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午後十時の王子様  作者: 東雲 さち
本編―離宮の輪舞―
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王子様のいない間に

読んで下さってありがとうございます☆

少し暴力的なシーンがあります。苦手な方はご注意ください。

 リルティは、朝早く旅立ったジュリアスとテオ達を見送った。


 昨日のジュリアスの告白はリルティにとって衝撃的なことだった。ジェフリーがジュリアスだったなんて、今考えても嘘じゃないかと思えた。


 正直な話、リルティはそれほどジェフリーのことを覚えていたわけではなかった。出会ったのは五歳の頃だったし、それほど長い時間一緒にいたわけでもなかったから。思い出すのは、優しい男の子と踊った事。彼がとても優しかったこと。そして毎年手紙とお菓子を贈ってくれたことだけだった。


 女の子なら誰でも心の隅に大事にとってある思い出の一つと言ってもいい。いつか出会えるんじゃないかと夢見ても誰も文句は言わないはずだ。


 大事な思い出のジェフリーが、リルティのことを覚えていただけでも驚くべきことなのに、私を……。


 朝のテラスに佇み、庭を眺めながらリルティは、あることに気がついた。


「私のこと、好きだなんて、ジュリアス様は一言もいってない――」


 リルティは身体が震えた。


 そうだった。あんな優しいキスをするジュリアスなのに。

 どうでもいい女は抱かないと、ジュリアスはいったが、好きだから抱いたなんて言わなかった。


 それでも、ジュリアスがジェフリーだというのなら、信じたい。


「ジュリアス様が帰ってきたら、聞いてみよう」


 リルティは、テラスから部屋に戻った。グレイスが、冷えたリルティのために温かい蜂蜜をいれた紅茶を用意してくれていた。身体が温まると、少しだけ気持ちがほぐれた。


「ジュリアス様はいつ帰っていらっしゃるのかしら」


 グレイスは、リルティのジュリアスを待つような言葉に嬉しそうに微笑む。


「すぐ帰ってらっしゃいますよ。そうでなければ、リルティ様も一緒に帰るように言うはずですわ」


 かなり嫉妬深いですから、とグレイスは笑えない事をいう。


「今日はまた立食のパーティがございます。ジュリアス様がいたら羽を伸ばせませんから、楽しんでらっしゃってくださいませ。ロクサーヌ様もマリアンヌ様たちもいらっしゃいます」


 グレイスは何気にジュリアスに辛辣だった。リルティは曖昧に微笑んで、日課になっている手紙を書いた。メリッサに宛てた物、家に送るもの、フレイア王女に送るもの。


 手紙を書いていると自分の気持ちが落ち着いたり、整理されるから便利だ。



 夕刻になり、侍従のフレッドが迎えに来てくれたので、リルティはグレイスとアンナに着付けてもらった美しい白地にピンクの小花の散った刺繍のドレスで会場に入った。久しぶりの沢山の人に少しだけ驚く。この城館は小ぶりだというのに、リルティは日々を殆ど部屋や中庭で過ごすから、知らない人だらけだった。


 リルティは、グレイスに言いつけられた通りにライアンの元に向かった。


「やあ、また可愛らしいねリルティ」


「お招きありがとうございます」


 ライアンは友人達と話していたが、リルティが部屋に入ってくるとすぐに近寄ってきてくれた。スカートを摘み、腰を折って挨拶すると、ライアンは手をとって甲に貴婦人に対する挨拶をしてくれた。それだけで、リルティはライアンに歓迎されている印になるから、グレイスはライアンを探して挨拶するように言ったのだった。


 ライアンはリルティの側に寄ると「今日はダンスを踊っても、ジュリアスに邪魔されないね」と前回のことを茶化すように言った。


「でもジュリアス様がいなかったら、ライアン様はそんなことをされませんよね」


 ニッコリとリルティが微笑めば、目を瞠ったライアンが「リルティも言うねぇ」とクスクスと笑う。


「ジュリアスが怒るから、私は大人しくしておくよ。君は羽を伸ばしておいで」


 どうも私は、籠の鳥らしい。皆が皆、羽を伸ばせと言ってくれる。


「ありがとうございます」


 リルティは、戻るライアンを見送って会場を見回した。


「リルティ、こんばんわ」


「ロクサーヌ様」


「ジュリアスは王宮に戻っているらしいわね。一緒にお話しましょう。女同士で羽を伸ばさないと」


 やはりロクサーヌも羽を伸ばせという。


「ジュリアス様いらしゃらないの?」


 マリアンヌ、シンシア、ジョセフィーヌがやはり仲良くリルティとロクサーヌの元に来て、驚いたように尋ねた。


「ええ。国王陛下から招請があったのですって」


「ならリルティ、羽を伸ばしたらいいわね」


「……そんなに?」


「「「「え?」」」」


「皆様が皆様、羽を伸ばしなさいっておっしゃるのだけど……、そんなに私籠の鳥なのかしら? と思って」


「「「「気付いてなかったの?」」」」


 驚いたように四人はリルティを見つめた。


「確かに一緒にいることは多いと思うのだけど……」


 リルティは、四人が信じられないというように目を瞠るので、口の中でもごもごとそう言った。


「朝はともかく、昼も夜も皆様一緒に食事をしたり、散策したり、村のほうへ遊びにいったり。ダンスをしたり歌を披露したり、読書会もあったけど――、リルティはほとんどジュリアス様が出さなかったでしょう? 私達もなんどもジュリアス様にリルティは来ないのかと聞いたりしたのだけど、全然相手にされなかったわ」


「そうなの?」


「「「「ええ、そうよ」」」」


「あなたの様な田舎くさい女の人をジュリアス様はご存知ないから、珍しいだけよ。男爵令嬢の身分で、国を支えることになるジュリアス様のお眼鏡に叶うと本当に思ってらっしゃるの?」


 こんな広いホールで、何もこんな横を通らなくていいのにと思うが、リリアナはリルティ達の側を通り過ぎる時にリルティ達にだけ聞こえるように吐き捨てるように言った。


「高慢なだけのどこかの姫より、余程心休まるのではないかしら?」


 ロクサーヌはリリアナに向かって冷たく言い放った。リルティを挟んで一瞬両者の瞳がぶつかり合う。先に目をそらしたのはリリアナだったが、リルティは何故かこの美しい姫の視線を感じると背中が凍るようだった。


「大丈夫? リルティ顔色悪いわ」


「あんなに毒気の多い人だったなんて、今まで気付かなかったわ」


 ジョセフィーヌは、リリアナをそう評した。リルティが感じたのは正に毒気だった。


「リルティ、あっちでお食事しましょう。今日のデザートもとても美味しいのですって」


 マリアンヌはリルティを気遣うように、リリアナ達から離れたテーブルを示した。


「そうね。あちらに行きましょう」


 ロクサーヌもリルティの様子を見て、促した。シンシアはもう既にテーブルに陣取って最初の皿に手を出していた。


「シンシア……」


その変わらないシンシアの行動が皆をホッとさせ笑わせてくれる。



 リルティは、楽しい一時を過ごした。皆がこんなに優しくしてくれて、こんな楽しいバカンスになるとは思っていなかった。


「よかったですね」


 侍従のフレッドが、あまりにリルティが楽しそうにしているからつい言葉にしたようだった。


「ええ。本当に。来てよかったわ」


 夜も更けて皆が滞在している客間とは少し離れているから人気はないはずなのだが、フレッドは呼び止められた。


「そこの侍従。こちらの方がとても苦しがっているの。医務室へ案内してくださらないかしら?」


 見たことのある顔だなとリルティは気付いた。リリアナとよく一緒にいる少女の一人だ。その連れも同じ年くらいの令嬢で、廊下に配置されていた椅子に座って苦しそうにお腹を押さえている。


「大丈夫? 私も肩をかすわ」


 リルティは、その令嬢の顔色の悪さに驚いて、申し出た。


「いえ、大丈夫です。でも医務室がどこかわからないので、申し訳ないのですが、侍従を貸していただけませんか」


「ええ。フレッド、医務室へ連れて行ってあげて。私は一人でも帰れるわ。すぐそこですから」


 フレッドは、それは出来ないと断っていたが、リルティがそういうと、困ったように顔を曇らせた。


「すぐ戻ってまいります。こちらで少しお待ちいただけますか」


 一人で帰すと怒られるのだろうかとリルティは察して、頷いた。一緒にいくのは迷惑なようだったから、リルティはその令嬢の座っていた椅子で待つことにした。肩をかして、フレッドが具合の悪い令嬢を連れて行くのを見守って、庭に面した廊下から月を見た。


「リルティ・レイスウィード?」


 リルティは誰もいないと思っていた庭の影に人の姿を見つけて、驚いた。まさかそんなところに人がいるとはおもっていなかったからだ。


「こんなところで何を?」


 偶々通りかかったのだろう青年は、リルティも知っている伯爵家の子息だった。ライアンの側にいたから、きっと学生時代からの友人なのだろう。


「侍従を待っております」


「あなたの事は、よく知っていますよ。あれですよね、ジュリアス様に弄ばれているとか――。身分の高い方は酷い事をされる……。貴方はよほど、美味しいのでしょうか。私も少し、味見してみたくなります――」


 侮辱されていると憤る前にリルティは逃げようとした。


 目がヤバイ人だ、怖い――。


「逃げようなんて、そんなことを許した覚えはありませんよ」


 手首を掴まれて引き寄せられると、リルティは恐怖で顔を引きつらせた。

 

 誰か! 助けて――。


 声を上げようとした瞬間、腹部に痛みを感じて、リルティは身体を半分に折るようにして倒れた。


 男は、上手くいったと薄い唇を舐めた。意識の無いリルティを抱え上げると、静かに闇に紛れた。


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