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午後十時の王子様  作者: 東雲 さち
本編―離宮の輪舞―
19/92

お姫様にはなりたくない

読んで下さってありがとうございます。

 目が醒めるとそこはリルティが与えられた部屋だった。

 

 酷い夢を見たような気がする。


「ふふ、メリッサに笑われるわね。願望とか言われたら大変だわ」


 馬鹿ね、そんなことあるわけないのに。

 

 リルティが呟いた声に部屋に気付いて、控えていたグレイスが声を掛ける。


「おはようございます。リルティ様、ドレスのままお休みになられて、苦しくはありませんでしたか?」


 酷く頭が痛かった――。お酒の飲みすぎでドレスのまま眠ってしまったのだろう。二日酔いなんて、初めてで身体が重かった。


「頭が痛いの」


 何故か瞼も痛い。


「ごめんなさい。折角のドレスなのに……」


 あんなに綺麗にしてもらったのに、悪い事をしてしまったと反省する。


「いえ、お化粧も落とさなければなりませんね。お風呂にはいりましょうか」


 気だるい疲労感が頭から足の先まであって、お風呂はいい考えようのような気がした。


「どこにあるのか教えていただければ、いってきます」


 リルティがそう言うとグレイスは、とんでもないと首を振った。


「リルティ様が心行くまで休暇を満喫できるようにと命じられておりますから」


 グレイスはアンナに目配りをして、リルティを立たせると、ドレスをどんなマジックかと思えるほどの素早さで脱がせて、ガウンを着せた。


「ごめんなさい。普段こんなにお酒を飲むことなんてないのだけど。身体が思うように動かなくて……」


 人に仕えられることに慣れていないリルティは、居心地が悪いが、身体が思うように動かなかったので、情けないと思いつつグレイスとアンナに助けを求めた。


「それはお辛いでしょう。お風呂から戻られたら軽いお食事などされて、朝はゆっくりされたらいいと思いますよ。午餐は、簡単なお食事会となっておりますが、具合が悪いようでしたら、お部屋で過ごされてもよろしいですし」


 グレイスの温かな心遣いが嬉しい。ジュリアスに仕える人たちはゲルトルードもそうだが、いい人ばかりのようだった。


 リルティが、案内されたのは隣の隣にある続きの部屋だった。そこにはお湯がたっぷりと溢れる浴場だった。これは個人のために用意されたものだとリルティもわかった。

 このザーラは温泉地でもあるので、この館も沢山の浴場があるのが有名ではあったが、まさかその一室に案内されるとは思っていなかった。


「ここに?」


 不安げに尋ねるリルティを優しげな微笑で安心させて、グレイスは告げた。


「さあ、皆様、リルティ様をぴかぴかにいたしましょう」


 グレイスの瞳がキラリと光ったようにリルティは感じた。


「え? ええ? ええええええ?」


 浴場にリルティの情けない悲鳴が木霊するのはその直ぐ後のことだった。


「グレイス様、リルティ様が少しお可哀想ですわ」


 ジュリアスの企みを知るアンナは、リルティを哀れに思ってグレイスに上進したが、それを聞き入れられることはなかった。何故なら、グレイスはわかっていてやっているからだ。褒められたことではないことも、リルティが望んでいないことも全て。

 それをわかっていながらも、アンナが言わずにいられないくらいリルティの悲鳴は情けないものだった。



「もう無理……お嫁にいけないわ……」


 リルティはグレイスの命じた侍女達によって洗い磨かれ、薔薇の香油でマッサージまでされると、ぐったりと長椅子に倒れこんだ。


 リルティの嘆きは本気の言葉だった。侍女にされたあれこれだけではない。洗われている間に見てしまった胸の赤い印。リルティが何も知らない乙女だったとしても、その意味は気付いている。


 夢じゃなかったのか――。


 絶望的な衝撃にクラクラする。


 あの時のジュリアスの言葉が頭の中でよみがえった。


『子供が出来たらすぐいうように』


 それは、子供が出来る行為をしてしまったということだ。そして、きっと避妊はされなかったのだろう――。避妊のための準備が世の中にはあるとリルティも知っている。


「リルティ様、お寒いのですか?」


 アンナは、疲れきったリルティのために酸っぱくて甘いレモネードを用意してくれた。

 それをゆっくり飲みながら、リルティは考えた。


 ジュリアスは酒に酔った勢いで、私を抱いたのだろう。きっと私のことが嫌いだから避妊をしなかったのだ。大事に思っていれば、貴族の子女が未婚で子供を身ごもってしまうような行為を行うとは思えなかった。


 震える指がグラスを落としてしまう。


「リルティ様、ああ、大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」


 アンナの心配してくれる声が、一瞬わずらわしく思えてしまう。

 そんな自分に更に驚いた。そして恥ずかしく思えた。


「ごめんなさい……」


「いえ、お疲れのご様子。少しお休みくださいませ」


 私はは、このベッドの上で抱かれたのだ。きっと愛のない行為が辛くて、覚えていないのだ。身体は重いし、頭の奥がツキツキと痛む。


 瞼を閉じれば、夢の中の出来事のような朝のジュリアスを思い出す。

 

 リルティは震える指で、上掛けを掴み、握り締めた。



 リルティがお風呂上りから言葉少なく、思い悩んでいるようなのをアンナは辛くて見ていられなかった。グレイスはジュリアス王子に事の次第を伝えにいったのだろう。


 少しでもリルティの気持ちが晴れるようにと、アンナは寝室にいい香りの落ち着く効果のある香をたいて、そっと部屋から退出するのだった。

章分けなんか変なところになってしまいましたが、これも修行です!


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