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午後十時の王子様  作者: 東雲 さち
本編―離宮の輪舞―
31/92

トマトの嫌いな王子様

読んで下さってありがとうございます。

 二人乗り用の鞍が乗せられた馬は黒かった。


「また黒ですね」


 素直に思ったことを口に出したのだけど、ジュリアスはいつものように苛立ったりしなかった。変態というとキスされる恐れがあるので、決して口に出さなかったのも良かったのかもしれない。


 今日のジュリアスの出で立ちは真っ黒ではなかった。多分、森の中で黒いと危ないからだろうと思う。熊と間違われて撃たれたら大変だ。


 乗馬用のキュロットが黒くシャツは白かった。外衣はアイビーグリーンで、リルティのドレスとお揃いのようだった。肩からガンケースをかけて帽子はハンティング帽と呼ばれるもので、普段見ないジュリアスの姿にリルティは、思わず見惚れてしまった

 

 帽子を被るといつもより若く見えてしまうのは何故だろうか。


「リル? どうかしたか」


 馬を前にリルティがジッとしているので心配してくれたのかもしれない。そう思うと嬉しかった。


「なんでもないです。随分大きい馬ですね」


 乗れるかしらとリルティは今になって心配になってしまった。


「ああ、軍馬だからな」


 先に乗ったジュリアスが手を差し伸べてくれる。リルティが台のようなものに乗るとジュリアスは子供を抱くように脇の下に手をいれて自分の前に乗せた。


 リルティは、視線の高さに驚いた。


「大丈夫か?」


 瞳を輝かしたリルティにジュリアスは笑いそうになりながら尋ねた。

 リルティの浅葱色の瞳に吸い込まれそうになってジュリアスは頭を振った。


 何故だろう……昨日からリルティがいつもより可愛い。


 今日の狩りはリルティから離れていなければならないのに、そんなキラキラした瞳をしていたら誰かにさらわれるのではないかとジュリアスは真剣に思った。


 付き添いをグレイスに頼んでよかったと自分の判断を褒めたい気分だった。


「馬ってこんなに高いのですね。なんだか自分の視界が広がったようです」


 それほど遠い場所でもないし、早めにでたのでゆっくりと馬を歩かせるとリルティはとても楽しそうに笑った。女性は殆どが馬車で移動する。


 ジュリアスの護衛が三騎着いて来ていた。彼らもまたゆっくりと歩みを進めている。


「あ、ほら、小鳥がいます」


「リル、ジッとしてないと落ちるぞ」


 笑いを含みながら、安全のために腰を抱いた手に力をいれると、リルティは驚いたように後ろに座るジュリアスの顔を見上げた。


「はい。ごめんなさい……」


 ジュリアスが怒ったと思って緊張したのか静かになったリルティに、悪い事を言ったかなと思って顔を覗きこむと、リルティは頬を紅潮させて固まっていた。


「いや、謝る必要はない……。大丈夫だ。落とさない。――意地悪をいって悪かった……」


 ジュリアスが謝るとリルティは「いいえ、あの、えっと……」と口の中でもモゴモゴ言うしかできなかった。


 二人はその後は何も言葉を交わさなかった。近すぎる距離に鼓動は高鳴りっぱなしだった。



 ここで狩りに行く前に軽く食事をするのだろう。用意されているテーブルには食事の用意が出来ていた。

リルティはジュリアスに支えてもらって馬から下りると、護衛騎士が馬を連れて行った。もう既に半数以上はいると思うが、騎士や従者や侍女もいるので、実際の数はわからなかった。長テーブルに王太子の一行がいたが、ジュリアスはリルティを連れて、先に来ていたグレイスからバスケットを受け取って、離れた場所にリルティを連れて行った。


 二人掛けの小さなテーブルにバスケットから取り出したサンドウィッチと飲み物を取り出すとリルティに渡してくれた。


「ありがとうございます」


 ジュリアスは自分も食べ始めたが、不意に中身のトマトを抜いた。


「グレイスめ……」


「あ、駄目ですよ。折角作ってくれたのに嫌いだからって抜いちゃ」


 リルティがそう言って咎めると、ジュリアスはトマトを見つめて、仕方ないというように口に放りこんだ。ゴクリと飲み込むのが見えた。


「ジュリアス様、トマト苦手なんですね」


 その顔を見ていたら笑えたが、リルティはグッと我慢をして、葡萄ジュースを差し出した。


「リル、頬がつってる……」


 恨めしげにジュリアスは呟いて「あんまりひどいと口直しするぞ」とリルティの耳元で囁いた。その口調は少し前のジュリアスのもので、リルティはビックリした。


 グレイスが咳き込んでいるのをみて、ジュリアスは神妙な顔になり、「トマトは苦手なんだ。青いだろう?」と言いなおした。

 グレイスは風邪をひいたのだろうかと、リルティはそちらが気になった。


「ジュリアス様、あちらで王太子様とご一緒しませんこと?」


 あ。お姫様だ……とリルティは思った。


 一度だけ参加した舞踏会で、ジュリアスと踊っていた少女だった。豪華な金の髪に澄んだ青い瞳で、ジュリアスを見つめ微笑んだ。


「リリアナ、いや結構だ――」


「だって貴方、ここのところずっとライアン様と一緒にいないでしょう?」


「ライアンには言ってある。気にしないでいい」


「この人は誰なの? 今回も皆様伯爵家以上の参加よね。この人はどこのお家の方なの?」


 ジュリアスがまともに相手をしていないことにリルティは気がついた。何故なら少女のほうを見もしないからだ。


「俺のお……」


「私のお友達よ。ジュリアス、貴方、そろそろ集合の時間でしょ。いってらっしゃいな」


 少女の後ろから凛とした雰囲気の女性が現れて、ジュリアスの言葉にかぶせてきた。普通なら王子に対してそんなことはしないはずだ。


「ロクサーヌ?」


「王太子様が待ってるわよ」


 ロクサーヌと呼ばれた女性は扇でジュリアスを追い払った。実際ライアンが立ち上がってこちらを見ていたので、ジュリアスは仕方なくリルティに「いってくる、何かあったらグレイスがいるから心配するな」といって手の甲にキスしていってしまった。


「公爵家の……」


「リリアナ様、わたくし、リルティ様とお話がありますの」


 ロクサーヌはそう言って、リリアナの退場をうながしたが、彼女はそれくらいで引くような人間ではなかったようで、キッとリルティを睨みつけた。


 リルティは、美しいあどけない笑顔を振りまいていた少女の女の顔を見た。

いつも読んで下さってありがとうございます。『初恋の人に捧げる赤い果実』が完結したので、やっとこちらを本腰いれて~と思っております。『弓&刃物?』の時は、どちらかというとキャラが動きすぎて、あっという間にシーンが終わっていたのですが、こちらは異常に動きが遅いです><。小さい場面なのにジュリアスがリルティに見惚れているのが原因かと思いますが、展開の遅さに違う意味でジレジレって感じですね。やっと出てきたよ、公爵未亡人! 長かったよ!

そろそろ頑張って欲しいですね、王子様。

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