王子様の決意
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ジュリアスの告白はライアンには衝撃的だった。
「ミッテンはお前の護衛だろう」
なおも言い募るライアンに、ジュリアスは「俺のことを信じられるか? 兄貴」と普段呼ばない言葉でライアンに尋ねた。
「お前のことを信じられるかだと? お前は私を馬鹿にしてるのか」
ライアンはジュリアスの胸を手を握り締めて側面で打った。
「なんで俺達の母親は別なんだろうな……。一緒だったら、俺は自由に生きられたのに。兄と妹と好きな女と、なんの思惑にもさらされず、命を狙われる事もなく、ただ穏やかに……」
「そうだな」
想像もつかないが、幸せそうだなとライアンは思った。
「俺は、リリアナと婚約するように言われた――。明日の夜、リルティを最大に侮辱したやり方でそれを発表する……」
「なっ! 何をいってるんだ?」
ライアンが目線を彷徨わせると、テオが困ったような顔をしているのに気がついた。
「リルを護る為だ――」
ジュリアスが転がったグルネル伯爵のアバラを踏みつけると鈍い音がして、カハッっと血を吐いた。
「こいつは麻薬をやってるだろう。こいつを操ったのは俺達の敵だ……。普通に婚約を発表しただけじゃ、多分リルは殺される――。故郷に返すのも心配なんだ……。手の届く場所、フレイアのところに置くとしても……」
リルティを侮辱する方法で、リリアナがリルティを手にかけるほどもないと馬鹿にさせる必要があった。
「でもリルティにそんなことをする必要が……?」
「俺がしなくてもいいことをすると思っているのか」
「いや、それは……。わかった。お前を信じる――」
ジュリアスは信じられるかとライアンに尋ねて、ライアンは信じると伝えたのだ。それ以上責めることも尋ねることも憚られた。
「ライアン、俺はリルティが欲しい。王位なんかいらない。だから、全てがすんだら、俺のことを解放してくれ――。俺は国王も爺も信用なんかしてない。あいつらは俺から奪うだけだ……」
ジュリアスの言葉にライアンは胸が痛かった。王太子としての重責は確かにあったが、ライアンは報われることが多い。ジュリアスは損ばかりしている。
ライアンは昔からジュリアスに対して負い目のようなものを持っていた。
「わかった――。私の出来る限りお前を自由にしよう」
ジュリアスは、やっと安堵したように微笑んだ。その笑みが痛々しくて、ライアンはジュリアスの肩に手を置いた。小突くと「ライアンがリルに手出ししないと思ったらそれだけで俺は安心だ」と笑う。気負いのない笑いだった。
「私達にも作戦は話していただけるのでしょうね」
ミッテンは、かやの外になっている間に話が進んでいく事が嫌だった。今まで、ジュリアスは自分を頼もしく思い、命を預けてくれていると思っていただけにショックも大きかったが、頼りにされないという状況がたまらなく寂しく感じた。
自分は国王陛下や宰相に命令されているというのに勝手なものだと自分自身で思いはするのだが、それとこれとは違った。
「あぶり出しだ――」
ジュリアスは、国王と宰相の思惑通りに動く。そんな自分が嫌でしかたなかったが、目的のためにあえて気持ちにふたをする。
ジュリアス、ライアン、ミッテン、テオ、トーマスは、朝が来るまで綿密に長い計画を立てるのだった。
一時間ほど仮眠をした後、ジュリアスはリルティの部屋にやってきた。
疲労と心労で正直もう少し眠った方がよかったが、どうしてもリルティの顔が見たかった。顔を自分で触ると強張っているものの昨日よりはマシのような気がした。
リラックスするというお茶を入れてもらって飲んでいると少しづつ落ち着いてきたので、グレイスに寝室の入り口に立ってもらって、リルティのベッドの横に椅子を置いて座った。
少し唇の端が腫れているが、それほど酷くはならなかったようだった。
良かったとジュリアスはホッとした。
自分が傷つけられるのは、こんなに辛くはない。触りたくて仕方がないが、触ると起こしてしまうことがわかっているし、起きると辛い事を話さなければならなくなる。
ずっとずっとこうして眠っている君を見ていたい……。
酷い事ばかりしてきたから、信じてもらえないかもしれない。それが怖かった。
「ジュリアス様……?」
リルティが自分を呼んだ声で、思いにふけっていた事に気付いた。
手を差し出したので握ると、目を細めてリルティは微笑んだ。
「なんだかジュリアス様が泣いているのかと思ってしまって……」
随分だだ漏れだな、俺……とジュリアスはリルティの手をそっと撫でた。
「無事で良かった。あの子供は爺の子飼いだったんだな」
「ええ。ハンカチを口に突っ込むのは止めて欲しいっていってましたよ。死ぬかと思ったって……。だから私、命の恩人なんですって――」
リルティの声が震えた。
「怖かった――」
ジュリアスが抱きしめるとリルティは胸の中で少しだけ泣いた。
「守って上げれなくてごめん――」
ギュっと抱きしめるとその分、抱き返してくれるリルティに胸が痛んだ。
額と額を合わせて目を覗くと、リルティは真っ赤になった。腫れた口の端にそっと唇を寄せると、ビクッと身体を固めるのがわかったが、ジュリアスはその背中を優しく撫でた。何度も撫でていると、リルティのこわばりが解けてくる。
リルティが力を抜いて、ジュリアスの肩口にもたれるようになると、ジュリアスは意を決した。
「本当は君のこと、抱いてないんだ……」
リルティは一瞬何を言われているのかわからなかった。
「え……」
「ここに来た日、君はワインで酔っ払ってキスを強請ってきたから、キスはしたけど……抱いてはないんだよ。君は今も純潔を守ったままの乙女だ――」
ジュリアスがリルティの身体を離したから、戸惑いながらリルティは目を見て気付いた。
「ジュリアス様?」
「もう、お遊びの時間は終わったんだ。俺はリリアナと結婚するように言われた。国王の命令なんだ――」
だから、もう君とは遊べない――。
リルティは、言葉の意味を理解するのにしばらくかかった。ジュリアスが部屋をでるのを無言で見送ったが、その瞳にジュリアスは映っていなかった。
ジュリアス様、今日は一度も名前を呼ばなかった――。
そんなことだけ気付いた。
「リルティ様、ジュリアス様が夜の発表を見ていくようにと……」
発表、リリアナ様との結婚の発表なんだわと思うと心が焼ききれそうになった。
「わかりました……。明日の朝、帰ってもいいですよね?」
リルティは泣けなかった。さっきまで確かに涙が出ていたのに、枯れたように何も出なかった。
「こんな事になるなんて……」
変わりにアンナが泣いてくれた。
「何か理由があるのですわ。そうでなければリルティ様にこんな……」
グレイスは、声を詰まらせた。
「いいの。親切にしてくれてありがとうございました。私、お二人の親切、忘れません」
アンナが声を上げた。
「グレイス様! 私、ジュリアス様のこと信じてましたのに!」
リルティをまるで妹のように可愛がってたから、アンナはジュリアスを責めた。グレイスは咎めることはせずに悲しげに「私もよ」とだけ言った。
最後のパーティにアンナとグレイスは素晴らしい装いをリルティにほどこしてくれた。どんな冷酷な仕打ちにも孤高を耐えられるような凛とした美しさで、迎えにきたジュリアスを絶句せしめた。