従順な王子様
お久しぶりです~。本編です。よっぱらー女子会は少し置いときましょう(笑)。
丘の上にその城館はあった。
馬車が目的地ザーラに着いたのは、丘の向こうに月が微かにかかった頃だった。
八月の中旬から葡萄の収穫が行われるので、もう既に葡萄はないだろうと思っていたが、畑の一部には種類が違うのだろうか、葡萄の実がなっていた。月明かりに映えて、美しいとリルティは思った。
「ザーラにようこそいらっしゃいました」
城館を取り仕切る男は五十歳は超えている髭の男だった。城館に先に来て用意していた召使いたちも一斉に頭を下げて、王族の到着を迎えた。
何故か普通の服でいいと言われて着てきたドレスは簡素なものだったが、何故侍女の服を着てこなかったんだろうかと、リルティは後悔していた。これでは額のガーゼはともかく、どこぞの貧乏なお姫様のようではないかと、居心地は悪くなる一方だった。
「王太子殿下、晩餐の用意は出来ておりますが」
ライアンは、頷き、案内するように命じた。
リルティは、侍女だ。これからは、侍女として働かなければならないと、ライアン達から距離をとり、後ろに下がった。身体のあちこちが馬車で揺られたせいか痛かったが、そうは言ってられない。侍女を統括する女官がいるはずだから、指示を仰ごうと視線を彷徨わせた。
「リル、こっちだ――」
手を引かれて、躓きそうになるところをジュリアスに抱きとめられた。
反射で手を突っぱねて逃げると、ジュリアスは少しだけ驚いたようだった。
「すみません――」
「いや、俺が急に引っ張ったから」
この前までの強引さが、なりを潜めていて、リルティは落ち着かなかった。ジュリアスはてっきり、俺様な嫌なだけの変態だと思っていたのに、今日の彼は大人しかった。
ライアン様の前だからだろうか――。
「リルティ、言ってなかったが、今回のバカンスに同行させたのは、国王陛下からのご褒美だ。フレイアから聞いてるだろう?」
王太子は、横に並ぶジュリアスとは対象的な人間だとリルティは思っている。
容姿もジュリアスが黒衣の騎士のようなら、ライアンは優美な王子様で、光が透ける金の髪と深い青い瞳は国中の乙女を虜にしているという。温和でありながら、その指導力は父親の国王をしのぐのではないかと言われている。将来有望なこの国の跡継ぎに誰もが心を奪われるのだ。
「お菓子をいただけると聞いておりました」
そういうと、困ったようにライアンは微笑んで、「それは変更になったんだ」という。
「膝の傷も額の傷もジュリアスのせいだと聞いた。父上は、それの休暇にあてていいとおっしゃったんだ。ここではゆっくり過ごしなさい。ジュリアスも、彼女の嫌がることはしないように。分かったな」
「嫌がることは、しない……」
兄には逆らえないのかジュリアスは憮然と頷いた。
そして、「だから、そんなに緊張するな」とリルティの手をとった。
緊張に汗ばんだ手に気付かれたくなかったが、ジュリアスの手は緩むことなく、リルティを引っ張っていった。
「どこへ……」
見知らぬ場所のどこへ連れて行かれるのかと思って戦々恐々としていると、城館の中でも中庭を望める一際美しい部屋にリルティを案内してくれたようだった。
「ここがお前の部屋になる――。いるものがあれば、侍女か女官に言いつければいい」
リルティは、顔を強張らせて、ジュリアスを睨みつけた。
なんて高度な嫌がらせだろうか思う。侍女の分際で女官に命じるなんて、恐れ多い。
城の使用人にも階級がある。例えばフレイア王女がマナーの練習のためにお茶を所望したとする。お湯をわかし、用意をするのがメイド、カップやポッドの柄の指示をして王女の元まで運ぶのが侍女、マナーを教えるのが女官となる。セリア・マキシム夫人などが女官にあたる。その待遇にも歴然とした差があるのは当然なことだ。ゲルトルードもやることは違うが、待遇としては女官になる。
この陰湿な嫌がらせに文句を言おうと仰ぎ見て、気付く。
この人はわかってないんだ……。女官を従える立場の人間で、自分が命じれば女官だろうが誰だろうがリルティの世話を好んですると思っているのだ。
「わかりました。案内してくださってありがとうございます」
わかっていない人間に酷い言葉を投げかけるようなことはリルティには出来なかった。仕方なく頭を下げて礼を言うと、ジュリアスの緊張が少し緩んだような気がする。彼は何故か緊張していたようだ。
この前会ったときに言い合ったからだろうか、それとも私を口止めするのに多少の罪悪感でもあったのだろうかと、考えていたら、そっと頬を触れられた。
「やめてください」
私の反射神経もまんざらじゃないとリルティは思った。
嫌がることはしないといったのだから、拒否すればいい。
ジュリアスは自嘲気味に笑っても、その顔は少しも乱れない。
「約束したからな」
引いてくれた彼に頷くと、晩餐までに時間がないから用意するように言われる。
「まさか……」
「今日は俺とライアンしかいない。二人で食べるのはつまらないからな。リルも来てくれ。ライアンの命令だからな――」
引きつるリルティを楽しそうに眺めて、ジュリアスは出て行った。残されて、その場に力なく座り込むと、膝が痛かった。
「マナーの勉強ちゃんとしとくんだった――」
後悔しても後の祭りだ。
慰めてくれるメリッサもいないと、蹲りかけたリルティの部屋の扉がノックされる。慌てて立ち上がり「どうぞ」と許可を出すと、二人の女性が入ってきた。手にもつのは晩餐用のドレスだ。
リルティはあの時、好奇心に負けて覗いて声を上げてしまった自分を心底呪うのだった。
読んで下さってありがとうございます。本編覚えておいででしょうか?(笑)。