離宮の王子様
読んでくださってありがとうございました。
「リル! リルティってば。待って」
メリッサが後を追うが、中々追いつけない。王宮に上がってこんなに全力疾走したのは、初めてではないだろうか。マキシム夫人に見つかったら、大事だと思うが(侍女のしつけには厳しい方だから)泣いているリルティを放ってはおけない。
あ……と思うとリルティは、転んで顔面からスライディングしてしまった。
「リル! 大丈夫?」
止まったリルティをそっと後ろから覗き込めば、何故か鼻ではなく、おでこを擦りむいていた。膝も痛いのだろうか、侍女のお仕着せのドレスのスカートの上を叩いている。何分足は見せてはいけないので、怪我の具合もわからなかった。
「ふ……ふえっ……」
あ、泣くと思ったメリッサは、リルティの鼻の頭をつまんだ。昔よく転んでいた妹が泣きそうになったら、そうしていたのを思い出したのだ。
「はめて……」
「や」が発音出来なかったらしく舌たらずに、そう言った。
「ちょっと落ち着きなさいよ」
メリッサの言葉に、鼻をつままれたまま、リルティは頷く。とりあえず放して欲しいと、手で押しのけられた。
「私、初めてのキスだったのに……王子様の皮を着た変態に……くっ!」
またもや泣きそうになるリルティの鼻を抓むと、「お願いですから、それは止めてください」と敬語で、お願いされてしまった。結構気にいったのになと、残念がる。
草を踏む音がした。リルティは夢中で逃げたために王太子様の部屋がある西の棟から離れた離宮に近い場所に迷い込んでいた。側に人はいなかったはずだ。
二人が振り返るとそこには黒い王子様の衣装を着た男が立っていた。
「お前、昨日の……」
「いや――!! 変態!!」
リルティの発声は素晴らしい。たとえそれが、どんな言葉だったとしても。
「待て、なんで俺が変態なんだ……」
黒ずくめの男――ジュリアスは、呆れたようにリルティに尋ねた。
「だって、まだ子供の男の子のシャツを肌蹴てたわ!」
「あれは、腕を拘束するためだ――」
「それに馬乗りで――」
「それも拘束するためだ」
「だって! 俺の腕の中で眠れとかいってたわ!!」
「言うか!!」
「リル、それ、違う。それは『俺様王子』の話よ。たしか「どこまで耐えられるのか楽しみだな……」ふっ! とかそんな事言ってたわよ」
昨日メリッサには事細かく話していたのがよかったらしい。
「ほら見なさいよ。やっぱり変態じゃない!」
ない胸を張ってリルティが指摘すると、ジュリアスは空を仰ぎ見て、深いため息をついた。
「俺の中のアイデンティティが崩れていく……」
ジュリアスは、パチンと指を鳴らした。小気味いい音だった。
誰もいなかったはずのリルティとメリッサの周りに三人の人間が立っていた。
「変態に唇を奪われただけでなく……殺されるなんて……。メリッサごめんなさい」
しおれた花のようにリルティがメリッサに謝る。
「貴方は……」
非難の声を上げたのは、三人の中の一人だった。白いシャツの上に黒いベストを着て、女性なのにドレスではなく、パンツをはいていた。スラリとしているのに胸が苦しそうなスタイルのいい人で、黒い背中くらいの髪を一つにリボンでまとめているだけの簡単な装いは、彼女にとても似合っている。けれど、きっとドレスを着れば、また違った美しさで男を魅了しそうな人だった。
「連れて行け。話がある――」
女の視線を敢えてそらして、ジュリアスはそう命じた。
「いや……、ちょっと待って……いたたたた……。ふぇ……」
「もう、泣かないの! 待ってください。リルティは転んで足を痛めてるんです」
メリッサがそういうと、その女性は「そういえば額が痛そうね」と言って、ハンカチで滲んだ血をぬぐってくれた。
「ミッテン、彼女を抱き上げて頂戴。足の怪我も治療しましょうね」
優しく微笑む女性に安心して、頷くと、ジュリアスはミッテンの動作を止めた。
「俺が運ぼう――」
「嫌です」
ジュリアスの言葉を切るようにリルティは、断わる。原因は彼だというのに、抱き上げられるなんて、どんな拷問かと思う。
「じっとしとけ。叫ぶなら、口をふさぐぞ」
恫喝するようなジュリアスの声に、リルティは石のように固まった。
メリッサもジュリアスに従うもの達も、静かになったリルティを哀れむような顔で、離宮の中、ジュリアスの居住区に足を進めるのだった。
リルティは、逃げるつもりで自ら彼の元に飛び込んだのだと、このとき初めて気付いたのだった。
会話が多いせいか、話の内容が進みません・・・。意味不明なところですみませんが、もう少しお待ちください(笑)。