父様は王子様?
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ジェフリーという名前を思い出すとリルティはいつも温かな気持ちになった。
春の陽射しのようなポカポカとした思い出は、自分の中でとても大事なもので、リルティの初恋はだれかと聞かれたときに、『ああ、あれが私の初恋だったんだわ』と思い至った。
リルティの母は男爵家に嫁ぐまで、ずっと未婚の女性のたしなみである教会の学院で過ごしていたのだという。そのせいもあって頻繁にリルティの家のある領地の教会に娘や息子を連れて訪れていた。
教会には学問を勉強する場所や身寄りのない子供が預けられている場所などがあった。勿論祈りの場もあったが、リルティ達兄妹はお祈りには熱心ではなかった。
リルティは兄妹の中では一番下だったから、教会に預けられている子供達にお姉さんぶるのが嬉しくて仕方がなかった。だから、冬の前の感謝祭の時に有力な貴族である公爵夫人という方が来たときも子供の相手を引き受けていた。
公爵夫人は、リルティの家に滞在し、教会の活動や地域の発展などを見て周り、色んな土地との相互性を考えてリルティの父にアドバイスしていた。リルティの父の領地で採れる虫からとれる染料と、離れた伯爵領で採れる綿花を合わせて素晴らしい反物を作って流行らせたのは、公爵夫人だと父はいっていた。
オルグレン公爵夫人という人は、背もそれほど高くなく、偉そうなところのない可愛らしい女性だった。
彼女には十三歳になるという息子がいた。彼は、茶色い髪に黒い瞳の意思の強そうな男の子だった。あまり愛想も良くなかったが、そこは公爵子息ということで、同じ歳くらいの女の子は皆彼の側にはべり、勿論リルティは側に寄る事もなかった。
二人とそのお付の人達がリルティの父の領地に留まったのは二週間ぐらいだったと思う。
感謝祭の日は、リルティはいつものように教会で子供達と遊んでいた。
テオが王都で手に入れてきたというお土産は色とりどりのリボンで、リルティはそれを持って教会に来たのだった。リルティはあまり物に執着しない性質だったので、女の子達を集めて、髪の毛を結ってあげようと思っていたが、何分まだ五歳で、元々手先が器用でもなかったから、それは辛い作業だった。
リルティを慕ってくれる自分より小さな子たちは、やはりジッとしていられないので、リルティは半分泣きそうになっていた。
リルティより大きな子供たちは、感謝祭で歌を歌うために集められて、その場にはいなかった。
「リル母様、まだぁ?」
幼い女の子たちの期待のこもった瞳にリルティの瞳は潤んでいた。それを必死で我慢して、髪に櫛を通すが、姉たちのように結ぶ事ができなかった。
「ごめんね……もうちょっとだから……」
リルティが途方にくれかけた時、扉が開いて、そこに公爵子息が顔をだした。
「なんで泣いてるの?」
小さな女の子が泣きそうなのをみて、驚いたようだった。無愛想だとおもっていた男の子は、側にやってきてリルティに聞いた。
「髪が結べないの……」
瞳から堪え切れなかった涙が溢れてきたのをみて、男の子は焦ったように「そんな事で泣くな」とリルティの手から櫛を奪って、器用に結び始めた。編込んだ髪に、リルティは感激で「すごい!」と声を上げた。
「ほら、出来たぞ」
「次はリンダね」
リルティの不器用なのを知っていた子供たちは男の子の前に並んだ。男の子は本当に器用で、三人の女の子の髪型を全て違うように結い上げた。
「ありがとう――」
リルティの尊敬の眼差しを浴びて、男の子は顔を赤くして「どういたしまして」と言った。
「お前、名前は?」
「リルティよ。あなたはだあれ?」
男の子は「お前の家に泊まってるのに知らないのか?」と少し意地悪なことを言った。リルティはまだ幼かったので、晩餐にも参加させてもらえていなかったので、その男の子が公爵子息だということは知っていても、名前までは知らなかったのだ。
「リル母様、王子様よ」
リンダは瞳を輝かせて、男の子の手をとった。
「ね、王子様踊って――」
リンダに引っ張られた男の子は、リルティの方を見つめいてた。
「俺はジェフリーだ」
そう言って、リンダの踊る変な踊りにつきあってくれた。勿論、他の女の子も踊ってもらおうと待っている。
クルクル周るリンダがうらやましいなとリルティは思ったが、いつも我慢を強いられている子達が嬉しそうだったから、嬉しくて笑みを浮かべた。何故か二人の幼い男の子達も順番待ちしているのが滑稽でリルティは心の底から笑った。
「リル母様、僕とおどろ」
順番待ちに飽きたケンがリルティの手をとったので、リルティもよくわからないまま踊った。
どの子達もキラキラした笑顔だったから、リルティは本当に嬉しかった。
「リルティ母様? 踊ろう――。でも何でリルティは母様なんだ?」
皆と踊ったジェフリーが最後にリルティとも踊ってくれた。姉たちが習っていたダンスを思い出しながらジェフリーにリードされると、リルティも綺麗に踊る事ができた。ジェフリーは驚いた顔で、リルティに「上手だな」と褒めてくれたので、リルティは赤面しながらも「ありがとう」とお礼を言った。
「皆、両親が亡くなったり、側にいれなくてここに預けられているの。だから、お母さんごっこが好きなのよ。私は、お母様がいるからお母様役なの」
リルティが説明するとジェフリーは何ともいえない顔で、子供達に視線を移した。
「そうか……。なら、俺がお父様になってやる」
もしかしたら今この時間だけになるだろうと思ったが、ジェフリーはそう言った。
リルティは少しだけ眼を見張ると、綻ぶような微笑を浮かべた。
「ありがとう……。皆、ジェフリー父様よ」
子供たちは喜んだ。今まで不器用な母様しかいなかったが、王子様のような父様が出来たのだ。飛んだり跳ねたり、ジェフリーによじ登ったりしたが、ジェフリーは一切嫌がらなかった。リルティは、一緒におままごとをしながら、こんな人のお嫁さんになれたらいいのに……と、小さいながらも頬を染めて思った。
疲れた子供達が部屋の中で寝転んだり、玩具で遊んだりしているのを見ながら、ジェフリーはその後もずっとリルティ達と一緒に遊んでくれた。
その後もリルティが子供達と一緒に遊んでいると、こっそりとやってきてお菓子や絵本をくれた。遊べたのは一週間ほどだったが、リルティには忘れられない宝物のような一時だった。
まだ小さなリルティが、そのことを覚えていられたのは、毎年感謝祭の日にジェフリーから手紙と子供達への贈り物が届いたからだ。宝石のような飴や沢山の焼き菓子。
手紙にはいつも一言だけ『いつか君に会いにいく J 』と書いていた。
リルティが王宮に伺候することになる年まで、その手紙は届いた。
王宮に働きに出てからも、手紙が来ていないか教会の神父様に尋ねたが、その年から届かなくなったようだった。王都にくれば会えるかもしれないと思っていたが、貴族の数はリルティが思っているより多く、余り有名ではないようで、王宮でジェフリーの名前を聞くことはなかった。
たった一週間一緒にいただけだもの……。
公爵子息はもう二十歳も超えている。きっと美しい身分にあった人と結婚でもされて、リルティのことは忘れてしまったのだろうと思っていた。
「リル、君に会いたかった」
ジュリアスは熱い感情を吐露するように、リルティを抱きしめて耳元で囁いた。