怒りの王子様
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ドーン! と銃弾の発射された音がした。同時にガン! と馬に乗ったテオが横で剣を振るうと金属同士がぶつかる音がした。
道の横の木々の隙間に目測でナイフを投げつけると、ジュリアスの手にはしっかりした手ごたえがあった。
「ジュリアス様、どうされますか――?」
馬を止めて、ジュリアスに付き従ってともに王都に向かっていたアンナの夫のトーマスがジュリアスの指示を仰ぐ。ジュリアスの側を離れるか離れないかをトーマスには判断できないからだ。
見に行かせると、小柄な女が腕から出血した状態で引き釣り出された。暗殺者というには頼りない印象を受ける。
「主に言っとけ。俺は王にはならんとな」
キッと見上げた顔は、まだあどけないと言っても過言ではない少女だった。
少女が引き連れられてきたときに喚いていた言葉はライアンの母の国の言葉だった。隣の国だというのに、二つの国はともに大国だった大昔の頃の面影を残し、言葉が違う。
貴族階級の人間であれば両方話す事は出来るが、少女は無理だろうとジュリアスはエウリカ皇国の言葉である皇国語を話した。少女は少し驚いたようだったが、ジュリアスの言葉を聞いて激昂した。
「その顔で何をいう!」
うんざりしながら、ジュリアスは自身の顔を撫でた。自分の顔は嫌いではなかったが、この顔が元でライアンの母親の国から狙われている事を考えると溜息がでる。ジュリアスの顔は、誰よりも父方の祖父であるザイウルフ前国王に似ているのだ。血が繋がっているから仕方ないとは思うが、ライアンは全く似ていないのに……とぼやきたくなる。
「男前だろうが――」
ジュリアスが捨て身でそう言ったのを聞いて、少女の顔に怒りから顔を真っ赤にして、唾を吐きかけようとした。護衛騎士であるトーマスがガツンと後ろから殴りつけてたので、少女は地面に伏した。
「冗談も聞かないか……。まだ子供だろうに」
そう言ってジュリアスは、トーマスに命じて拘束したまま連行することにした。普段暗殺を企む者達は姿が見えた時点で倒していたので、生きたまま捕えれたことがほとんどなかった。
「くそ! 死ね! ○○!」
口汚く罵る少女に「黙らないとそこにいるテオにキスさせるぞ」というと、キラキラと朝日を不自然なくらいに浴びた髪をなびかせてテオは「私がですか?」と戸惑ったように少女を見た。
少女の頬が先ほどの怒りとは違う意味で真っ赤になったのを見て、ジュリアス呆れた。
「俺には○○なのに、テオだと照れるのか――」
他の護衛騎士だとむやみに暴れようとするのに、テオに手を拘束させると躊躇いがちに身じろぎ、その動きでテオが大げさに「あっ……!」と腕の傷を押さえて呻くと、少女は黙って静かになった。
テオ、もうここまできたら怖ろしい……。
最初の襲撃は銃だったのに、テオは剣で弾いた。弾丸が見えたとかではなく、ただ危険だと思った瞬間に剣を振ったら当たったとかいうのだから、運命の神様の前髪はテオの前で制止しているのだろう。
もしかしたら運命の神様はテオの前でいつ掴まえられるのだろうかとブラッシングしながら、待ち構えているのではないだろうか。
なんだか色々と馬鹿らしくなるのは、きっと気のせいではない。
「テオは、俺がリルティにちょっかいを出していても何も言わなかっただろう? 何故だ?」
少女はトーマスに抱えらて同乗していたが、あれっきり静かになっていた。テオはジュリアスの横を走っていたが、長い髪がキラキラと光って流れる姿は、ジュリアスが男でも見惚れるくらい綺麗だった。その横顔に尋ねると、テオはクスリと微笑んだ。
「リルティはジュリアス様のことが好きでしたから」
ほんのつい最近まで、リルティは確実にジュリアスのことを嫌っていた。ジュリアスはその事をわかっていたから、言葉の意味を図りかねて、続きを促した。
「ずっと待ってましたよ?」
「お前は知っているのか――?」
ジュリアスがジェフリーだということを知っている人間は少ない。だが、そのことを知らない人間は、待っていたという言葉は出さないだろう。
「私も二人が会った感謝祭に行きましたから――」
「お前みたいな顔の人間がいたら、いくら随分昔のことだって覚えているはずだが……」
「私は道化師の格好をさせられていましたからね。随分怪しまれていたましたが覚えていませんか?」
記憶の中に確かに道化師がいたなと、思い出す。顔の見えない道化師がいることに危機感を覚えた母の側近が確かめたところ、領主の身内だった。顔が派手で、その顔をみると教会に来た信心深い人々も神父様の話に集中出来ないから変装させて、感謝祭に来た子供達に飴を配っているとか言っていたはずだ。顔を確かめた側近は、「あの顔なら仕方ない」と許可をしたという。
「私が側妃様のお顔を知っていたのは偶々ですが、お忍びのようだったので、ちゃんと挨拶はしなかったんです。帰るたびにリルティにジェフリー父様を王都で見なかったかと尋ねられて、困ったものです」
そうか――と、さっき少し顔の事で落ち込んだ気持ちが浮上した。
もしかしたら、ずっと思い出を大切に想っていたのは自分だけではないかと思っていたのだ。勿論、それでも構わなかったが、リルティが自分に会いたがっていたのだと思うと、嬉しくて頬が緩みそうになる。
見事だな――。
リルティのことを聞いて目尻が垂れたのは、側でつぶさに見ていたテオだけだった。次の瞬間にはいつもの凍ったような横顔が表れて、感情を顔に出さないように訓練されてきた人間だと、テオは隣を駆けるジュリアスを見て感心した。
王都へ駆け戻ると、ジュリアスはすぐさま国王のいる執務室へ急いだ。
「呼ばれた理由がわからん。テオはトーマスと一緒にさっきの少女の事を頼む」
銃の入手経路が気になった。この国では銃の持ち主はすぐわかるが、あの少女はエウリカ皇国の出身だろう。どうやって銃を入手して、誰から命じられたのかジュリアスは知りたかった。
「はい。承知いたしました」
テオは、慣れた王宮を颯爽と歩いていった。少しの時間一緒にいただけなのだが、テオについては「凄すぎる」という感想しかなかった。何が凄いか聞かれてると困るのだが、それ以外に当てはまる言葉がなかったのだ。
コンコンと国王の執務室にふさわしい重厚な扉をノックすると、侍従が開けてジュリアスを控えの間に通した。広いそこには三人の男が待っていたが、ジュリアスの顔を認めると立ち上がり頭を下げた。優美な礼にジュリアスは頷いて座るように促した。
ジュリアスは、王宮では黒衣の王子と呼ばれている。黒衣に金のアクセサリーや刺繍は豪華だが、気安い印象を与えない。特に騎士団で鍛えた体躯は、腰に佩いた剣と相俟って軽々しく人を寄せ付けなかった。
正直、外交に出ると聞いたとき、並み居る宮廷人は戦争でも仕掛けに行くのかと思ったという。ジュリアスに外交という文字は似合わないと思われていた。しかし、ジュリアスのストイックな雰囲気と外国で少々羽目をはずしたお陰かアルハーツ国での人気はうなぎ登りだったという。
「ジュリアス殿下、お入りくださいませ」
「お先に失礼する」
本来なら必要のない言葉だったが、ジュリアスだけでなく彼らも呼ばれてここで待っているのだと思うと自然と口から零れた。
「あ、いえ――」
口篭りながら、驚いたようにジュリアスを見上げる顔に、会釈して扉をくぐると背中で扉がしまった。
「遅うございますな――」
父親である国王の執務机の横に立つ人物に目を向けると、痛いくらいに強い眼光がジュリアスに刺さる。
「じじい……」
ジュリアスは思わず声を上げた。まさかここに宰相である祖父まで揃っているとは思っていなかったのだ。嫌な予感は当たっていたようだ。
「ジュリアス殿下、口をすっぱくして言っておりますが、私は廷臣でございます。じじいと呼ばれるのは本意ではございません」
もうとっくの昔に引退していてもおかしくないはずなのに、その声は若々しく一切の衰えを感じさせない。年というのなら、黒かった髪が白くなったことくらいだろうか。しかし、そんな事はこの宰相の前では些細なことだと思われる。
「……なんでここにいるんだ」
ジュリアスが問うと、ジュリアスの鬼門である二人の男は「お前に見合い話がある――」といっそ静か過ぎる声で告げた。
ジュリアスは、表情に温度を感じさせない笑顔を男達に向けた。その笑顔を凍りつかせたままでジュリアスは拳を握った。
「っざけんな!!」
ジュリアスは絞るように声を出した。
その瞬間思い出したのは、道中を心配するリルティの微笑みだった。
キーンと耳鳴りがしたが構わず、その腰に下げている剣と銃をまとめると、二人の横にあるワゴンに向かって投げつけた。
ワゴンは紅茶が用意されていたが、ジュリアスの今まで大事にしてきた武器の重さにあっさりと砕け散った。
「もういい――。もう知らん! 信用した俺が馬鹿だった」
ジュリアスは、それだけ言って踵を返した。遣り切れない思いが湧き上がるのをジュリアスは抑えられなかった。
「待て――」
焦った父親の声は、ジュリアスの耳に入ったが止めるだけの力にはならなかった。
ジュリアスの怒りのオーラを感じたのか、控えの間のだれも彼を止めることは出来なかった。
「あれは真剣に怒ったぞ。どうする?」
「陛下が茶化すからいけないと思いますが」
そんな声は、勿論ジュリアスの耳には入らなかった。
もう短編は読んでいただけたでしょうか?(笑)。あ、しつこいですか?だって、短編て生ものなのですもの。ある程度立つとPVも減っちゃうので、折角ですから色んな人に読んでもらいたいなと思いまして。
もし良かったら『愛の魔法は欲しくない』もよろしくです♪