王子様は夜更けに佇む
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ジュリアスは声も出せずに、そっとリルティの頭を撫でた。
「止め……て、ください……」
リルティの声は膝のドレスの生地に吸い込まれてほとんど聞き取れない。
「触らない……で」
嫌だと頭を振るリルティを可愛いと思ってしまうのは、どうしようもなくて、ジュリアスはそのまま撫でていた。
「リル。もしかして、俺が遊びで抱いたと思ってるのか?」
もしかしても何もないと、泣きすぎて少し痛い頭の中でリルティは思う。
小さく頷くと、深く溜息を吐かれた。
「俺はどうでもいい女を抱く趣味はない」
ジュリアスは、小さくなって蹲るようにドレスと一体化しているリルティを横から抱きしめた。震えるリルティの頭にキスを何度もすると、リルティは顔を上げて精一杯の怖い顔で睨んだ。
「リルは、怒っても可愛い。リルティ、ほら、折角グレイスが綺麗にしてくれたんだろう。こっち見て――」
もう涙でドロドロになった顔をこの至近距離でみたいとかどんな鬼畜なんだと更に目に力を入れると「そんな瞳で見つめられたらドキドキするぞ」と笑われた。
「家に帰ら……」
リルティの願いは、やはり最後まで言わせてもらえなかった。深く口付けられて、握られた手で爪を立てるのが精一杯で、それも目で笑われる。息が苦しくて、唇が離れた隙に「はぁっ」と空気を吸い込むとジュリアスの肩口に顔をつけるようにして抱き込まれた。
「少しだけこのままでいて欲しい……」
ジュリアスの声は熱をもっていて、リルティは震える自分の身体を止めることができなかった。温室の中は温かいというのに、リルティは寒かった。こんなにぴったりとくっついているのに、人肌を感じることもない。
身じろぎも出来ずにずっと、ジュリアスに抱きしめられて、緊張しすぎて頭の痛いのが酷くなっていく。繋いだ指先が冷たくなっていくのに気付いて、ジュリアスはハッとリルティの顔を覗き込んだ。
唇を噛みしめたリルティの顔は蒼白で、目を開けているのも辛そうだった。
「具合が悪いのか? なんで、言わないんだ――」
元凶の癖に何を言うんだろうかと、リルティは責めたかった。
でもどんなに酷いことをされても、この人は王子様なのだ。子猫のように爪を立てることはできても、罵倒することも殴ることも出来ない。
冷や汗が出てきて寒くて仕方ない。恐怖から震えていたのに、いつの間にか寒くて震えがくる。
「帰りたい……」
ジュリアスに抱かれて、こんな風に移動するのは何度目だろうかと、痛む頭の奥で数えようと思ったが、思考がまとまらなくて諦めた。
ジュリアスが慌てているのが少しだけ滑稽に思えて、リルティはそんな自分がまた少しだけ嫌になるのだった。
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「言いましたよね?」
グレイスの声音はジュリアスを責めていた。
「はい……」
「リルティ様を軽く扱ってはいけないと」
「軽くなど扱っていない! 大事にしている……」
グレイスは憮然と呟くジュリアスの背中を押して部屋から追い出した。リルティはアンナに手伝ってもらってドレスを脱いだ。
「冷や汗が凄いですね。胃を温めましょう。具合が悪いのはわかってますが、少しだけ我慢してくださいね」
グレイスとアンナはリルティをつれて浴場に入るとガウンを着たままリルティを湯船に浸からせた。
身体が冷え切っていると薬を胃が受け付けなくなるので、ホットレモネードと少しだけマドレーヌを口に入れられた。リルティがなんとか咀嚼してレモネードで飲み込むと、二人は衣服がぬれるのも気にせず、強張った首筋とあちこちを撫でさすってくれた。本来なら女官であるグレイスがそんなことをする必要などないというのに。
「少し温もりましたね。お薬を飲みましょうね」
リルティは苦味のある痛み止めを飲むと、気持ちが少し落ち着いた。
「お医者様にみていただきましょうね」
まだフラフラする身体を支え、二人は身体を拭き、夜着を着せてくれた。
「ごめんなさい……。ありがとうございます」
リルティが、頭を下げるとグレイスが抱きしめてくれた。懐かしい母を思い出して、ホッと息を吐いた。
「さぁ、ベッドを温めさせてますから、横になりましょうね」
アンナは着替えたようで、リルティを支える手をグレイスから受け取ってベッドへ連れて行ってくれた。
アンナが扉を開けるとそこには青くなったジュリアスとしばらく待たされていただろう医師がいた。
「アンナ、リルティの具合は?」
「それをお医者様にみていただくのでは?」
アンナの尤もな言葉に医師は、ジュリアスとともに入っていくと、リルティを診察し始めた。
脈拍、体温を調べて、いくつか質問をすると、医師は「大丈夫そうですね」と言った。
瞼を開けているのも辛そうなので、戻ってきたグレイスは寝室からジュリアスと医師を居間に案内して、説明を求めた。
「緊張性の頭痛ですね。若いお嬢さんによくあることですよ。ゆっくり温かいところで、安静にしていれば直ぐに治ります。ただ、これは気持ちの問題なので、また同じ状況になれば、同じように頭痛がきます。しかもこの緊張性の頭痛は、普通の頭痛よりも症状が辛いのが特徴です」
「ええ、とても辛そうでしたわ」
「リラックス効果のあるハーブのお茶や匂いなんかもいいですね。少し気をつけてあげてください」
そう言って医師は帰っていった。
「だそうですよ、ジュリアス様。リルティ様に何をしたのか逐一お話いただけますね」
眼光するどくグレイスがそう言うと、ジュリアスは気まずい思いながらも知ることは全て報告した。
「ライアン様が――」
グレイスは、ライアンがリルティを最初のダンスに誘ったことを意外に思えた。普段は思慮深くて、人の機微にも敏感な王太子とは思えない。
「ジュリアス様があまりにリルティ様を構われるからそんな事をしたんでしょう。わかりました。わたくしが、一言申し上げてまいります。ジュリアス様、リルティ様は今あなたのことを信頼されておりません。あなたが何故リルティ様をだましてらっしゃるのかわたくしは知っておりますが、女の立場、仕えるものの立場から申し上げますと、騙されている、身体だけが目的で、気まぐれで抱かれて、金品で片をつけようとしている、避妊もされないほど軽んじられていると思っていても全く不思議はございません。あなたは、それを誤解だとうやむやにしようとしているのではありませんか?」
ジュリアスの顔色がなくなっていくのをグレイスは真剣な眼差しで見つめていた。
「そんなつもりは――」
「あなたは、これからリルティ様に対してそれを証明しなくてはなりません。口付けも駄目ですよ。あなたがリルティ様を愛らしく思われてキスをするたびに、リルティ様の心から大事な光が一つずつ壊れていくと思いなさい。抜け殻になったリルティ様をあなたは側に置きたいのですか?」
ジュリアスは、寝室に続く扉を凝視していた。
「いやだ……。俺はリルティに微笑んでもらいたい。愛して、それを受け入れてもらいたい」
「なら、あなたはこれから、リルティ様に証明しなくてはなりません」
「証明……」
「ええ。リルティ様は優しいお方なのでしょう? あなたが誠心誠意思いを込めて大事になさったら、きっと同じように想い返してくださるでしょう」
ジュリアスは、拳を握り締めた。グレイスはそれを見てホッとする。大事なところは変わっていないと、安心した。
「グレイス、頬や頭や手にもキスしては駄目か?」
少し厳しくないだろうかとぼやくジュリアスに、グレイスは微笑ってみせる。この笑顔が一番怖いとジュリアスは諦観の溜息を吐いた。
そっとグレイスから目を逸らすジュリアスだった――。
今回は少しだけ長くなっちゃいました。頭痛に関しては、わたしの経験なので、どうなのかはわかりませんが、冷や汗は凄いです。一瞬で身体が冷えてしまいます。頭痛も一気に……。そのまま痛み止めを飲んでもきかないんですよ。ちょっと胃をぬくめて動かさないとそのまま何時間も痛みに呻きます。ついつい描写がながくなっちゃったw。
では、また♪これからしばらく王子様は禁欲生活ですね。でもどこまでもつのやらw。