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午後十時の王子様  作者: 東雲 さち
本編―離宮の輪舞―
23/92

葡萄畑の王子さま

読んで下さってありがとうございます☆

「ジュリアス様、重いですから下ろしてください」

 

 先程ジュリアスと踊っていた女の子のように華奢なら、きっとじっと抱かれたままでいれたかもしれないが、リルティはそんなに細くもない、少しの間なら平気かもしれないが、既に結構な距離を抱きかかえられたまま来てしまった。


「重い? リルは軽いよ」


 ほらっと言って軽々と一回転されてしまった。ジュリアスは、なんだかとても楽しそうだった。ホールを出る時は、怒っていたのに。気分の起伏の激しい人なんだろうかと思う。


「何故怒っていたんですか?」


 下ろしてくれないので、とりあえず気になったことを質問してみた。少し眉間に皺を寄せて、ジュリアスは憮然と理由を話してくれた。


「リルが下手に目立つと可哀想だから、今日は側に寄るなと言われたんだ。俺はそれを間に受けて……。本当は最初にリルと踊ろうと思ってたのに。ライアンはあんな優しそうな顔をして、酷い男だ」


 兄弟というのはどこもそうなんだろうか。一つ二つの年の差なのに、この距離はなかなか縮まらない。兄にいいようにあしらわれて、ジュリアスは怒っていたのだ。

 リルティもよく知ってる感覚だったから、笑ってしまった。


「リル――」


 もう大分ホールから外れてしまったから、人影もない。暗闇にぼんやりと灯火が廊下を照らす。

 そんな中で、ジュリアスはリルティの笑っている唇に自分の唇を押し付けた。


「やぁ――」


 リルティの身体が一瞬で強張り、顔を背けると、ジュリアスはクスッと微笑って「子猫みたいな声だな」と言う。


 子猫というのなら引っかいて逃げてやりたい……。



 いつの間にか温室に入っていたようで、とても温かい。ガラスで作られた温室は、天井も透明で、月と星が綺麗に瞬いていた。

 甘い香りと土の匂いがしてリルティはその光景に驚いた。てっきり温室だというから、王宮のように花々が咲き誇っていると勝手に想像していた。


 そこにあったのは、葡萄の樹だった。小さな葡萄畑が温室の中にあった。


「葡萄?」


「そうだ。外にもあっただろ? あれは品種が特別で少しくらいなら寒くても大丈夫なんだ。ここでは、色々研究をしている。温室の葡萄は、収穫の時期を遅らせていて、年明けくらいだったかな。その時期に温度を切って、寒さに凍えた葡萄を収穫するんだ。少しづつ冷やされた葡萄は、その実を凍らせまいとしてその実を甘くする。甘くなった葡萄はちょっとくらい寒くても凍らないんだ」


 やっと下ろしてくれたので、側で見てみる。土の感触にホッとするのは、リルティが田舎育ちだからだろうか。


「葡萄は夏から秋までに収穫するものだと思ってました」


 リルティは素直に感想を述べた。リルティの父の領内にも小さいながらワイナリーがある。こんな風に冬にも仕事があれば、領民は喜ぶんじゃないかと思った。もっと寒い地方だし、無理かもしれないけど、考えてみる価値はある。


「喜んでるな。何故?」


「冬にも収穫できるなら、家の中に閉じこもらないでも仕事が出来るなと思って」


 リルティは家に閉じこもるのが苦手だった。刺繍も編み物も嫌いじゃないけれど、そんなに好きじゃない。じっとしてるより、王宮で体を動かして働いているほうが性にあっている。


「いいことを教えてあげたご褒美をくれないか?」


 ジュリアスは座って土の状態を見ていたリルティに、甘い声を出す。低い声は、リルティの動きをとめるのに十分な威力をもっていた。


 リルティは王宮に住む人々の恋愛観は自分とは違うと思っていた。

 あんな風にキスされることも遊びでしかないのだろう。きっとそれ以上のことも。


 ただ、まだ出会ってそんなに立っていないのに、嫌なことばっかりされているのに、何故かそれほどジュリアスのことを嫌いに思えなかったのだ。瞳の色が大事な思い出の人に似てるからかもしれない。


 あの子は黒い髪じゃなかったけど。



「何故、私にキスするんですか」


 座っているリルティに屈み込むようにジュリアスはキスをする。


 最初は変態呼ばわりしたのを根にもっていると思った。けれど、たった少しの間側にいただけなのに、そんな人ではないような気がした。そう思い込みたかっただけかもしれないけれど。

 

「リルは、キスが好きだろう? 昨日も何度もねだられたし」


 酔っている間の記憶のないことを言われても困ってしまう。

 


 そういうことか……と、リルティは唇を引き結んだ。


 思っていたより、ショックが大きかった。やはり遊びにちょうどいいと思われていたのかと自嘲の笑みを湛えると、ジュリアスはリルティと同じように地面に座り込んだ。隣に座るジュリアスの耳に届くか届かないかくらいの声でリルティは呟く。


「私は、そういう女だと思われていたのですね……」


 ジュリアスは軽く目を見開いて、リルティの顔を凝視した。

 黒い瞳がリルティの真意を確かめようとしているようだった。


 リルティは、ここから早く立ち去り、誰もいないところで思いっきり泣きたかった。


「そういう?」


 そこまで言わせたいのかと、流石のリルティも腹が立ってくる。


「遊びで抱くにはちょうどいい女ってことです! 私はお酒におぼれて男を誘う女だと、ドレスや宝石で……身体を売るお……んな……だと……」


 朝からずっと思っていたことを吐き出したら、ジュリアスを見つめる瞳から涙が溢れてくる。

 怒りで呼吸が苦しかった。ドレスを握りしめた指が痛かった。


「子供が出来て堕ろさせるつもりなら……何故……避妊してくれなかったんですか……」


 一生懸命考えないようにしていたが『子供が出来たらすぐいうように』ということは、そういうことなのだとわかっていた。


 リルティが王宮に来てまもない頃、メリッサが口を酸っぱくして言っていたのだ。


『リルティ、私達が適当に遊ばれて捨てられることなんてありふれた日常みたいなことなの。貴女はそんな遊びが出来る性格ではないから、この人ならって思える人じゃないと付き合っちゃ駄目よ。ちょっと前だって侯爵家のお姫様が遊ばれて捨てられたって話があったのよ。高貴な方でもそんなことになるんだから、私達のように貴族といっても端の人間は注意するに越したことはないわ。そうね、この人って思える人が出来たら、私に紹介しなさい。ちゃんと見極めてあげるからね』


 メリッサがいないのが、こんなに寂しくて、心細い。たよりになる親友を想って、リルティは俯いた。折角のドレスに涙の跡がついていく。


「帰りたい……」


 すぐさま帰りたかった。


 心細いリルティの声に、しばらくジュリアスは何も言わずにその横顔を食い入るように見つめていた。

葡萄のことはアイスワインを調べてみましたが、よくわかってないです。フィクションだからいいよね?(笑)。私はお酒が苦手なので、味とかも良くわからないんですが、それだけにイメージが強い!シュチュエーションにお酒をもってくるのは楽しいです。

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