王子様の失敗
読んで下さってありがとうございます。
こちらは本編ではありません。小話となっております。
その犬は遠い国で産まれたらしい。
ゲルトルードは、普段通らない北側の庭に遊びに来た。第二王子の乳母である母と一緒に住んでいるゲルトルードにとって、王宮は巨大な遊び場だった。
そこに犬がいた。そして、目じりを下げた自分の主がいた。主は、犬にメロメロだった。
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犬の名前はミミ。外交官であるグレン・シュルツ伯爵が王宮に連れてきた犬で、国王陛下に許可をもらって、仕事の間は庭でメイドに散歩させてもらっていたり、眠っていたりしていた。
将来は外交に携わることも視野に入れて、勉強に来ていたジュリアスは、その犬を見つけて、毎日触るようになった。五歳では抱き上げることも大変だったが、ミミを抱きしめるとお日様の匂いがして、たまらなく心地よかった。
愛らしい瞳、大きな垂れた耳、身体の毛はそれほど長くない。クリームに茶色を少しだけ混ぜたような色の毛がとてもサラサラで抱きしめると気持ちがいい。青い瞳は、可愛らしさだけでなく凛々しさも兼ね備えていて、ジュリアスを虜にした。
「駄目ですよ。ジュリアス殿下」
世話をしているのは、メイドのサラで、彼女はメイドのわりに王子に厳しかった。
「ミミは眠いんですから、触っちゃだめです。可哀想でしょう?」
彼女もミミにメロメロなのだ。
「ミミー、ほらお手」
眠くてもお手をしてくれる。ついでにおかわりもして、ゴロンと寝そべるから、あまり犬としては出来がいいとは思えないが、「わたし、みんなのこと大好き」と言ってるような表情や仕草は、ジュリアスにとっては、初めて知った愛らしさだったのだ。
けれど、彼女の魅力はジュリアスだけでなく、他のものも虜にしていった。
「ミミ、可愛い」
次の日に来ると、ゲルトルードがミミを撫でていたし、その次の日に来るとライアンが撫でていた。
「ミミは、おれの!」
「私のだ!」
ジュリアスとライアンが喧嘩をしたのは、それが初めてだったかもしれない。
ミミは知らない顔でサラとゲルトルードと散歩の続きをしていたが、周りの大人たちは焦った。二人の王子に怪我でもさせたら、大変なことになる。
人を叩いたのは初めてだったし、叩かれたのも初めてだった。
ライアンは正妃の子供だから、歯向かってはいけないと宰相である爺(祖父になる)に言われていたが、そんなことは知ったことではなかった。
大事なミミが奪われると、ジュリアスは思った。
ライアンもいつもは大人しい弟が、腕を振り回しながら叩いてきたのには驚いた。
けれど、なんだか嬉しかった。
叩き返しながら、今まで他の家の兄弟達が喧嘩してるのをみてうらやましかったので、これでちゃんと兄弟のようだなと思っていた。
勝敗は五分五分だった。その後、ジュリアスは宰相に呼ばれて盛大に怒られた。
ライアンも一緒に「お世継ぎとは」と説教されていたから、二人は下をみながら舌をだして、なんだか親近感を得られた。
けれど、次の日からミミは来なくなった――。
伯爵は、国王陛下に言われて、喧嘩の元になったミミを連れて登城するのを止めたのだ。
ジュリアスは、泣いた――。
目を腫らすまで泣いたことなど今までになかったけれど、ミミにもう会えないんだと思うと、悲しくて仕方なかった。
ライアンはそんな弟をみて、後悔した。
可愛かったし、自分のものにしたかったけれど、ジュリアスをこんなに悲しませたかったわけではなかった。一つ年上の自分が、我慢するべきだったんだと、そう思った。
二人は改めて気付いた。
自分達は普通の兄弟ではないんだと。喧嘩をすれば、それは大事なものをなくすことにもなりかねないのだと学んだ。
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「でも、最初からミミは伯爵のものよね?」
ゲルトルードの言葉にサラは笑った。
「男ってそういうものなのよ、覚えておいてね」
そういうって……馬鹿ってこと? ゲルトルードは、サラの言葉に目を丸くした。
その後、サラが王宮のメイドを辞めて、伯爵家に嫁いだことは、ゲルトルードの中では忘れられない思い出になった。
こんばんわ~。少し体調が治らなくて、その状態で本編を進ませるのがいやだったので、小話にしてみました。しばらく不定期に小話が続くかと思います。せっかくきていただいたのに申し訳ないです。
章管理で、小話を分けれるのか心配ですが、一度やってみますね~。