王子様の側近
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「私達が揃ってあの人の側を離れるなんて……。あなただけでも側にいて欲しいわ」
女の声は責めているようだった。実際の女は男の背中に頬をつけてジッと身じろぎもしない。
「私も貴女も側にいると獲物が釣れないんだから仕方ない。大丈夫、あの人は強い」
「けど……」
「あの人の大事なものを守るのも、あの人の心を守ることになるだろう」
男は背中から離れようとしない女の手を引いた。
「あっ……」
「顔をみせてくれ」
「ねぇ、本当に釣れるのかしら」
ずっと狙っているのはわかっていたが、尻尾をつかませない敵がそうやすやすと姿を見せるとは女には思えなかった。この賭けは無謀なものではないかと女は不安を口にする。
「さぁ、これだけはやってみないと――。……久しぶりなんだから、私の顔もみてくれ」
男は昔から変わらないその長身で女を見下ろしていた。
「そうね、そしてしばらく触れ合えない――。ね、キスして」
女は二人の時間があまりないことを知っている。
「ああ――。折角の別嬪さんを隠しているのが残念だ……」
視界すらぼやけそうな眼鏡をとられて、女は笑った。
「あなたがそうやって言ってくれるから、私は自分に自信がもてるのよ」
「貴女は出会った時から、ずっと自信に満ち溢れているように思えるが」
ふふふと女は鈴を転がすように笑った。
「あなたに振られたら、きっと自信なんて木っ端微塵だわ。女はそんなに強くないのよ。それをあの人もわかっていたらいいんだけど」
二人の主は、少々女に不慣れだ。また、それを知っている人間は少ない。
「そうだな。きっと痛い目に合うだろうな」
「そのときは仕方ないから二人でフォローしてあげましょ」
無言で男は女の背中に手を回した。女は男の首に縋りつくように抱きしめた。
二人はしばらく、久しぶりの恋人の唇を楽しんでいたが、そっと離れて距離を置く。
「リルは私が守るわ。絶対にあぶりだすわよ!」
女はそう言って部屋を出て行った。残った男は、その女の勝気な声に思わず笑ってしまった。
「心強い――」
男は、そう言って自身も主から任されたライアン王太子の護衛に戻るために部屋をでた。
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「ジュリアス様、わたくし、馬に乗りたいわ」
二人でいるのは正直疲れたので、ライアンが帰った後も残った何人かの友人達を招いたお茶会の席でリリアナは甘えたような声でジュリアスにねだった。
「馬?」
リリアナが馬好きだとはジュリアスは思わない。
「あれは調教されているとはいえ、あまり躾けのいい馬ではないので、あなたのようなお淑やかな姫を乗せることはできない」
リルティを乗せた軍馬は、大人しそうに見えていたが実はあまり調教がすすんではいなかった。ジュリアスは命を狙われる事がよくあるので、体力のある物怖じしない馬を選んだ。だが、そういう馬は矜持が高い。ある程度は人に従うようにはなったが、いつどこで弾けるかジュリアスにも検討もつかなかない。
ジュリアスがリルティを乗せたのは、どんな危険な目に合っても彼女を守る心積りがあったからだったし、何よりリルティは動物に好かれる性質だった。
案の定、ジュリアスの愛馬はリルティを乗せても文句のひとつも言わなかった。
この女を乗せたらどうなるだろうと、多少の興味はあってもそれに付き合う酔狂などない。
「でも……」
なおも言い募ろうとするリリアナに、困ったように微笑めば、リリアナは見詰められている事にドキドキするのか少しだけ赤い顔をして、ジュリアスに手を伸ばした。手の甲に口付けると、何を思ったのか「なら違う馬ならどうですか? 祖父にいって素晴らしい馬をジュリアス様にお贈りしますわ」と誇らしげに祖父の馬について話始めた。
馬が変わってもジュリアスはリリアナと相乗りなどしたくなかったが、「そうだな」とだけ言っておいた。更に何か言いたげだったので、リリアナの手を掴むと椅子に座っている自分の膝の上に乗せて「あなたには少しでも危険な目になど合わせたくないんだがな」と告げると、リリアナは周りを見回して口をパクパクと開けていたが、静かになった。
ああ、俺はうるさい女は好きじゃないんだなと、ジュリアスはリリアナの目を見詰めて思う。
いや、リルティでなければ、どれも一緒なのだ。リルティが一生懸命話をしてくれた時、ジュリアスは引き込まれるように話の内容に笑い、相槌を打ったのだから、リリアナが悪
いわけではない。
「また随分色気出して――」
「マルクス……、セドリック。お前達まだいたのか」
マルクスの笑いを含む声と戸惑ったようなセドリックの顔にジュリアスはうんざりとする。
「なに、そのいたら困るみたいな……。リリアナ、君さ、貴婦人なんだろう。そんな男の膝の上に乗るようなふしだらな真似は止めてくれないか」
潔癖症気味なセドリックの硬質な響きの嘲りにリリアナは青褪めた。
「セドリックお従兄弟様……」
リリアナの唇が羞恥に震えた。
「おれたちはジュリアスに用事があるんだ。悪いけどあっちいってくれたまえ」
セドリックの言葉にリリアナは迷って、ジュリアスに指示を仰いだ。
「また後で……」
ジュリアスが頬を撫でると、リリアナは従順な女のように頷き、三人にお辞儀をしてから離れていった。
「なんだ――?」
うろんげなセドリックの目線をうるさそうに、ジュリアスは立ち上がって庭に出た。二人は大人しく着いて来た。
「なんだってこっちの台詞だよ。リルはどうしたのさ?」
「リルて呼ぶなといっただろう――」
「みてみろ、飽きたとか聞いたが、この嫉妬の醜さを」
ジュリアスは、リルティへの執着を二人には隠さなかった。というか、あれだけ惚気ておいて今更飽きたなんて、自分が聞いた立場だって信じられない。
「醜いとか言うな――。リルは諦めろと言われたんだ。彼女を諦めないと、彼女がどうなるかわからないと言われた――」
ジュリアスは庭のテラスにある椅子に腰掛けた。二人も同じように向かい合うように座ってジュリアスを痛ましげな目を向けてきた。
「それこそ、俺が国王をまねて父親殺しでもしない限り、リルを手に入れることはできないだろうな……」
国王の父親殺しは、周知の事実とはいえ、口に出すものはいない。しかもその父を真似るということは……。
「滅多な事をいうな!」
マルクスは秀麗な額に皺を寄せて小さな声でジュリアスを叱りつけた。
「側室にしたらどうだ? ジュリアスなら王子だし、敢えて非難されることはないんじゃないか?」
セドリックは、ジュリアスの思いつめたような顔に不安げな声で提案した。
「側室に――? 俺がどれだけ諦めてきたか……。同じ、いやもっと悪い立場に好きな女とその子供を立たせるのか?」
セドリックもマルクスも小さな時から側にいたから、ジュリアスが諦めてきたものの多さも、嘲られる影の声も聞いてきた。
「悪い――」
「俺は自分の唯一の女にできないなら、リルのことは諦めるつもりだった。それは今も変わっていない。こんな未練だらけのやつを夫にしなければならないリリアナには悪いとは思うがな……」
「まぁそれが政略結婚てやつだ」
「リリアナのことは大切にするつもりだから安心してくれ」
セドリックとリリアナは従兄妹同士なのだ。心配していても無理はない。
「リリアナのことなんてどうでもいいが……。お前、早まるなよ。何かあったら絶対俺たちかライアン様に相談しろよ」
幼馴染は有難いと思いつつ、ジュリアスは本当のことは二人にも話せなかった。
「ああ、ありがとう」
「「気持ち悪いから止めてくれ」」
「酷いな、お前ら」
二人の言葉にジュリアスは笑う。リルティの背中を見送ってから、何だかやっと笑えたような気がした。
くーらーいー!!暗いですね~。ジュリアス様、めちゃいじけてますね。でも見た感じはいつもと変わらないと思います。いつも仮面を被って生きてきましたからね。書いていてリリアナが不憫でしかたないです><。
あ、『たっぷりと甘いチョコをあなたへ』という短編を投稿しました。ちょっとノリの軽いコメディ調なやつです。目指せツンデレな感じです。一話ちょっとの長さなので、お暇でしたらお目にかかれれば嬉しいです。勿論ブックマークも評価も嬉しいです(笑)。