くつろぐ王子様
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朝目が醒めると、既に窓の外から沢山の人の声が聞こえた。馬の嘶きや犬の吼える声も聞こえる。
「お目覚めですか、リルティ様」
アンナは、そう言って水を差し出した。
「ありがとうございます。今日は狩りだといってましたね」
「ええ。冬の前に狼や熊が降りて来ていないかも調べるためなんですって」
昨日の夜もジュリアスと二人でリルティの部屋で食べれる簡単なものを運んでもらって一緒にご飯を食べた。とはいえ、普段食べるものより格段に豪華だったが。
ここ二、三日は朝の散歩をジュリアスとして、出かけるジュリアスを見送って、マリアンヌたちとお茶をして、帰ってきたジュリアスと食事をしながらお喋りをしていた。
大体はアンナやグレイスが側にいてくれるので、退屈と思うことはなかった。
食後のデザートは葡萄のゼリーだった。
「美味しいですね」
リルティがスプーンですくって食べていると、ジュリアスはそれを横から一口パクリと食べてしまった。
「あっ……」
非難の目を向けると、ジュリアスは「甘い……」と文句を言った。
文句を言うくらいなら私の分を食べないで欲しいと口を開くと「ほら」とジュリアス様の分のゼリーを私の口に押し込んでくる。
「ん。んんん!」
口に物がはいってるので、気持ちで文句を言うと笑われた。
何がしたいのかわかりません。と言ったつもりなのだけど。
「ほら、食べて」
次々と入れてくる。これは、雛に餌をやっている状態ですよねとリルティは呆れた。
結局リルティの分の一口を食べただけで、ジュリアスのゼリーは全部リルティのお腹に収まった。
美味しかったので、リルティはそれ以上文句を言う事ができなかった。
その後、アンナが入れたリラックス効果のあるお茶をいただきながら、リルティは本を読んでいた。横のソファでは、ジュリアスが熱心に銃の手入れをしている。
「リルは銃をみたことは?」
「お父様が持っていました。兄に教えていましたけど」
銃は、この国では貴族と正騎士しか持つ事を許されていない。リルティの父は田舎の男爵だが、ちゃんと所有していたし、狩りなどに使っていた。この銃で国と王を護るのが貴族と騎士の役目なのだ。貴族、または正騎士は、叙勲されるときに国王陛下から剣と銃をもらうのが慣わしだった。
「持たなくていいよ。こんなものは」
「慣れてらっしゃいますね」
その扱いをみれば、リルティにもおのずとわかる。
「明日はリルティに獲物をプレゼントしようか……」
ふと思いついたようにジュリアスは言った。獲物を捧げるというのは、昔からの求愛の印でもあった。
「馬鹿なことを……」
「そんな困った顔をするな。どうせ、ライアンの警護で獲物を狙っている暇なんてないよ」
呟いたジュリアスの顔がらしくなくて、思わずリルティは立ち上がって彼の横に移動した。
「怪我、しないでくださいね」
リルティの言葉に少し目を見開いて、ジュリアスは嬉しそうに微笑んだ。その笑顔は、さっきまでのものとは違って、なんだかリルティはドキドキしてしまった。
美形の笑顔は破壊力満載だと思いつつ、何を破壊されそうだったのかわからないまま、リルティはジュリアスに手を握られた。
それほど嫌じゃないことに自分で驚いた。
「気をつける」
大事なものを捧げ持つようにして、リルティの瞳を見ながら手の甲にそっと唇が寄せられて、リルティは思いがけず真っ赤になってしまった。顔の火照りをみられていると思うとなんだか、居心地が悪かった。
ゴホゴホと部屋の扉の前に立っていたグレイスが咳き込んだのをみて、「リル、お休み」とジュリアスは慌てて立ち上がった。
「お休みなさい」
なんだか自然に挨拶している自分にも驚きつつ、リルティは頬の熱がなかなか冷めないなと思いつつ、扉の前まで見送ったのだった。
「リルティ様、今日は男性は狩りですが、女性は手前の森で散策しつつ男性を待つそうですわ」
場違い甚だしいとは思うが、楽しそうだなと思ってリルティは「行ってみてもいいんですか?」と聞いた。ここに来て既に一週間ほど立つがほとんど何もしていない。ゆっくり休ませてもらっているが、基本リルティは動いているほうが性にあうのだ。
「マリアンヌ様たちもいらっしゃるそうですよ」
ここのところ毎日マリアンヌ達とはお茶の時間を一緒に過ごしている。この部屋の前にある中庭は、ジュリアスかライアンの許可なしには入れないようになっているらしい。だから訪ねてくれる人がいなければ、リルティは本当に何もすることがないのだった。
「楽しそうね」
「野外用のドレスを用意いたしますね」
「そんなものまであるの?」
「はい。きっと狩りもあるだろうとグレイス様がおっしゃってたので」
リルティは、衣裳部屋をみて迷いなく用意するアンナに驚嘆する。
「侍女としてもアンナさんを見習いたいわ。私、あまり侍女として出来はよくないの」
しょんぼりとしたリルティにアンナは笑う。
「王女殿下の侍女をされていらっしゃるんですよね?」
「ええ。でも私はあまりもの覚えもよくないし、器量もよくないし、何故王女殿下に側つきにしていただいたのかよくわからないの」
メリッサなら解る。彼女は機転も利くし、物覚えもいい。容姿も華があって、王女殿下の侍女らしいと思う。
リルティが役立つとすれば、王女殿下の引き立て役ぐらいかとおもう。
「リルティ様は可愛いと思いますよ。素直だから、きっと王女殿下も側にいてほっとされるんじゃないですか」
アンナの慰めにあまり慰められないまま、リルティは濃い緑のドレスを着せられた。しっかりとした造りで、暖かい。コートも同系色で、白い刺繍が可愛らしい。髪は編みこまれて上に小さな帽子を被った。
「こんな素敵なドレス、私にはもったいないわ」
正直な話、今日の衣装だけで何か月分の給料がとぶだろうと考えたら少し頭が痛くなった。
「でも着ないともったいないですよ。折角ジュリアス様がリルティ様のために用意されたんですから」
は? とリルティはセリア・マキシム夫人に聞かれたら大変なことになりそうな返事をした。
「これは、この部屋にいらっしゃったジュリアス様の遊び相手の方のための衣装でしょう?」
「遊び相手って……まさか!」
「だって……、そうでなかったら……」
リルティは困惑した。
これらは私のために用意した? 何故? 彼に会ったのは、あの夜が初めてだったはずだ。
「リル、森まで送ろう」
グレイスを連れて、ジュリアスは部屋に入ってきた。
リルティは聞きたかったが、聞く勇気はわかなかった。アンナが気遣って、視線を送ってくれたが、それに応えることは出来ない。
「沢山軽食も用意しているから、ゆっくり食べるといい」
リルティの手を自分の腕に沿わせるとジュリアスは嬉しそうに微笑んだ。
「はい……」
リルティは、自分に合わせて歩いてくれるジュリアスの横顔を見ながら、自分の気持ちとジュリアスの気持ちを考えて、口を閉じた。
どう考えても、ジュリアスは恋愛ゲームに不釣合いな自分をもてあそんでいるようにしか思えないのに、それが酷く辛かった。
私は、ジュリアス様のことが好きなんだ――。
その言葉が、しっくりと胸に落ちた。
気付いたその気持ちは、彼の身分と、弄ばれたのだろう自分の身体を思うと酷く苦かった。
リルティは、震えそうになる身体を気付かれないように、ジュリアスの腕を掴んで必死に歩くのだった。
久しぶりの『午後10』です。ジュリアスの禁欲生活の甲斐もあって、リルティの気持ちも変わってきました。銃、迷ったんですが、狩りといって弓を取り出すのもちょっと違うよね~と思ったんですが、違和感はないでしょうか?(ドキドキ)。