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午後十時の王子様  作者: 東雲 さち
本編―離宮の輪舞―
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王子様はバジル紅茶を飲み干す

読んで下さってありがとうございます☆

 部屋の中は想像したとおりの酷い有様だった。由緒正しい絵画には花瓶の水がかかり、破片が刺さっているし、重厚なテーブルセットは見るも無残に砕けていた。


 男の子の反抗期って凄いのね――と、シェイラは歩くのも大変な部屋を横切り、ジュリアスの私室へと着いて行った。

 何かしらの破片が飛んだのか頬に赤い傷が出来ていたが、ジュリアスは気にしていないようだった。私室のソファにドサリと座り込み、何かを考えているように頭を押さえた。


「ジュリアス、あの……国王陛下に聞いたのだけど」


 何と切り出そうか迷いながら国王の事を言えば、視線を上げたジュリアスの荒んだ瞳と視線がぶつかり、シェイラは思わず目線を逸らした。

 そんな母親の様子にジュリアスは、僅かながら殺気のようなものを散らした。


「そうですか」


 自分がこんな馬鹿なことをしでかした理由を説明しなくていいことに、ジュリアスは安堵した。


「それで、それを持ってきたんですか?」


 剣と銃は、シェイラに似合わない重く無骨なものだ。それを大事に抱えてきたという事は、説得しにきたのだとジュリアスは苦笑を滲ませた。


「だって、これはあなたのものでしょう。貴方の矜持ではないの?」


 母親の言葉に、ジュリアスは反論したくなったが、むなしくて止めた。


 シェイラの言うとおり、剣と銃はジュリアスにとって自分が第二王子であるということの証明だった。その剣で兄を守り、銃で敵を屠るために自分は鍛錬してきたし、その分だけプライドのようなものはあった。


 それがこんなに脆くて、頼りないものだとは思わなかったが――と、ジュリアスは心を軋ませながら、自嘲した。


「ジュリアス……」


 息子の傷は思ったより深いのだとシェイラは気付いた。


 きっと今から告げることは、ジュリアスをもっと傷つけるだろうとシェイラは思った。それでも口にしないという選択肢はない――。


 ジュリアスを想うのならそれは正しい。けれど、正しいからといってそれがジュリアスのためかというと、それだけではなかったから、シェイラは言葉を選ぶようにして、話はじめた。


「貴方が何故怒っているのかは聞いてきたわ。でも貴方はこれを放りだして、それでいいの? 貴方がこのままリルティ様を娶ってそれで幸せになれるの?」


 ジュリアスは、シェイラの言う言葉に反発するように視線を剣と銃から上げた。


「なれる――」


「本当に? きっと敵はリルティ様を狙ってくるわよ。だって、あの人達が欲しいのは皇国の血を継ぐライアン様ではなく、貴方だもの。リルティ様を守りきれるの?」


 シェイラの指摘に初めてジュリアスは気がついた。


 何故、そのことを考えつかなかったのだろうと、迂闊な自分に驚いた。


「リルティを……失う?」


 ジュリアスは口にした言葉の意味を噛みしめた。このままだと確実にリルティは狙われて、ジュリアスは失ったものの大きさに打ちひしがれながら、後悔の渦に飲み込まれるだろう。


「貴方は私のお兄様のようにこの国を出る事も出来るけど……、その場合、ライアン様は暗殺されて、皇国の血をついでいるとはいえ国王の王女であるフレイア様を娶って、ライアン様を殺した人間が王となることもあるかもしれない――」


 母は何を言っているのだろうと、ジュリアスは慄きながらもその可能性がないわけではないと理解していた。国王が生きている間は無事かもしれないが、その後のことはわからない。


 祖父の代の戦火はジュリアス達には想像ができないが、酷いものだったのだろう。


 国王は戦を止めるために父を殺し、和平のためにエウリカ皇国の姫を娶った。だが、身内をその戦で亡くした人にとっては、父がしたことは、許せないことだったのだという。何がなんでもエウリカ皇国の血筋をひくライアンを国王にしたくないようで、度々狙われるのはライアンもジュリアスも変わらなかった。反対にライアンの国の者達は先王に似たジュリアスが国王になれば、また同じように戦がはじまるのではないかと、ジュリアスを狙ってくるのだ。


 ジュリアスは、床に視線を落とす。


 俺が、諦めれば、それでいいのか――?


 ジュリアスは、リルティの柔らかな髪を思い浮かべた。浅葱色の瞳を想った――。


「無理だ――。諦めきれない」


 まだ再会する前なら良かった。思い出の彼女を諦めることなら出来たかもしれない。

 けれど、もう出会った――。愛しい彼女を腕に抱いて、柔らかな唇に優しく口付けた。ジュリアスがジェフリーだったとわかった後の彼女は、嫌がらずにジュリアスの腕を握ってくれた。


 ジュリアス様、ご無事で――。そう、言って送ってくれたリルティを諦めきれるはずがなかった。


「少し、考えたいさせてほしい」


 考えたからといって、どうなるわけでもなかったが、頷く事ができなかったので、ジュリアスはそうシェイラに告げた。


「ええ。ごめんなさい。貴方にこんなことしか言えないなんて、母親失格ね」


 落ち込んだ様子のシェイラは、立ち上がり、剣と銃をテーブルに置いた。


「たとえ、考えた末に貴方がこの国をでることになっても、これだけは持っていて。国王様に従わなくても、貴方は私の大事な息子なの」


 身を守るために持っていてほしいとシェイラは懇願した。


「はい――」


 ジュリアスは、その気持ちを汲んで、剣と銃を手にとった。


 それを見て、シェイラはホッとしたように微笑んで、出て行った。



 一時間きっかりでゲルトルードが部屋に押しかけてきて、置いていったことを激しく非難していたが、ジュリアスはそれを聞き流していた。昔から兄妹のように過ごしてきたから、ジュリアスが少々機嫌が悪くてもゲルトルードは気にしない。それでも、今回は怒鳴られるだろうと覚悟して、文句をいったのだが、ジュリアスはぼんやりと何かを考えているようで、反応がなかった。


 ゲルトルードがジュリアスに紅茶を差し出すと、表情もなく受け取り飲んだので、思わず小さく腕を突き上げて喜びを噛みしめた。


 ゲホッと咽たジュリアスは、信じられないようにカップを凝視した。

 紅茶に緑のものが浮かんでいた。


「バジル?」


「私だって、リルティと遊びたかった!」


「リルはお前のものじゃない。それになんでバジルが入っているんだ?」


 バジルは料理にはいいが、紅茶には合わない。


「リルティ様に勝手にキスした罰です!」


 やはりゲルトルードを離宮に連れて行かなくて正解だったと、ジュリアスはバジルの入った紅茶を飲みきった。出口のない思考をぶった切ってくれたゲルトルードに感謝したい気分だった。


「戻る。お前はもうちょっと留守番だ――。王子にバジル紅茶を飲ませるような側近はお仕置きが必要だしな」


「そんな事言って元々連れて行くつもりなかったでしょう!」


「いや、連れて行ってもいいかなと思っていただけに残念だ――。部屋、片付けといてくれ」


 ゲルトルードは、それがジュリアスの意地悪だとわかっていたが、思わず叫んだ。


「ジュリアス様なんかリルティに嫌われてしまったらいいのに!」


 ジュリアスの氷点下な視線が飛んできてもゲルトルードは跳ね返すように睨み返した。


「ミッテンは……しばらくライアン付きだ――」


 ジュリアスはいい考えだと、ニヤリと笑むとすぐに馬を用意させるのだった。


 ゲルトルードは隣の部屋に移ると、ジュリアスが破壊した家具の一部を壁に投げつけて行き場のない怒りをぶつけるのだった。 

久しぶりにゲルトルードの登場です。前の登場では凛々しい男装女子を目指したのですが、今回は壊れていましたね。リルティと約束したバジル紅茶を飲ませてみました。


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