王宮で変態に遭遇する
初めまして、こんにちは。BL要素は含みますが、BLではありませんのでご注意ください。
小さな街を治める領主の娘。リルティ・レイスウィードは男爵家の五番目に産まれた。兄が二人、姉が二人、特に容色に自信があるでもないし、お金持ちの家に生まれたわけでもなかったので、騎士である叔父をたよりに王宮で侍女の仕事をすることにした。
リルティの仕えるのは十歳の第一王女のフレイアで、彼女付きになったのには王太子であるライアンの指示であった。ライアンの付きの騎士として仕えている叔父のお陰だと思われる。
「でも、私はここで王宮ラブとかしたかったんだけどな~」
リルティは独りごちる。
せっせと編んでいるのは、フレイアの作った膝掛けになるはずのものだ。侍女とはこういう地味な仕事もある。
「場所を間違ってるのよ。十歳の王女殿下のお付きの侍女じゃアバンチュールなんてあったもんじゃないわよ」
隣で同じものを編んでいるメリッサが、そういう。メリッサが編んだものとリルティの編んだものをあわせると膝掛けになり、それはフレイアが編んだことにして父親である国王陛下にプレゼントされるのである。
「あ、目落としてるわ……」
疲れてきたのか目がとんでいる。戻ることを考えるとこの三十分間、自分は何をしてたんだろうと思う。
「ちょっと休憩しよっかぁ」
メリッサは、自分も疲れてきていたのか伸びをする。もう十時を回っていて、当然のことながらフレイア姫は眠っている。小さな主だとそういうろころが楽だ。あと何年かは夜の時間がある。
「今日は舞踏会よね。デザート余ってるかも」
メリッサが思いついたように言う。
「そういえば、そうね。私もらってくるわ」
「気をつけてね~襲われるんじゃないわよ」
メリッサの声援を受けながら、リルティは部屋をでる。
フレイア王女がいるのは東の棟で、少し王宮の中心からは離れている。東の棟はフレイア王女しか住んでいないので、警備もとても厳しいから安心だが、そこを離れるとどうしても危険な場所が出来てしまう。
「そうね、今日は舞踏会だもの……」
調理場のある棟にいくのにはかなり歩かなくてはいけないが、それでも美味しいお菓子を思うと脚は軽快にすすむ。近道をいくつか繰り返すと、そこは庭園があり、あちこちで押し殺した声が聞こえてくる。
「お盛んだわ……」
十六歳で王宮に来たときには、この近道はとても怖ろしいものだった。暗闇から聞こえる怨霊のごとき地獄から聞こえてくるような声は、リルティには恐怖でしかなかった。
「慣れってこわいわ……」
リルティは呟く。未だ恋人どころか男友達すらできないのに、この声の理由もわかり、やたらと耳年増になってくると、怖いというよりあきれのほうが大きくなってくる。
「虫にさされないのかしら……? ドレスは汚れないのかしら?」
そんな単純な疑問だけが残ってしまって、リルティは少し残念な乙女になってしまった。
人の気配が途切れて、やっと恋人たちの庭園を抜けた~と、ほっと一息ついたところで、何かがリルティの耳を掠める。
声――?
「グゥッ!……あ……いや……だ……」
声のトーンが他とは違う。
明らかに怯えている。これは、いわゆるプレイなのか、それとも……。
リルティは迷った。
「どこまで耐えられるのか楽しみだな……」
感情のこもってないひそめられた声が、やたらと敏感に聞き耳センサーが働いているリルティの耳に飛び込む。
「ひぃっ―ー!」
何かに布のようなものをかまされているような声が、漏れているのだと気が付いて、リルティの背中を悪寒が走った。
しかもどちらも男の声なのだ――。
迷う暇はないと、茂みを掻き分け声のするほうに進むと、そこには男がいた。
少し小柄な男というより少年を拘束している男の手には小型のナイフがあった。少年は口に何か布のようなものを入れられている。馬乗りになって、顔を上げさせられている少年には明らかに恐怖の色があったが、二人は突然現れたリルティに驚いたようたようだった。
リルティは、目の前の光景に「ヒエッ!」と恐怖に固まりながらも、大きく息を吸った。
「ギャ――!変態――!殺されるぅ!!」
リルティは声の限り叫んだ。声を出すのは腹の底から。昔通っていた聖歌隊でリルティはそう習った。ソロを務めたこともあるから声量には自信があった。
男はチッと舌打ちして、踵を返す。黒い髪、黒い瞳、黒い装束は闇に消えていく。
少年は、口に入れられていたハンカチらしきものを取り出し、フラフラのまま、「ありがとう……ごめんなさい、恥ずかしいので逃げます――」といって、リルティの前から姿を消した。
何事かとワラワラと人が集まってくるのを、「あら、声が聞こえましたね」と野次馬の振りをして、リルティは人ごみにまぎれた。ドキドキしながら、歩く。お菓子のことは忘れていない。
「男の子だからといって安全じゃないのね~。危険なところだわ」
あら、何故自分はもう二年もここにいるのに恋の一つもできないのかしらと、思わないでもないが、リルティは気にすることはやめた。
あの男の子は随分綺麗な子だった。襲ってた男も美男子だった。
「世の中顔か!!」
むなしく呟いて、調理場へ行くと、パーティで残っていたデザートが沢山あったので、山ほど抱えてリルティは戻っていった。
「随分沢山もらってきたのね~。太るわよ」
「やけ食いよ!」
何があったのかと聞いてくるメリッサにさっきあった事を愚痴りながら食べていると、彼女も思うところがあるのか、やけ食いに付き合ってくれるのだった。
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