王子様の悔恨
読んで下さってありがとうございます。
「一度お目にかかってから……もう王宮でこんな風にお会いできることもないかもしれません」
グレイスの硬い声がリルティの意識を揺らす。
「こんな状態のリルティに何を言うつもりなの?」
ロクサーヌのグレイスを責めるような口調に、グレイスはとても優しくしてくれたからそんな風に言わないで……と必死に声に出した。
「リル? 目が醒めた?」
「いいえ、寝言みたいね……。本当にこの子は――」
テオとロクサーヌの声は安堵と呆れたようなものだった。
揺れる、揺れて、揺れながら、リルティは夢の中で一言だけジュリアスに言いたかった言葉を口にした。
『もう、あなたの事なんか信じない』
面と向かっていってやりたかった。いつもいつも自分を振り回して、混乱させて、やっとこの人はそんなに嫌な人じゃないと信じたら、手ひどく裏切られてしまった。
婚約発表に、私を連れて行く必要なんてなかった……。
あんな辱めを受けるほどのことを自分はジュリアスにしてしまったのだろうかと思うと、胸が苦しくなった。
「よく寝たわ――」
目が醒めるといつもの自分の部屋だった。頭がぼんやりとするけれど、それ以外は悪くもないし、良くもない。
「えっ……。おはよう、リル」
どもりながら朝の挨拶をするメリッサがなんとも言えない顔でこちらをみる。
「おはよう、メリッサ。どうしたの、なんだか顔が変よ」
「えっ、そうね。昨日は美顔マッサージを忘れたからかしら?」
顔を撫でながら、メリッサはそう言った。
「もう時間よね。朝ご飯、食べにいかなきゃ。今日はスクランブルエッグが食べたい気分だわ。なんていうのかしら……、グチャグチャしたものをパンに挟んで齧り付きたい! って気分、メリッサもあるかしら?」
「ええ、勿論あるわ。でも、そうね、セリア・マキシム夫人には内緒でね」
リルティは立ち上がり、急いで着替えようとして「私、そういえば勤務はどうなっているのかしら?」とメリッサに尋ねた。
メリッサは、大概の事情を麗しの騎士テオ・レイスウィードから聞かされていたから、今日は傷ついているだろうリルティをどう慰めるべきか考えていた。
だから反対にリルティのあまりにあっけらかんとした態度にどうしていいのかわからなかった。
もしかして、ショックすぎて記憶でも失ったのかしら? と朝のリルティのテンションをみて、混乱していたのだが、当のリルティはそんな辛いことがあったというそぶりもみせず、自分の勤務がどうなっているのかと慌てている。
「勤務でいいのよね?」
困ったような顔で言うから、「いいんじゃないかしら?」と答えた。もう、自分では聞くことができなかったからセリア・マキシム夫人に丸投げしようと思ったのだ。
二人は揃って食堂に行って、スクランブルエッグをパンに挟んで、鬼気迫る勢いで食べきった。
ソーセージをフォークで突き刺し、据わった目で食べるリルティにメリッサは「イチゴも食べましょう」「紅茶はミルクでいいわね」と甲斐甲斐しく世話を焼いた。
二人がフレイア王女の元に戻ったのは六時の交代の時間の前だった。
「おかえりなさい。リルティ、随分酷い目にあったと聞いたわ。ごめんなさいね、ご褒美のつもりだったのに……」
二人を別室に呼んでセリア・マキシム夫人はリルティを抱きしめて謝った。
「いえ、大丈夫です」
「あなたはいつもそうやって平気な振りをするのね」
セリア・マキシム夫人は額に小さな子供にするようにキスをした。
「夫人……」
「もう仕事に戻っても大丈夫なの? 今日くらい休んでいてもいいのよ」
リルティは、大丈夫というかわりに頷いた。セリア・マキシム夫人の優しさは嬉しかったが、正直身体を動かしていたほうが、気分が楽なのだ。
二人の様子を見ながら、メリッサはホッとする。記憶喪失というわけでもなく、ただ自分を鼓舞するために元気な振りをしているのだと傍目に見てやっとわかったからだ。
空元気でも元気――、リルティはそういう人間だ。
「二人に先に紹介しとくわね。これからはメリッサとリルティと一緒に行動してもらうわ」
パタンと扉が開くと、そこから地味な女性が現れた。着ているものは二人と同じお仕着せだが、分厚い丸い眼鏡に前髪が長くてあまり顔が見えない。ただ、その身のこなしは貴族の令嬢らしく美しい。その美しい仕草を台無しにする、後ろで一つにまとめて三つ編みで背中まで垂らしていて、地味さに拍車をかけている。
「マリー・プリンズです。よろしくお願いいたします」
ボソボソと彼女は小さな声で挨拶をした。セリア・マキシム夫人は、普段ならそんな話し方を咎めるはずなのに何も言わなかった。不思議に思いながら、二人は新しい同僚に挨拶をするのだった。
「リリアナ、君に似合うヴェールを用意しないと」
ジュリアスは、不機嫌になりそうな自分の顔の目元だけを必死で緩めながら、リリアナに付き合って庭を散歩していた。
結婚式のことを匂わして、本当の獲物をあぶりださなくてはいけない。リリアナとジュリアスの結婚のことは、日を改めて正式に発表となる。
国王と宰相の伝令としてやってきたのはセージというリルティに『変態』と呼ばれることになった由縁の少年だった。茶色の癖のある髪と青い瞳の理知的な瞳の少年で、「宰相様からのお手紙です」と渡されたときは、その生意気そうな目付きにムカムカした。
その後の調べで、リリアナの祖父のほかにもう一人、ライアンを殺そうとしている人物がいるようだが、まだ調べはついていないことが書いていた。
自分の爺もそうだが、もうさっさと死ぬか静かに引退してくれとジュリアスは願う。伝令に使われた紙は丁寧に燃やして灰になるのを確かめた。
「わたくし、ヴェールにはダイヤを縫い付けたいわ」
昨日の夜のリルティのダイヤのティアラと首飾りに対抗しているのだろう。普通にジュリアスは頭が重そうだなと夢のないことを思った。
「そうだな、キラキラして綺麗だろうな。君ほど美しければ、飾るものなど無用の装飾にしか見えないが」
リリアナは顔を上気させてジュリアスの腕に擦り寄る。
「そうですわね。地味な人は大変だと思うわ」
どうやってもリルティと自分を比較したいのだろう。
「君は本当に美しい――」
崇めるようにそう呟けば、真っ赤になって静かになった。これからは、これでいこうとジュリアスは決めた。
ジュリアスは宰相たちの勝手な捏造で女の扱いに優れた色男のように見られているが、本来はリルティ一筋だったから女を寄せ付けずにいたし、アルハーツ国では男好き疑惑まで上がっていた。
リリアナの中のジュリアス像は、モテモテのジュリアスだったから、ジュリアスの素朴な褒め言葉はリリアナに対して誠実で真実に彼女を愛していると錯覚させるには十分だった。
本当の美しさというものは、外見や持っているドレス、ましてや宝石などではない。心の内を宝石に変えてみれば、きっとこの女にもわかるのにとジュリアスは残念に思う。
ダイヤの輝きをもつリルティとイミテーションのような安っぽい自分の違いに打ちひしがれる彼女を想像して仄暗い笑みを浮かべた。
そんなジュリアスは、リリアナには熱っぽい瞳で自分を見詰めて微笑む王子様にしか見えなかった。
ジュリアスがみた最後のリルティは、夜会の途中でシンシアというリルティの友達に庭に連れて行かれる後ろ姿だった。その後のことはテオの報告を聞いたのみだ。倒れてしまったリルティは、朝にも目を醒まさず、テオに抱きかかえられてライアンとロクサーヌに同乗して王都へ帰ってしまった。
寝言で『もう、あなたなんか信じない』と呟いていたとライアンからの手紙で知ったときには、絶望で視界が染まったかと思ったほど衝撃を受けた。
わかっていたことだ――。
リルティと自分の大事な家族両方を守るために決意したというのに、ジュリアスは危うく王都に馬で駆けて、リルティに跪き許しを請いたくなった。
しばらくの間、この馬鹿な女のご機嫌取りをしなければいけないと思うと、ジュリアスは知らず溜息をつきそうになるのだった。
いつも読んでくださってありがとうございます。体調不良で遅れております。毎日300ほどpvがあって、もしかして毎日更新を確かめてくれているのだろうかと思うと申し訳なくて仕方なかったです。あまり進んでおりませんが、続きを書けて良かったです。次の話はどっかんーといくような話にしたいですね~(遠い目)。というか、毎日更新を確かめに来るの面倒じゃありませんか?(笑)世の中にはブックマークというものがございますよ?いえ、更新日じゃなくても300ほどの方が読みにきてくれていると思うとそれはそれで嬉しいのですけどねw。どっちなんでしょうか(笑)。早く甘い空気にいきたい~♪