午前六時の王子様
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頭が痛かった。どんよりとするような朝だった。
目が醒めて、隣に眠るのが王子様だとか、その王子様に抱き寄せられて、安心したように眠っていただとか……。
「有り得ない――」
緩められているとはいえ、昨日の晩餐に着ていったドレスのままだ。
混乱する頭を振ろうとしても、がっちりホールドされていてそれすらままならなかった。
「……リル?」
リルティが身じろぐのを感じたのか、ジュリアスが目覚めたようで、リルティの名を愛おしそうに呼んだ。
目を瞑っていても整った顔は見ごたえがあったが、自分に向かって柔らかく微笑まれるとそれだけで腰がくだけそうな破壊力があった。
なんだろう、この昨日までとは違う距離の近さは――。
実際に密着しているのだから、近いもなにもあったものではないとは思うが、それよりも気になるのは、近くなっている理由だ。
全く記憶にございません――。
「あ、あの。ジュリアス様、あの……」
真っ白な顔で慌てるリルティを抱き寄せて、ジュリアスは鼻の頭にキスをする。
「君は、酒を飲まないほうがいい……」
「デスヨネ。ソウデスネ。もう二度と飲まないです!!」
「俺の前でだけならいいがな」
意味深に微笑まれると、もう居ても立ってもいられない。
立ち上がって逃げようとしたところを、ジュリアスに掴まれる。王族も使うことがあるだろう客室のベッドは、リルティの部屋のベッドとは大違いで、大きくてフカフカだ。
胡坐をかくように座ったジュリアスの膝の上に乗せられて、リルティは石像のように硬直する。
「昨日あれだけねだられたんだから、もういいな――」
ねだった? ねだったって何を――?
衝撃の言葉に石像が崩壊するかとリルティは思った。パラパラと欠片が零れ落ちていくようだ。
ジュリアスは、丁寧な仕草でリルティを押さえ込むとそっと啄ばむ様に口付けた。
あっという間に口付けされると、全く覚えていないと思っていたのに、リルティはその甘さとぬくもりを知っているような気がした。
震えるリルティの手がジュリアスを止めようと引っ張るのを「悪い子だ」と握りこまれて、下唇を食まれる。痛くはないが、ズキンと背中に何かが走ったような気がした。
更に深く口付けられると、リルティの心の中で何かが決壊した。
声の代わりに溢れる涙は、目を閉じても止まる様子はなかった。
「泣くことはないだろう。リルが望んだことなのに――」
言葉は責めていたが、その囁きはいわゆる睦言なのだろう、甘すぎて蕩けそうになるのに、理性の最後の砦はジュリアスを拒んでいた。
リルティは、最後通牒を渡された気分になりながら必死に握られた手でジュリアスを押し返していた。
いつまでも小さな抵抗を止めないリルティにジュリアスは降参する。
「わかった。もうしないから、泣くな……」
泣いているリルティの目元にチュッとキスをして、ジュリアスは爆弾を落とした。
「子供が出来たらすぐいうように」
それだけは避けたかった――。リルティは、息を飲んでから、事切れたかのように倒れた。今まにない緊張に精神が耐えられなかったのだろう。
ジュリアスは抱きしめていたリルティを、ベッドに寝かせると、これ以上ないという壮絶な笑みを浮かべる。
「悪いな――、元々お前を手放すつもりはないんだ」
リルティの胸元を肌蹴て、丸いふくらみのギリギリドレスから見えるか見えないかの場所に、赤い印を落とす。行為自体は熱心なのに熱のこもらない冷たい顔で、いくつか作業のようにつけていたジュリアスは、唐突に頭を振る。
「我慢できなくなりそうだ……」
リルティの髪を撫でて、ふと思い出す。
俺は、幸運の神様の前髪をつかめたのだろうか――、そう思ったら、嫌だなと思っていた神様の前髪に感謝したくなった。
ジュリアスは、鈴を鳴らして、グレイスを呼んだ。
「グレイス、くれぐれも頼む――」
「こんな可愛い女の子をはめるなんて、そんな育て方をしたつもりはございませんよ」
ジュリアスの顔が赤らむのを見て、グレイスは頷く。
「さぁ、出て行ってくださいまし。言っておきますが、結婚するまで彼女を軽く扱うことなどあったら、わたくしは全力で引き裂きますからね」
乳母の有限実行を今までに何度も見てきたジュリアスは、何度も頷き、誓った。
身なりを整え、部屋を出て行ったジュリアスの背中を送って、グレイスは笑いが止まらなかった。冷淡な貴公子と呼ばれ、自身もそう務めてきたジュリアスのずっと温めてきた想いがやっと実ろうとしているのだ。
そして、上手く自分を律することができないジュリアスを可愛らしく思うのは、赤ん坊の頃からみてきたからだろうか。
グレイスは、ベッドで眠るリルティに「ごめんなさいね」と謝ることしか出来なかった。
割り込み投稿が出来ない……(泣)。