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午後十時の王子様  作者: 東雲 さち
本編―離宮の輪舞―
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危険な夜のお姫様

読んで下さってありがとうございます☆

 お腹痛い……。


 ゆっくりと意識が戻ってくると、リルティは腹部の痛みを感じた。鈍い痛みで、我慢できないほどではないが、何故お腹が痛いのかしらと思ったところで、目が醒めた。


 明るい部屋は知らない部屋で、立ち上がろうとしたリルティは起き上がれないことに気付く。


「なんで……」


 手がロープのようなもので縛られていた。天蓋の柱にくくり付けられていて、リルティは体の自由が利かなかった。


「随分早く目が醒めたな」


 声の主は寝台から離れたところで何かを飲んでいた。鈍い銀の髪に濁ったような灰色の目。男は若いはずなのに、溌剌としたろころがなかった。それでも王太子様の側でいたときは、理知的な目が印象的な普通の男に見えたというのに、その影は全く無い。


 ゾワリと背中が震えて、意識を失う前のことを思い出した。


「なんでこんなこと……」


 お腹を殴られて、意識を失ったのだ。リルティは理由がわからずに思わず尋ねた。


「なんで? 身分もわきまえず、男をたぶらかすような女にはお仕置が必要だろう? ここは外には声は漏れないような上等の部屋だ。泣き叫んでも助けは来ないさ」


 蛇のような目でリルティを上から下まで見て、その細い唇を舐める姿にゾッとする。この男は危ない。リルティを同じ人間だとわかっているのかと思えるほど酷薄な声だった。


「やめて頂戴。貴方伯爵様なんでしょう? 私は王太子様に招待されてきているのよ」


「おや、身分のない女は自ら男に抱かれたと訴えることができるのか……」


 失うものがないというのは楽でいいねと、男は嘲笑した。リルティは言葉の意味を図って、何故ここに括り付けられているのかやっと気付いたのだった。


「やめて!」


 男が側に寄ってくるだけで鳥肌が立った。寝台に座り込み、無理やり寝転ばされているリルティを捕食者の目で見つめる。恐慌に陥りそうになりながら、リルティは身をよじったが、縄が緩むことはなかった。悪戯に手が痛くなるだけだった。


「ライアン様は、お前を喰っていいかとと尋ねたら、笑ってらっしゃったよ。お前は、やりすぎたんだ――。ライアン様は私を咎めない――。勿論ジュリアス様もだ」


 酷く楽しそうに笑う男を信じられないという目でリルティは見詰めた。それを諦めと感じたのか、男はリルティの唇に自らの唇を押し付けた。


 酷く冷たい唇だと、リルティは思った。これは、人ではない――。人の血肉を持つものではないと、思い込むと口を開けた。そして、閉じた。


 ガリッと嫌な音がした瞬間、男は口を押さえて飛びのいた。


 必死で抗ってみたが、噛み千切ることはやはり出来なかった。


「随分威勢のいい女だな。いいだろう、お前に相応しいように抱いてやる――」


 バシッ! と平手で顔を殴られて、リルティの唇も切れた。


 口の中が鉄の味がした。自分のものなのか男のものなのかはわからない。


 リルティは恐怖と痛みで目を閉じた。


「じっとしとけば、殺しはしな……」


 ガッシャーン! 陶器の割れる音がして、慌てて目を開けたリルティは男が白目を剥いて覆いかぶさってくるのをスローモーションで見たような気がした。


 力なくリルティの上に倒れた男を、声も出せずに凝視していると、男が立っていたあたりに立つ少年が、ニッコリといい笑顔で「遅くなってごめんね」と謝罪した。


 訳もわからずぼんやりとしていると、手のロープを切ってくれた少年は、リルティを起こしてくれた。身体がブルブルと震えて、立ち上がるのもままならなかった。


「怖かったね。僕も似たような目にあったからよくわかるよ。あの時は助けてくれてありがとう」


 少年を良く見れば、見知った顔だった。


「あの庭で……」


 庭でジュリアスに拘束されていた少年だった。


 ハンカチを渡されて、リルティは唇を拭った。気持ちが悪いし、赤い血が滲んでいた。


「そのハンカチは上げるよ」


 少年は、男の脈拍を確認して、グルグルとそこに置いていたロープで縛ると寝台に転がした。そして、動けなくして振り向いた。


 リルティが立てないのに気がついて、少年はリルティより背が低いのに横抱きに抱き上げてくれた。


 有難いけれど、恥ずかしい―――。


「重くてごめんなさい……」


 リルティはこの時ほどダイエットしようと思ったことはなかったが、少年は軽々とリルティを運んでくれた。


「重くないよ。ごめんね、もっと早く助けてあげたかったんだけど、気付かれないように花瓶を持って後ろにまわるのは、あの男が貴方に集中しないと無理そうだったんだ」


 花瓶は少年の背丈くらい長かった。確かにあれをばれないようにするのは大変だっただろうと思う。


「何故助けてくれたの?」


 リルティが少年を助けたのは偶然だ。

 それに何故ここにいるのかがわからなかった。ジュリアスは刺客かもしれないといってた事を考えると、こうして抱かれているのは危険かもしれない。


 この子は違うような気がするけど――。


 リルティは助けてくれたからではなく、この少年の持つ雰囲気が嫌いではなかったから、悪い人ではないと思いたかっただけかもしれない。


「僕は、宰相様の子飼いなんだ。宰相様の指示で動いている。あの時は、ジュリアス様に届いている貴族達からの贈り物に不審なものがないか調べて来いっていわれて行ったんだけど、ばれちゃって、庭まで逃げたところで捕まってね。あんまり派手に抵抗すると殺されるかと思ったから、どうしようかと思っていたんだよ。何か持ち逃げしてないか調べるのは仕方ないけど、ハンカチを口に突っ込むのは止めて欲しいよね。息ができなくて、死んじゃうかと思った。だから、貴方は命の恩人なんだよ」


「じゃあジュリアス様を狙っていたのじゃないのね?」


「リルティ、あんなに嫌がっていたのに、ジュリアス様のこと好きになったの?」


「好きって……」


「好きじゃないけど心配してるの?」


「心配してるわ……。好きって、どういう気持ちなのかしら」


 好きかと聞かれたら、好きと答えれるほど、リルティはジュリアスのことを知らない。ただ、側にいると楽しかったり、ドキドキしたり、呆れたり、泣きそうになったり、忙しくてそれどころではないのだ。


 キスされると、前は嫌だったのに、今は違う――。


 さっきの男の人の唇は気持ち悪かった。唇が押し当てられた瞬間、ジュリアスのことを思い出して、助けて欲しいと願った。

 今、ジュリアスは城館にいないが、リルティに起こったことを知ったらどうするのだろう。


 信じてはいないが、ライアン様の許しを得ていると言っていた。それはどういうことなんだろう。


「どういうって――。わかってないの? リルティはまだ子供だなぁ」


 子供に子供って言われたとショックを受けていると、廊下にグレイスが見えた。


 リルティを探しているフレッドとアンナとグレイスの元にたどり着いたとき、やっとリルティは泣く事が出来た。余りに怖ろしいことがあると人間は泣く事もできないらしい。


「リルティ様を運んでくださってありがとうございます。貴方はどなた?」


 グレイスはリルティをアンナに預けて、少年にことの次第を聞いた。


 少年はお辞儀をして、グレイスに自分の所属と与えられていた命令を告げた。何かあった際には、それを許されていたからだ。


「宰相閣下のご命令でここに……」


 グレイスは口の中で「あのくそ狸」と呟いた。


「はい。後の事はお任せいたします」


 少年はリルティがグルネル伯爵に襲われたこと、どこの部屋に監禁しているかをこと細やかに報告した。

 少年のとってはもう既に手を出しすぎているのだろう。グレイスはお礼を言って、少年の名前を聞いた。


「僕の名前は、セージです。リルティ様にお大事になさってくださいとお伝えください」


 グレイスは、労いと感謝をセージに伝えて、ライアンの元に走った。ジュリアスがいない今、指示を仰ぐのはライアンだけだ。

 部屋に戻ったばかりのライアンに面会をして、グレイスは今夜の事を告げた。


「リルティが……」


 ライアンはグルネル伯爵の拘束をミッテンに指示し、自ら取り調べるために部屋をでた。その顔色は白く、グレイスが心配になるほどだった。ミッテンは、ライアンの護衛隊長にすら内緒で素早くグルネルを拘束した。そして、ライアン、ミッテンのみで取り調べる事にしたのだった。少しでもリルティへの変な噂を流すわけにはいかないからだった。


どうしても苦手なシーンは駆け抜けてしまいます……。難しい……。

やっと一話ででてきた少年Aが登場できました。彼は宰相が使っている情報を集めたりする人間です。


2月5日の活動報告に、ちょっとだけ小話を載せています。大した話ではないのですが、ジュリアスが好きなリルティは、平凡だけど、愛する事を知っていて、愛される事もしっている。信頼することも頼られる事も知っている人間で、そういうものと縁の薄いジュリアスはそこに惹かれたのだなと思って書いてみました。

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