を思い出します。昼は嫌いです。貴方が見えない。そして、血に染まった私は幼子さえもこの手に掛けなければならないのです。
子供達を抱いて育てたこの手で、人の愛する子供を切り捨てる鬼のような自分が夜になれば、貴方を思い出して涙するというのですから勝手なものですね。
ですが、私は思わずにはおれません。隣の国でありながら、大国同士であったころの面影を残し、言葉すら違う系統で喋る我々が、何故また統一しなれけばならないのか。違う神を信じることがそれほど許されないことなのか。人の血を流してまで、成し遂げなければならない聖戦とはなんなのか……。
神殿の思惑通りに国王と議会が下した判断は間違いではなかったのか、私は問わずにはおられません。
戦いの果てに、私が帰ることが出来たら、国を捨てましょう。貴方と子供達とどこか遠くへ行きたい。今すぐにでも私は逃げてしまいたい。けれど、私は軍を預かる身、この責務を捨てて、貴方の胸に逃げ帰ることはできません。
もう一度貴方に会いたい。こんな私でも貴方はまだ愛しているといってくれるかしら?
百合の花を沢山植えて待っていてください。
リリーマリージュ
ところどころ、涙で滲んだ跡のある古ぼけた手紙を、宰相は胸につるした銀のケースに入れて持ち歩いている。愛する妻からの最後の手紙だった。この手紙を当時まだ王太子だったリチャードに渡してその一月後に彼女は死んでしまった。伝令であったまだ子供のような少年を庇って亡くなったのだ。一軍を護る将軍としては情けないと当時は随分叩かれた。
もう三十年ほど前のことなのに、未だに鮮明に彼女を思い浮べることができるのは、亡くした痛みを未だにもっているからだろうか。後少し、後一月でもいいから生き延びてくれていれば、彼女は自分の手の中にもどっただろうに。
戦場を目の当たりにしたリチャードが戦場を預かる幾人かを味方にし、王都にいる我々に味方からの手紙を渡し、手勢を調え、エウリカ皇国に秘密裏に使者を送って、自分の父である国王と、その王を傀儡にしていた神殿の聖職者を血祭りに上げたのは、リリーマリージュが亡くなってから一月たっていなかった。
あの時、自分とリチャード王が、全てを殲滅していたら、孫であるジュリアスを苦しめることはなかったのだろうと、自分と王の不甲斐なさを思う。
前王についていた貴族のうち、神殿と癒着の酷かったものたちは全て首を切ったのだ。けれど、大した癒着のなかった貴族はリチャードに忠誠を誓いその命を永らえた。
「まぁ、それも王子としての責務だ」
宰相は、「じじい」と呼んで自分を嫌っている王子を思い浮べて、微笑う。
「愛する女を得るためにもっと必死になれ」
自分の執務室から王の執務室へ向う途中のことだった。
銃声が響き、宰相がその身体を傾いだのは――。
「閣下!」
護衛のものと補佐官の声が宰相の耳に届いたのは一瞬だった。
「狙撃手を確保せよ! 侍医を呼べ」
王宮は騒然となり、異常事態に国王の指示の元、門は閉じられた。
国というものは大きくなるほど統治が大変だ。税金は一律だというのに、それを使って補強されるのは王都やその周りばかりで田舎までなかなかやってくることはない。だから末端からジワジワと腐っていく。
それを食い止めるために国王は道を強化した。王都から四方八方にめぐらされた道は舗装されたもので、最低でも馬車は通れる大きさだから、王都へ品物が入るのも王都から地方にいくのにも昔に比べれば格段に楽になった。
ジュリアスは、その道を他国と繋げるための折衝をこの二年でやってきた。
「この川だな……」
川に橋を架けることは重要なことだ。だが、とても難しい。どの程度の橋を架けるかは、どれだけ隣国を信頼しているかによるだろう。川に堅固な橋を掛ければ、その国を攻める際に役立つからだ。
一々あげられてくる報告書に目を通し、自分が出来る間にことをすすめたいとは思っている。
「なぁいいか?」
「なんだ、マルクス?」
案内を受けてやってきたのは幼馴染のマルクスだ。まだ親が健在だから子爵を名乗っているが、家を継げば、公爵家の家長となる。鍛えているジュリアスよりでかい身体は意外に俊敏で、勝ち負けにもうるさい。ちょっと筋肉馬鹿だとジュリアスは思っている。
離宮から帰ってきてから、ジュリアスはリリアナの相手に忙しかったから、リリアナのパートナーとして夜会に出て会うくらいしかマルクスにもセドリックにも会っていなかった。
紅茶という柄でもないしと、ワインを開けると凄く嬉しそうに相好を崩す。
「ゆっくりできるのか」
ワインが嬉しいのかと思ったら、ジュリアスが時間をとれることを喜んでくれたらしい。
「ああ、今日はもう用事もないしな」
侍女に用意させているとセドリックもやってきたから、なんだろうとジュリアスは不思議に思った。
「いや、なんか変な話を聞いたから……」
セドリックが言葉を濁しながら、呷るようにワインを飲んだ。
「いいワインなんだが……」
ジュリアスはもったいない飲み方をするセドリックに渋面を作ると、慌てたようにセドリックはわびた。
「ごめん、おれにそんないい酒を出してくれるとは思ってなかったから」
ジュリアスは思わず口篭る。
「俺も飲みたかったんだよ」
「そっか……」
セドリックは薄く笑い、マルクスの方を見た。
「ジュリアス、お前ミッテンとトゥルーデはどうしたんだよ。なんかミッテンがライアン付きになったて聞いたからさ……」
ジュリアスは、心配してくれているだろう二人にも本当のことは言えないことを苦く思いながら、筋書き通りに話すことにした。
「トゥルーデは、そろそろいい年だからな。花嫁修業にいっている」
同い年だが、男と女では適齢期が違う。ゲルトルードは、女でいえば、行き遅れているといってもおかしくないのだ。
「ああ――、そうか。そうだな。お前の外交についていったこと事態随分止められていただろうしな」
マルクスが当時を思いだして、呟いた。
「ミッテンは、ライアン付きになったよ。俺は結婚と同時に公爵を賜ることになると思う。王家から離れるからな、いつまでも騎士団一強い男を俺につけておく意味はない――。本来ライアン付きのはずだったんだ。おかしいことじゃない――」
ジュリアスはグラスの縁を弾く。
「でも、お前のほうが狙われているじゃないか!」
「そうだな。本当にしつこい奴等だ……」
どうでもいいことのようにジュリアスが言うから、セドリックは我慢できないというように「お前のことはどうでもいいっていうのかよ!」と激昂した。
「セドリック――」
マルクスが驚いたように隣に座るセドリックの袖をひいた。それを手で払いのけると「だって、そんなの……おかしいじゃないか」と呟いた。
「俺は所詮スペアだからな――」
真実ジュリアスの位置はその通りであった。
第二王子とはそういうものなのだ。
「お前はお前だよ。ライアン様はそんなこと許したりしないはずだ」
セドリックは、マルクスの言葉に熱心に頷く。
「ライアンに俺はいらないんじゃないか?」
ジュリアスは思わず口を滑らせてしまった。言わなくていいことなのに、何故いってしまったのだろう。少しの真実が混ざっているから、余計に性質が悪い。
「ライアン様を馬鹿にしてるのか!」
セドリックは立ち上がってジュリアスを睨め付けた。真面目なセドリックにはスルースキルがあまりないのをわかっていたのに。
「セドリック、ジュリアスはそんなつもりで言ったんじゃない」
マルクスはジュリアスにも渋い顔を向けてくるので「悪かった、ライアンを信じていないわけじゃない」とジュリアスは謝った。
ライアン至上主義のセドリックに、言う事じゃなかったとジュリアスはワインを次々たして酔わせて忘れさせようと努力した。山のような空き瓶に途中で合流したライアンが目を丸くして、「どうしたのこれ」と呟くころにはセドリックは夢の中だった。マルクスとジュリアスは目を皿のようにして、相手が酔いつぶれるのを待っているのだった。
こんにちは。真面目な回が始まりました。違うところに糖分をたしてしまいました。宰相の奥さんは将軍様の一人でした。奥さんからの手紙で百合の花と書いていたのは、宰相が奥さんにプロポーズした時に贈った花だからです。こんな血まみれになった私にもう一度求愛してくれますか?という意味です。あはは、変なところに裏設定つけるが好きなので(笑)。