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午後十時の王子様  作者: 東雲 さち
本編―離宮の輪舞―
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地下貯蔵庫の王子様

読んで下さってありがとうございます☆

今回も結構痛そうなシーンがあります。苦手な方はお気をつけてください。

 その報せは、ジュリアスがザーラに入るかどうかという街道で届けられた。王都にいるだろうと思っていた第二王子の姿を発見した使者は驚いたという。夜も更けた暗い道を馬で駆ける使者の旗にテオが気付かなければ、すれ違いになっていたかもしれない。


「ジュリアス様、何かあったのですか?」


 ライアンからの書簡を読んだジュリアスがその紙を握り潰した。


「リルが襲われたそうだ――。無事だというが……」


 ジュリアスはすぐさま馬を走らせた。続く護衛騎士が慌てて続く。


「リル……」


 馬はジュリアスの焦燥を知ってか、登り辛い丘を必死に駆けた。


「ジュリアス様、お待ちください!」


 護衛騎士が必死に追いすがるが、ジュリアスの馬は容姿だけでなく持久力瞬発力、どれをとっても特級だった。その馬に追いつけるものは、誰一人としていない。


「護衛を置いていくなんて……。城館の側で良かった――」


 テオは、追いかけながら思わず愚痴る。


「王都だったら大変だったな――」


 ジュリアスはいつもなら狙われる立場を理解しているから、こんな護衛騎士を置いていくことはしない。それほど、襲われたというリルティが心配なのだろう。


 


 城館へ着くと、ジュリアスはまずリルティの元に向かった。


 深夜に近い時間だが、グレイスもアンナも部屋で待機していた。旅装を解いたジュリアスの服を受け取り、ホッとしたようにジュリアスを迎えた。


「何があった? リルは無事か?」


 グレイスは寝室へ続く扉をきつい眼差しで見詰めながらも尋ねるジュリアスに事の次第を手短に伝えた。


「爺の子飼いが……」


 その少年がいなければ、リルティは手ひどく乱暴をされていたのかと、ジュリアスは身の内に潜む獣のように凶暴な感情が迫りあがってくるのを感じた。叫びたいのを深く息を吸うことで何とか圧し留めた。


「ジュリアス様、どこへ」


 グレイスは寝室へ向かおうとするジュリアスを止めた。


「リルに会う――」


「お待ちください。やっと落ち着かれたのです。そんな顔と気配でいけば、悪戯に彼女を怖がらせます。リルティ様を想うなら、今はお止めください」


 グレイスの言葉に、ジュリアスは自分の顔に触れてみた。確かに強張っているし、眉間にも皺が寄っている。落ち着けたつもりの気配は滲みでるように湧いてくる。いうまでも無く、リルティは怯えるだろう。


 リルティの無事だけでも確認したかったが、ジュリアスの獰猛な気配に、敏感になっているだろうリルティは目を醒ますかもしれない。部屋に入った瞬間、アンナの顔に怯えのようなものが走ったのはジュリアスも気付いていたし、それを押さえることも今は出来そうになかった。


「……わかった。リルは無事なんだな?」


 ジュリアスは確認のためにグレイスを見た。


「はい。ただ、顔を打たれたようで唇が少し腫れております」


「グレイス、それは無事とは言わない――」


 呆れたようにジュリアスはグレイスに言った。


「無事でないといったら、寝室に突進されることはわかっておりましたから」


 グレイスがこの緊張感の中でもおどけた様に言うので、ジュリアスはやっぱりグレイスには叶わないと思った。


「ライアンの所へ行って来る。リルティを頼む」


 二人は頭を下げて、「いってらっしゃいませ」と送り出した。


 ジュリアスを送り出すと同時にアンナは、足に力が入らないというようにヘタリと床に座り込んだ。


「アンナ、どうしたの?」


 グレイスは驚いたが、アンナに手を貸して立ち上がらせて、椅子に腰掛けさせた。


「あんな怖いジュリアス様ははじめて見ました……。腰がぬけました」


 別に怒鳴りもしなかったし、物を壊したわけでもなかったが、アンナはとてつもない恐怖を感じた。


「そうね、私もあんなジュリアス様は初めてみたわ。でも、よく自分の欲求を抑えてリルティ様を思いやれたと私は嬉しいのよ」


 流石、乳母は違う――。

 

 アンナはリルティのために用意されていた気持ちの昂ぶりを押さえるハーブの入った紅茶をグレイスに渡された。




 カツンカツン……と石畳の階段は足音を響かせる。ジュリアスは遅れて到着した護衛騎士の中からトーマスとテオを連れて、地下へと降りていった。


「ジュリアス……」


 ライアンはジュリアスの到着の早さに驚いた。


「むかつくことがあったから早く戻ってきたんだ」


 いつものライアンならそこで「リルティに早く会いたかっただけだろう?」と茶化すところだったが、ジュリアスの雰囲気や状況から何も言わなかった。


「で、こいつか。口が腫れているな……」


 ライアンにいつも引っ付いている男だとジュリアスは気がついた。


「ジュリアス様、あんな凶暴な女は遊び相手にしても相応しくありません」


 椅子に縛り上げられた男は、ジュリアスの顔をみると悲壮な顔で訴えた。


「ふうん。そうか……。リルに噛まれたか――」


 あの優しいリルティが、噛み付くのにどれだけ勇気がいっただろうかと思う。


「あんな女はいくらライアン様がいいとおっしゃっても手を出すんじゃなかった!」


 男の目の濁り具合にジュリアスは気付いた。言っていることもおかしいのだ。ジュリアスが大事にしている女を無理やり奪おうとしていながら、ジュリアスが怒っているとはおもっていない。しかも、アンナが気配だけで怯えるほど怒気をはらませているというのに、それにも気付いていない。


「ライアン、許可したのか?」


 意識したわけではなかったが、自分でもぞっとするような低い声が出た。

 目線をライアンに移すと、ライアンは首を振ったが、どこかおかしかった。


「リルティを自分も抱いていいかと聞かれた……」


「勿論――」


「馬鹿馬鹿しいと相手にしなかったんだ――」


 なんの冗談を言っているのだろうと思ったのだ。ジュリアスの執心を考えても、そうでなくてもリルティは国王陛下の好意めいれいでここに来たことを誰もが知っているというのに。


 ライアンはグルネル伯爵が性質の悪い冗談を言ったと思った。それにしても悪すぎると、ライアンには珍しいくらいの嘲った冷笑を浮かべて「許されると思うなら」と言ったのだ。


 ライアンのそんな表情を普段見ることのない取巻き達は、一様に背筋を凍らせて、王太子はやはりジュリアスの兄なのだと認識したのだった。それで話は終わったと思っていたのに、リルティが襲われたと聞かされたとき、ライアンの脳裏に後悔が押し寄せた。


「リルのことを頼むと」


 ジュリアスは拳を握った。


 そして、そこにいたグルネル伯爵を殴りつけた。椅子ごと転がった所を踏みつけると、グルネル伯爵は「やっ、止めて……下さ……」と悲鳴を上げた。


「リルもやめてくれと言っただろう? お前はそれを聞いてやったのか?」


 いっそ優しいくらいの声でジュリアスは問うた。答えはあてにしていないが、怯えた瞳が答えを示している。


「死ねばいい――」


 ジュリアスは、リルティの顔が打たれたようだというグレイスの言葉を思い出した。


 ジュリアスは、グルネル伯爵のシャツの襟襟首を掴み上げ、頬を殴打した。鍛えているジュリアスの手は大きく頑丈だ。一発でグルネル伯爵の顔が腫れ上がるだけの威力があった。背後の椅子が軋む。グルネル伯爵の痛みに呻く声と許しを請う声が腫れた顔から何度か漏れたが、ジュリアスは止めなかった。


「ジュリアス、もういい――」


 幾度と打つと、グルネル伯爵は白目を剥いて意識を失った。涙と血と涎が腫れて見るも無残な状態になった顔を更に打ち据えようとするジュリアスをライアンは手首を掴んで止めた。ライアンから見たジュリアスは常軌を逸しているようだった。


「死ぬぞ――」


 ジュリアスは、ライアンを乱暴に振り払らうと、その腕はライアンの顔にガッと音を立てて当たった。

 よろけたライアンをミッテンが支える。


「ジュリアス様、お止めください」


 ライアンで駄目なら、もうミッテンも躊躇えない。ジュリアスの腕を背後にねじり上げた。下手に抵抗されてライアンに怪我をさせるわけにもいかないのでミッテンは一切の躊躇いを持たなかった。主であるジュリアスの腕と首を固定しめあげたした。


 ミッテンには敵わないことを知っているジュリアスは、諦めざるをえなかった。

 ジュリアスが振り返ると、唇が切れたのか口の端に血を滲ますライアンが顔を強張らせていた。


「ミッテン、もういい――。お前はライアンの護衛をすればいい。俺に護衛はいらない」


「ジュリアス! 私のことを許せないのか――」


 リルティを守って欲しいと願ったのに、ライアンは守らなかった。


「元々ミッテンは、俺が貴族と連むのを心配した爺達の命令で俺についているだけだ。俺から守るのに俺のそばは便利だからな――」


「どういう……」


 ライアンは知らされていなかったのだろう。


「ライアンを守るために俺の側にいただけだ。ミッテンの実力は騎士団一なのに

何故王太子の側にいないのか考えればわかるだろう」


 ジュリアスは腕を離したミッテンを見上げた。大きな男だ。強靭さと冷静さを併せ持った騎士の中の騎士だ。幾度と無くジュリアスを守ってくれた。

 けれど、ミッテンが国王と宰相の手先であることを知っていたジュリアスは、ミッテンを完全に信用することが出来ない。グレイスやゲルトルードのように信頼することが出来なかった。


「いつから……知っていたのですか」


 ミッテンはジュリアスが知っている事が意外だったようだ。見下ろてくる視線を受けるとジュリアスは笑った。この男のこんな顔を見れるなんて、母親に感謝しなくてはいけないと思った。


「最初からだ」


 ミッテンに出会ったのは、騎士団に入った時だった。王族といえど見習いのジュリアスの扱いは難しかっただろうと、今のジュリアスにはわかる。そんな時に見習いとして師事を受けたのが当時二十歳になったばかりなのに剣の闘技会で優勝を収めて、近衛に入ったばかりのミッテンだった。

中途半端に切れなかったので、少しいつもより長かったです。いつもは150行くらいですが、今回は230行(笑)。

ドカンバタンといこうかと思ったのですが、こっちの方が怖いかなと平手攻撃にしました。

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