心配性の王子様
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ジュリアスが一人で晩餐の部屋に入るとライアンは既に席についていた。ジュリアスに気付き、側で報告をしていた騎士を下がらせる。ライアンは給仕のもの以外を隣の部屋に人払いする。
「リルティは?」
てっきり連れて来ると思っていたライアンは、意外そうにジュリアスに尋ねる。
「途中で叔父さんにとられたよ。遅れてきていいと許可したから後で来ると思う」
先程の必死なリルティを思い出して、ジュリアスはその口元を緩めた。
「ああ、テオが怪我をしたらしいな」
「それほど酷くはなさそうだったが、心配らしい。彼女の世話焼きは相変わらずだ……」
ライアンは、ジュリアスの言葉に納得したように頷き、ジュリアスにワインを勧めた。
「なるほど。リルティのことは帰ってくる前にでも知ってたわけか。お前が女に執着することなんて、然々ないことだからな。おかしいと思ってたんだ」
ジュリアスは馬車の中でも外を眺めるリルティをずっと目の端で追っていたから、自分に対して牽制してるのかと思っていたが、ただ愛執を隠せなかっただけらしい。
クスっと笑ったのを馬鹿にされたと思ったのかジュリアスの目の端が少し赤らむ。
「ライアン……」
ジュリアスが憮然と睨むと、ごめんごめんと王太子にふさわしくない軽い謝罪をしてくる。この気安さが、ライアンが周りに愛される理由の一つだとわかっているので、それ以上怒ることも出来ずに、ジュリアスはグラスを呷った。
「しかし、王太子の近衛が怪我をするなんて、テオは剣の腕は大したことないのか?」
ジュリアスは難しい顔でライアンに聞いた。リルティの叔父だから優遇したいのは山々だが、それとこれは違うと思っている。近衛は国の顔でもあるから容姿の優れたものが選ばれることはわかっているが、いざという時に王太子を護れないでは意味がないのだ。
「テオは優秀だよ。そりゃ、軍を率いる武将とかではないけど、御前試合でも結構上までくるよ。テオが怪我をしたのなら、それに意味があるんだろう」
よくわからないことをライアンは困惑するジュリアスを弄ぶかのように投げかける。
「意味がわからん」
「テオの幸運の神様は、長髪なんだろう。……ジュリアス、幸運の神様の話知らないのか?」
「なんだ? 新手の宗教か?」
はぁと溜息を吐くライアンに少しムカつく。二年国許を離れると、皆が知ってることを知らないから困る。
「東の国の言い伝えなんだと。幸運の神様は前髪しかないから、前から走ってくる神様の前髪を掴み損なったら、振り返ってもツルツルで掴めないだそうだ。まぁ、機会は一回ということだな」
「なんというか、前衛的な神様だな……」
幸運だとしても、あまり掴みたい気がしない――。
「で、テオの神様は前髪が長髪で掴みやすいのか、歩いてくるから掴めるのかわからんが、兎に角、人知のこえたところで優遇されてるんだ」
それこそ宗教の話かと思うくらいの突飛な話だった。
「まぁ、私がたまたまそう思ってるだけかもしれないけどね。兵も私の護衛もそれこそ山のように巡回してたっていうのに、偶々公爵家の未亡人に恋慕した男が、馬車を襲って、そこにテオが駆けつけて暴漢を叩きのめして、怪我をするなんて、どこの物語だ? 助けた勇者は爵位はなくても王太子の覚えもめでたい近衛の精鋭で、超イケメンだぞ」
「テオが狙ってやったということか?」
険しくなった弟の顔をみて、ライアンは笑う。
「お前は、もう少し宰相の下で腹芸を覚えないと苦労するぞ――」
ジュリアスがライアンを案じて言っていることは嬉しいが、兄のことになるとカッとなる癖をなんとかしてほしいと思う。宰相の名前がでた瞬間の凍ったような顔色をみて、「悪い……」とおざなりに謝ったが、口だけだった。
ジュリアスもわかっているのか、「いや……」と言葉を濁した。
「テオはそういう男じゃない。見てたらわかるが、あれは素直な男だ。喋る内容に気を使わなくていいから、側にいればホッとする。幸運の神様に愛されてるといっただろう。本人が狙わなくても、神様が色々と用意してくれているんだよ。まぁ、お前もわかるさ、そのうち。私としては、お前のために、テオの神様がテオの伴侶にリルティを据えていないことを願うがな」
「は? テオは、リルティの叔父だそ。そんなに近い血の婚姻は認められてないだろ」
「知らないのか……」
テオとリルティに血縁関係がないことを知らなかった弟が不憫に思えてくるが、そこは黙っておく。
「本人に聞いたらいい」
そこに、侍従に案内されてリルティがやってきた。二人を交互にみて、溜息を飲み込んだのが二人にもわかる。三人しかいないとは聞いていたが、本当にそうなんだと改めて落ち込んでいるようだった。
「遅れてしまい……」
「リル、お前テオと結婚の約束でもあるのか?」
遅れたお詫びをしようと頭を下げたところで、かぶせるようにジュリアスが尋ねてくる。その声は、いつもより低くて、リルティは少し怯んだ。
「ジュリアス……」
もはや、弟を哀れむべきかリルティを哀れむべきか、ライアンにはわからなかった。
「リルティ、食事にしよう。ジュリアス、いい加減に――」
「いえ、あのなんのことかよくわかりませんが、私にも叔父にもそういう相手はおりません」
嫌な予感から王太子の言葉をさえぎってしまったが、この雰囲気のまま食事をする勇気はリルティにはなかった。ただでさえ、気まずいというのに――。
「そうか。リルはこっちだ」
先程とはうって変わって、機嫌の良さそうなジュリアスの隣の席を示されて、リルティは仕方なく座る。
結果から言って、食事は楽しかった。
元から優しいライアンがあれこれとフレイア王女の話を振ってくれるし、ジュリアスは意地悪も言わずに隣国であった面白い話をしてくれた。
そうやって楽しく過ごしていれば、緊張で味もわからないだろうと思っていた王族に饗される料理の数々は、初めて食べたといっても過言ではないほど美味しかったし、ワイナリーで熟成されたワインは甘くて飲みやすかった。あまり飲めないリルティでも、普通に飲めるほどの美味しさで、ついつい過ぎてしまったのは、認める。
そう、自分が悪かったのだ――。緊張していた心が緩んだことが一番の原因だろうとは、思うのだが、正体不明になるほど飲むこと今まで一回しかなかったというのに……。
お酒って怖いですよね~。皆様も年末年始にむけて、深酒にご注意くださいませw。