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◆◇◇◇◇
「終わった……のか」
俺は全てを失った喪失感に包まれていた。仲間たちの顔にも笑顔はない。
例え世界を救ったとしても、俺たちにとっては大事な友人を無くしたことに等しいのだ。
いや、友人じゃ……ないな。
「く……」
この先、俺はずっとこのことを背負って生きていくだろう。だけど、それは世界の為に生きてくれた彼女を忘れないということだ。
だから、俺は……。
必死に正しかったんだと自分に言い聞かせ、彼女の想いを無駄にしないために堪えた。だが、どれだけ我慢しようと次から次へと溢れてくる喪失感に飲み込まれそうになり、「くそ!」っと叫んだまさにその時。
城の中心部から音が鳴った。
そして、次の瞬間に俺たちがその音がなった地点に視点を移すと、そこにはありえないものが存在していた。
紫色に輝く宝石が浮いていたのだ。
「え……あ……なん……で」
確かに俺は今さっきこの手で破壊したはずだ。俺たちの全員がその光景を目撃していた。それに何より……夏希が命を賭してくれたんだ。
なぜだ……なにか……なにかがおかしい。
必死に自問自答する。
おかしい、おかしい、おかしい。
文献にはこんな記述はなかった。俺たちはいったい何を見落としていたんだ。何を、間違っていたんだ。
俺が思考をしている間も、オーブは徐々に異型の形を型どっていく。
俺たちの後隊から、戦慄の声が聞こえてきた。
「な、いったい、なにが……」
みんな、ありえないとは思いながらもそれぞれが理解していた。これから一体何が起ころうとしているのかを。
そして、その想像通り魔王が再び顕現した。
「そ、そんな……ばかな」
もはや、どうすればいいのかわからなかった。
文献が間違っていた? いや、そもそも太古の昔に魔王を封印した文献が残っていたとして、それが現在と変わっていないと考えていた事自体がおかしいのか? 破壊ではなく、封印しか行うことしかできなかった結果だというのに。
「だから」
そんな俺たちをあざ笑うかのように魔王は声を発した。
「だから無駄だと言ったであろう」
もはや気力は隊全体から削がれてしまっていた。先ほどあれほどの憎しみを見せていたアーチャーでさえも呆然としていた。
「まぁもはや余の役割は遂行された。まだ立ち向かうか?」
はじめから何一つとして問題はなかったかのようにそう言った。否、事実コイツにとっては俺たちの攻撃など問題にしていなかったのであろう。
「はは……不死身ってことかよ……」
俺は乾いた笑い声しか出てこなかった。
もう、終わろう。 きっとこれは俺が彼女を見殺しにした報いなんだろう……。だったら、甘んじて受けよう。
俺は装備を捨て、その場に寝転がった。
「余は――に創り出さ――」
もはやあいつが何を言っているのかもわからなかった。
少しすると、 後ろから仲間たちの悲鳴が聞こえてきた。
みんな、弱いリーダーでゴメンな……俺は……。
俺は懐に入れていた一つのアイテムを握り締めた。それは、夏希に「絶対に身から放さないでね」と言われていた小さなビンの形をしたアクセサリーだった。
それが突然光り出したと意識した瞬間、俺はその光に飲み込まれていた。
◆◇◇◇◇
光に飲み込まれる瞬間を見た。どうやらあれで俺はこの世界を渡り、さっきの世界にとんでいたらしい。世界から消える時にもう一つの光が紛れ込んでいた。それは、俺の剣にまとわりついていた、夏希の光だった。
俺が全てを見終わったあと、先ほどのように何もない異次元の空間に戻っていた。
そこには夏希が待っていて、俺の顔を伺うようにして言った。
「大丈夫、だった?」
「ああ……」
これで、ようやく全部思い出した。つまり……俺は……。
「失敗……したんだな」
いや、そもそも攻略など出来ない存在だったんだ……。
俺のその言葉を聞いて静かに頷く。それは、倒せなかったことへの悲しみより俺に対しての慰めのような表情だった。
夏希はすぐに顔を上げて言った。
「でも、あの失敗は違ったんだよ。あの時、私たちは大きな間違いをしていたの」
「間違い?」
「うん、族長もみんな、何一つ教えてくれなかったけど……。いや、それは当たり前か」
一人で、何か得心が言っているようにそう呟く。
俺は呆然と話を聞いていたが、気を取り直して言った。
「いや、俺にもわかるように言ってくれよ」
俺の言葉に頷き、話し始めた。
「じゃあまず一つ目ね。私たちがなぜあの世界にとんだのか?」
俺は唾を飲んだ。
それは、俺も不思議に思っていた。確かにあの場ではああしなければ俺は生き延びることが出来なかっただろう。だけど、なぜあんなに平和で何もない世界に飛んだのか。
きっと、あの世界にとんだことにも意味はある、今までの一連の流れを見た俺はどこかそんな気がしてならなかった。
そして、その予想はやはり当たっていた。
「あの世界は、私たちの世界の千年後の世界だったんだよ」
衝撃が走る。
あの世界が、千年後? つまり、あの世界は異世界でもなんでもなく……いや、今はそれよりも意識しなくてはいけない点がある。
「俺たちの世界は救われた……ということか?」
「うん、そうだね」
俺の問いに夏希はそう答えた。
魔王が存在しない世界だということは、確かにそうだ。だが、いったい……どうやって。
俺の疑問がわかったのだろう、夏希はゆっくりと言葉を紡いだ。
「まず、どうして魔物が生まれたんだと思う?」
「それは、魔王が……」
「じゃあ、魔王って何でいるの?」
「……」
魔王がなぜいるのか。俺たちの全てを破壊するため。
……いや、そもそもなぜ破壊する必要があるのか。
なぜ、俺は今までその思考を行ったことがなかったのだろう。
俺が回答できないという様子を見て、夏希は再び言葉を続けた。
「じゃあ、質問を変えるね。春人くんは、神様っていると思う?」
何をいきなり言ってるんだろう……。
まぁ、この場で無駄な質問をする奴じゃないとは思うが。
「いる、というのが存在するという意味であるなら存在しないと思う。神は所詮人間が作り出した偶像だ。だけど、もしも必要であるかという意味であるなら、必要な人には必要なものだと思う。俺は信じることによってもたらされる効果というものも否定はしない」
「そう。春人くんらしいね……。……じゃあ次の質問」
夏希はそのまま続けた。
「聖女ってどうしているの?」
なぜか身体にゾクッという感覚が走った。
「おまえ、それは魔王を殺す……いや、封印するためだろ?」
そうだ。今まで、この方法でしか魔王を封印することが出来なかったからだ……。
その時突然、俺の頭の中に魔王との戦闘時のセリフが流れ込んできた。
『ここまで辿り着いた人間はお前たちが初めてだ』
身体に悪寒が走る。
俺たちが初めてだと言った。だが、一度封印をした存在がいるのなら初めてではないはずだ。
俺の先ほどの質問に笑顔で夏希は答える。
「そうだね」
その笑顔の先に、俺の身体は寒くもないのに震えだしていた。
魔王が初めて出会ったのであるのならば、少なくともあいつは封印された存在ではなく、新しく生まれた存在だという解釈をするのが正しい。
『もはや余の役割は遂行された。』
どうして最後の瞬間にあいつはそう言ったんだ。あいつが行ったことは……。俺がその答えに至ったと同時に、夏希は言った。
「じゃあ……たぶん、春人くんは賢いから、これで私の言いたいことがわかってくれると思う」
だめだ、これを聞いたら、俺は……。
俺は体中に走る悪寒に耐えるしかなかった。
聞きたくない聞きたくない聞きたくない。
体中がそう叫んている気がした。
だが、そんな俺にまるで同情するかのような表情をしたあと、夏希はハッキリと言った。
「魔王は何のために存在すると思う?」
生まれて初めて、この瞬間に俺は本当の鳥肌という感覚を感じた気がした。
この単純明快な答え、だれでもたどり着こうと思えばたどり着けたはずだ。
だけど、誰ひとりその恐ろしさに答えを出すことが出来なかったのかもしれない。
夏希は、俺の答えを待っている。
答えなくては……答え……。
俺は声が震えるのを必死に抑え、出来るだけしっかりとした口調で言った。
「それは……聖女を殺すためだろう」