お姫様を元気にしたい
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リルティが離宮から戻ってから一週間もすれば、ジュリアスは王宮へと戻ってきたようだった。リルティの使えるフレイア王女は正妃の娘でジュリアスの住む棟からは遠かったから、出会うことはなかった。
時折フレイアを訪ねてくることはあっても、セリア・マキシム夫人の計らいからかリルティがその場にいることはない。
遠くジュリアスらしき人の姿をみると、リルティの心は痛んだが、それも時間が忘れさせてくれるとそう思っていた。
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後幾日かで年が変わるという忙しない時期だった。
新年の祝賀会の席で発表になる予定だが、第一王子であるライアンの国外へ向けての正式な立太式と第二王子であるジュリアスの婚約式が日にちこそ違うとはいえ、春の同じ時期に行うらしいと、俄かに国中が浮き足立った。
ライアンは国内では王太子の称号を受けてはいたが、国外にもそれを知らしめる必要があった。ジュリアスは、結婚と共に臣下に下り公爵の位を受けることを内々に承諾しているらしい。
婚約が決まってから、リリアナはジュリアスを王都にある自分の屋敷に招いて随分親密になっている様子だ。
「と、色々と噂になってますね」
セージは面白そうに執務机で書類を睨むジュリアスに告げた。
「ふん。予定通りってことだろう。面白くもない――」
「お疲れですね~。昨日はあのお姫さんに付き合って舟遊びでしたっけ。寒いのによくやりますね~。馬鹿ですか、あの人」
ジュリアスは昨日のことを思い出して、うんざりとした。
昨日は寒かった。なんでこんな寒い日に舟遊びなのかと思ったのはジュリアスだけではなかったのだろう。家人はみな寒さに震えていたし、リリアナ本人ですら、唇が紫になっていた。寒いだろうと自分の外套をかけてやると、優しくされる価値のある自分に酔うように笑むリリアナのことが本当に憐れに思えた。
周りは王子に風邪をひかせてはいけないと慌てふためいていたから、ジュリアスは笑いを堪えるのに苦労した。
この女を湖に突き落としたら全て終わるんじゃないかと、甘美な誘惑にとらわれそうになる。それを凍えるような寒さが頭を冷やしてくれてちょうどいいくらいだった。
少し喉が痛いが、それくらいですんで良かったのだろう。
「なんだか病んでますね。仕方ないな~、これあげますよ」
セージが取り出したのは箱に入ったショコラのようだった。
八個入りのショコラの半分は空になっている。
「これ、リルティが好きなやつなんだって。僕にくれたの。あ、ああっ! 全部……食べちゃった……」
四つ残っていたショコラを一瞬でジュリアスは口に放り込んだ。
「ん……んんあ……」
「食べながら喋らないでください! もう、可哀想だから一個だけ上げようと思ったのに」
セージは、空になった箱を悲しげに見詰めて、溜息を吐いた。
「甘いから、お茶いれてくれ」
「あの気の強そうな美人さんはどうしたんですか? 逃げられたんですか?」
ゲルトルードのことを言ってるようだと気がついて「ああ、花嫁修業にでてる」と、適当に言ったら驚かれた。
「あの人結婚するんですか? あなたの愛人じゃなかったんですね~」
セージが言うからには、そういう噂が立ってるのだろう。
「あんなうるさいのを愛人にしてみろ、心の休まる時なんかあるものか」
正妻がリリアナで、愛人がゲルトルード。想像するだけで冷や汗が出てきそうだ。そんな心が鋼で出来ているような人物がいるなら、弟子になりたいと、ジュリアスはまたもや逃避しそうになるのだった。
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「メリッサ、リルティはどうしたの?」
同僚のマリー・プリンズが一人で食事をしているメリッサに尋ねてきたので、メリッサはお腹を押さえて「調子が悪いみたい」とリンゴを飲み込んでから言った。
「そう、ご飯は?」
「後で私がもっていくわ」
メリッサは普段からよくわからないマリーがリルティを心配しているのを不思議に思った。マリーをフレイア王女付きになるまで王宮でみたことがなかった。それなのに王宮の事もよくしっているし、フレイア王女もよく懐いていた。
「よく効く薬を私ももっていくわね」
優しい同僚というのには、不自然なマリーにメリッサはあまりいい感情はもっていない。だからといって、いらないというわけにもいかなかったから、渋々メリッサは頷いた。
普段はとくに普通にしているのに、時折リルティは寝込む事があった。頭痛が酷かったり、今回のように生理痛で起き上がれなかったり。前はそんなことはなかったのに、秋にバカンスにいってからストレスからの体調不良がままあるのだ。
リルティは何もいわないからこそ、体が不調を訴えるのだろうとメリッサは思っている。
「一度家に帰ろうか」
具合が悪いままリルティが寝込んで三日目にテオがやってきた。
「どうしたの? 叔父様がそんなこというなんて、変なの」
リルティがバカンスから帰ってきて、一度相談した時は駄目だといったのだ。このまま王宮に留まってフレイア王女のもとで普通にくらしたほうがいいとテオはそう言ったのに。
「ごめんよ。俺はね、リル。リルがそんなにジュリアス様のことを好きになっていたなんて、知らなかったんだよ」
寝台に横たわるリルティの頭をグリグリと撫でて、テオは微笑んだ。
言っている意味がわからずに、リルティは瞬いた。
「ジュリアス様のことを? ふふ……変なの。ジェフリー様ならともかくジュリアス様のことなんて私はなんとも……」
「ジェフリー様はジュリアス様だよね。リルはそんなに器用じゃないから、わけて考えることなんて出来ないんだろう?」
テオの言葉で、やっとリルティは自分の気持ちを必死にごまかそうとしていた自分に気がついた。
ジュリアス様なんて信じないと思っているのに、ジェフリーのことは信じたいと思っているのだ。
あんなに決定的に振られたのに――。
私って案外しつこいんだ……と、この何ヶ月かを振りかえって、リルティは溜息をついた。
「ごめんなさい。こんなんじゃフレイア様に失礼よね」
いつもリルティを気遣ってくれる主の心配そうな目を思い出して、リルティはそう言った。
「そういうことじゃないよ。リルのいい所は人のことを気遣うところだけど、たまには我がままをいってごらん。俺で何とかなることなら、叶えてあげるよ」
まるで神殿に飾られている天使のような顔でテオは請けおった。
「叔父様に……?」
リルティは考えた。色々考えて、「そうね、騎士団の人達との出会いの場が欲しいわ! 侍女の仲間で彼氏が欲しい人は沢山いるのよ。騎士団の人なら安心だし。お見合いパーティなんてどうかしら?」と手を打ってアイディアに喜んだ。
「お、お見合いパーティ?」
テオの顔色が段々悪くなるのを見ない振りをする。兄大好きなテオには姪であるリルティにお見合いをさせるつもりはないのだろう。
メリッサは王宮のパーティで婚活だ! と言っていたけれど、結局リルティに気を使ってか出かけるそぶりもなかったのだ。
「そうね。二十人くらい見繕ってちょうだい。年は三十五くらいまでで、もちろん未婚でお嫁さんをさがしいている誠実な人がいいわ。叔父様位の人なら、そんなこと朝飯前よね?」
小さい頃からおねだりするときだけのとびっきりの笑顔でリルティはテオに微笑んだ。
テオは背中に汗が流れていくのを感じる。
想像するだけでその汗が冷えていくのは気のせいだろうか――。
可愛い姪の頼みに、テオは唇を震わせながら、それでも頷くのだった。
ちょっと小話にしたほうがいい展開かもしれませんね-むむー。