星空の下の王子様
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入ってきたのは女官と侍女のようだった。見たことがないので、ジュリアスに着いて隣国にいってた人達かもしれない。
「リルティ様でいらっしゃいますね。グレイスと申します。こっちはアンナ、リルティ様のお世話をするように命じられております。よろしくお願いいたします」
「あの、リルティです。私……」
「窺っております。ご安心くださいませ」
母と同じくらいだろうか、キリリと引き締まった身体は落ち着いたドレスを着ていて隙がない。リルティにお辞儀をする二人は、全く含むものを感じさせない召使の鑑のようにリルティを着替えさせた。
そのドレスは柔らかいベルベットの生地でできたもので、肌にとても気持ちがいいものだった。ターコイズブルーのその色はリルティの瞳の色と似ていて、鏡で見た瞬間どこのお姫様だ? とリルティは酷く驚いてしまった。美しく結い上げられた髪と首筋には淡い輝きの真珠が飾られて、「なくしてしまったらどうしよう……」とそんなことを考えてしまった。
「お美しいですわ、ね、アンナ」
出来上がりに自信満々のグレイスに「ありがとうございます。思い残すことはありません」というと二人はリルティが冗談でも言ったのかと笑ってくれた。
いえ、本心です――。もう、家に帰りたい……。
王宮に来てから何度か家が恋しくなったが、メリッサと叔父のお陰でそれほど酷く思い悩むことはなかった。今は絶賛、ホームシックだ。
扉を叩く音が聞こえて、アンナが応対にでると、そこには闇のように黒い男が立っていた。ジュリアスの登場に否が応にも晩餐にでなければいけない現実が押し寄せてくる。
「見違えた。グレイス、アンナいい腕だな」
ジュリアスの嫌味は、逃避しているリルティに突き刺さる。人並みの容姿しかもたいないリルティをお姫様のようにしてくれた二人の腕は素晴らしい。化粧をほどこされると、全然リルティじゃないのに、リルティらしくもあるのだ。
褒められているのかけなされているのかわからない――。
「ジュリアス様」
険のこもったグレイスの声にハッとジュリアスは我に返る。
「見蕩れて我を忘れるのは結構ですが……」
グレイスは馬鹿な子をみるようにジュリアスを睨め付けた。
「リル、美しい――」
少し気まずそうに、ジュリアスはリルティを褒めた。
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「こちらは少しだけ寒いな」
王都よりは山に近いから、どうしてもザーラのほうが寒くなるようだった。
「ええ。でも星が綺麗です」
中庭の横の廊下を歩いているから満天の夜空がみえた。星の瞬きが近くて、ジュリアスがいなければ横になって星空を眺めていたいほどだった。
「ああ、綺麗だ―――」
ジュリアスの瞳に映っているのは星空ではなく、リルティのような気がしたが、恐れ多くてそんなことは突っ込めなかった。しばらく少し肌寒い星空を眺めていたが、王太子を待たせていることに気付いて、歩き出そうとしたら、ジュリアスが気配を変えた。
中庭を横切る人がいた。誰だろうかと思って目を眇めると、リルティの知った顔だった。その横には同じ近衛の服を着た騎士がいて、仕事中なら声をかけることもためらうが、様子に不審に思ってリルティは声をかけた。
「叔父様?」
「あ、リル?」
テオはぼんやりとリルティを眺めて、その声の人物が姪だと気付いて驚いた。
「やあ、とても美しいね。どうしたの? 姿絵を描いて兄上に送りたいくらいだ」
賛辞の言葉がするすると出てくるところは、流石だなとリルティは思った。
「怪我したの?」
夜目にもわかる血の跡にリルティは顔色を無くす。
「手を切ったの? 心臓より上に上げて――」
「いや、脱臼もしてるから動かせないんだ」
よく見ると脂汗をかいている。
「今から医務室にね。で、殿下――?」
「早く医者に見せた方がいい――」
リルティに目を奪われて、主の弟君に気付かなかったテオは意外な人物に驚いた。
「私もいきます。怪我の手当てなら手伝えるわ」
「いや、折角の綺麗なのを汚したら大変だ。殿下がお待ちだろう、行きなさい」
リルティは、首を振る。その瞳には強い意志がある。
「ジュリアス様。申し訳ないのですが……今の私は、休暇なんですよね?」
仕事なら我慢する。どんなに心配でもだ。けれど、今は休暇だと言っていた。それなら許されるはずだとリルティは思った。
「ああ――、そうだ。休暇と言ったな……。行ってこい。だが、傷の手当が終わったら戻って来いよ。ライアンが待ってるからな」
ばれてる……。そのままなかったことにしようと思っていたのに、しっかり釘をさされてしまった。
「わかりました。叔父の手当てが終わったらまいります。先にお食事なさっていてください」
テオは二人の会話について行けずにそのまま頭を下げた。
「フレッド、お前リルティについていけ。終わったら逃がさず案内してこい」
侍従の少年にそう言って、ジュリアスは踵をかえした。
「怒ってなかった――?」
リルティは怒れるジュリアスが苦手だった。思ったよりすんなりお許しもらえて、ホッとする。
「怒ってはないだろうけど、リルティ、どうなってるの?」
興味津々のテオを無視して、「こちらです」と医務室に案内してくれる少年について行く。
「痛いんだけど、リル? 叔父様に教えて?」
「そんなの、私にだって全然わからなんだもん……」
小さな呟きだけがテオの耳に聞こえた。子供がくずってるようなその声に「子供みたいだな」と言うと「そんなことないもの」とリルティは言う。
テオの怪我は十針を越える傷と脱臼で、決して軽症とはいえないものだった。
「看病しようか?」
リルティの提案にテオは頷いてくれなかった。
「約束しただろう? リル、約束は護るためにあるよね?」
そう言われてしまえば、それ以上ごねることも出来なかった。
リルティは、侍従に案内されて晩餐の部屋を訪れる。中からは楽しそうな声が聞こえた。
やっと本編で叔父様が出てきました。