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 私が倒れた時に感じたのは、強烈なめまいでした。でも、それは自然となったというよりも、私の周りの空気……と表現していいのかわからないのですが、が変化した感じがしたんです。なぜ、私の周りでそんなことが起こったのかはわからないのですが……。

 芽衣から聞いたと思うんですが、実は入学式の時も似たような事件があったんです。私のいくつか後ろに立っていた男子も急に倒れて……。さっき芽衣が確認してくれたんですが、わたしと似た症状だったようです。ですから、私の身体が……もちろん、強いわけではないんですが、弱かったことが原因ではなさそうです。

 それで、その男の子が言っていたことなんですが、変な音が聞こえたらしいんです。私には聞こえなかったんですが。

 それと、もう一人の被害者が出たっていうのも聞きましたよね? その子も同じクラスの女の子だったんですが、体調が悪いって言ってトイレに行ったまま帰ってこなくて、確認しに行ったら倒れていたんです。あと、芽衣にもう聞いているかもしれませんが、その子のSMDが起動済みになっていたようです。その子は使っていないと言い張っているようですが。……と、手がかりというか何か繋がりがありそうな出来事は以上です。情報が少なすぎて、私たちで考えていても何もわからなくて……だから、申し訳ないのは承知で先輩にお電話させていただいたというわけです。

「なるほどな……」

 俺は話を一通り聴き終えたあと、一息ついた。

 せっかく来ているんだから、戦士の意見も聞いておこう。

「で、どう思う?」

「うーん。今の話をまとめると、三人に共通しているのは目眩……かしら、で倒れたという点だけよね。動機はわからないにせよ、普通に考えて、魔術でやられたって考えるのが自然よね」

 確かに、そうだな。魔術なら簡単に出来る、つまりは戦士志望の誰かが行ったって事だよな。

「やっぱり、そうなんですか!」

 赤毛さんが身を乗り出して言った。

「やっぱりって?」

 俺がそう問うと、赤毛さんと蒼井さんは申し訳なさそうに顔を見合わせてから、おずおずといった調子で言った。

「今、一年生のあいだではその話で持ちきりなんです」

「そうなのか。でも、持ちきりって……今日始業式なのに仲良くなるの、早いんだな」

「いえ、そんなにお話とかしているわけじゃないんですけど……入学式の日にみんなで携帯アドレスは交換していて、SNSをやってるんです」

 ああ、なるほどな。

 この世界の知識としてSNSの事は一応頭に入っていた。

「そこでは、どんなことが書かれているんだ?」

「えっと……」

 携帯を何回かスクロールして内容を見る。

 それで何個か目星をつけて言っていってもらった。

「それじゃ、言いますね。

『絶対に戦士科のやつらがやってるんだって! 普通科がそんなことできるわけないもん!』

『でも、先生の目をくぐってそんなことできるのかなー、だって魔術を使ったらすぐにわかるでしょ?』

『だけどこの前テレビで、戦士はもういらない、とかいう意見出してる人いたし、逆恨みでもしてるんじゃない? こわー』

……って感じです」

 ……中々耳に効く内容だったな。

でもまぁ、大まかに推論は立てられた。あとはカマをいくつか掛ければすぐに尻尾は出すだろう。

 夏希は落ち込んでないかな、と思ったが、特に気にしていないような表情だった。

「だいたいわかった、ありがとう。……さて、そろそろ遅いし、今日はここまでにしようか」

「え、あ、はい……」

 少し不安そうにそう返事をする赤毛さんに俺は安心できるように優しく声を掛けた。

「大丈夫、もうしばらく被害は出ないよ」

「え!?」

 俺の声に赤毛さんは素っ頓狂な声を出す。

「何かわかったんですか?」

「いや、わかったっていうほどじゃないけど……少なくとも被害はしばらく出ないっていうことぐらいは……」

「教えてください!」

 赤毛さんが意地でも話を聞こうと俺の腕を掴んできた。

蒼井さんは少し申し訳なさそうな顔をしているけど。

「いや、だけどなー……」

まだ推論というか推測の域を出ないこの考えを話すのはいかがなものか。

 俺は少し思案したあと、「ちょっと待ってくれ」と二人に言い、夏希を連れて外に出た。

 ふーっと軽く息を吐いた。

「さて、どうする? 夏希も概要はわかったよな」

「そうね、最後のSNS、だっけ? あの話を聞いてなんとなくはわかったわ」

「正直、子供騙しな話だけど、今言うべきだと思うか?」

 夏希は少し思案してから言った。

「言うべきだと思うわ」

 そう、強く言った。もしかしたら夏希も少し怒っていたのかもしれない。

 もう夕日も沈み始めた時間だ。やるんならさっさと済ませよう。

「わかった。じゃあ、お前はここで待っていてくれるか?」

「わたしも……いや、いいわ。終わったら教えて」

 そう言い、俺は一人で部屋に戻った。

「待たせて悪いな」

「いえ、全然平気です!」

 赤毛さんがそう答える。蒼井さんも隣で頷いていた。

「じゃ、早速言うけど、あくまでこれは俺の推論だってことを忘れないでくれよ。んで、もしも何か間違っていたら教えてくれ。まずは被害者三人に共通するのは一般科だということ。そしてその内の一人の男の子だけ音を聞いたんだよな?」

 二人はこくりと頷く。

「その音は、おそらくSMD(簡易魔術装置)の起動音だ。その子に直接音を聞かせればわかると思うが、それを起動するときに音が鳴る」

 俺は自分に支給されているSMDを起動させ、音を鳴らせた。

「こんな感じの音だ」

 機械からは音波のような音が、ピーと5秒ほど鳴った。魔力が供給されている場合、その音がなる時に発動する仕様になっている。

「あ、ちなみに当たり前だけど魔力は供給されてないから安心してくれ」

 そう言って、少し微笑んで見せた。

「ここまでで、何か変なところ、間違っているところはあるか?」

 赤毛さんがふるふると顔を振る。

 だが、少し思案した顔になって唸っていた。

 そして、その答えにようやく至る。

「え、でも、SMDの音を聞いたんですよね? だったら……」

「……一般科の子が犯人ってことですか?」

 蒼井さんが赤毛さんの声を遮って言った。

 それに対して赤毛さんも自分の考えていた事の答えがそれであるとわかり、声のボリュームを上げた。

「そう! やっぱそういうことになるよね!」

 うんうん、と頷いていたが、その言葉の意味を理解すると落ち込んだ顔になってきた。

 ……なんか、この子は健と同じ匂いがするな。

 俺は一人で心の中で笑いながら、そのまま続けることにした。

「オーケー、じゃあ続けようか。まずはその男の子しか音を聞いていなくて蒼井さんともう一人の子が聞いていない理由は一つだ。その男の子の時にしかSMDは起動していなかったっていうことだ」

「……どうして、そう思うんですか?」

蒼井さんがそう尋ねる。

「入学した初めに聞いたの覚えていないか? SMDは基本一回使用だって」

そう、SMDは単発使用なのだ。基本的に利用されることがないため、みんな忘れていくが。

「聞いた……かも」

 蒼井さんがそう返事をしたのに、赤毛さんが続いた。

「え、でもそれって。犯人が一人っていうことですか?」

俺は頷いた。

「おそらく……な。複数犯なら、SMDが二つ以上あるはずだし」

 そして、単独犯だという仮定に基づけば、少なくとも犯人は数名に絞られてくるはずだ。

 俺がそう考えていると、赤毛さんは頭に疑問符をたくさん浮かべた様子で尋ねてきた。

「そうだとして……じゃあ、なんでまゆとあの女の子は倒れたんですか?」

 その質問にすぐには答えず、まず俺は「ここまででどこか間違ってるところはあるか?」と確認をした。それから、赤毛さんの方を向いた。

ここからが本題だ。

「まず一つの仮説があるんだが、その前に二人に尋ねておきたいことがある」

俺はそう改まって言った。

「二人のSMDを見せてくれないか?」

赤毛さんはごそごそと鞄を探ったが、どうやら置いてきてしまっていたようだ。

ま、その程度の意識にしかならないレベルの代物だということが改めてわかる。

「蒼井さんは?」

「あの……」

蒼井さんが説明をする前に赤毛さんが説明をしてくれた。

「まゆは故障していたみたいで魔力が供給されていなかったんですよ。だから、先生に預けています」

「なるほどねー」

蒼井さんは申し訳なさそうにし、俺は気にしなくていいという風に言って話を続けた。

「次にさっきのSNSだ。話題になっていたってことは昨日までのログだろう。ってことは、入学式の時の二人が倒れたって話だけでその話題になったって事だよな?」

 俺の質問に二人はこくりと頷く。

「だけど、それじゃあ早計すぎると思わないか? 一人や二人ぐらい、気分が悪くなる人がいるかもしれないだろう」

 俺の発言を聞き、「確かに……」と赤毛さんが答える。

「それでも、その……SMDが使われたのかはわかりませんが、突然倒れたんですよ、変に感じるじゃないですか?」

 蒼井さんが、そう疑問を述べた。

「確かに、まぁそうだな。……だけど、さっき言ってたけど、この話で一年生が持ちきりなんだろ?」

「はい」

 今度は赤毛さんが応える。

「もし、そうなんだとしたら……」

 おかしいんだよな。

「俺は、意図的に誰かがそう仕向けるように情報を流したとしか考えられないよ」

「え、そんな! そんなことして、何の得があるんですか?」

 赤毛さんが身を乗り出す。

 この子、本当に思ったことが行動にすぐでるタイプなんだな。俺はそんなことを思いながら続けた。

「確かに、そこの動機が一番大事だよな」

そう返事をしてから、さらに続けた。

「今回の問題で一番影響を受けるのは誰だ?」

俺の質問に頭を悩ませつつ、赤毛さんが返事をする。

「……戦士科の人たち……ですか?」

「そうだね! だったら……」

俺の質問に、蒼井さんがゆっくりと返答をした。

「戦士科の方々を追い詰めること」

そう結論に至り、俺も頷いた。

「え、でも、そんなことしたら……」

赤毛さんがその答えに動揺している。

「そうだね、戦士科がなくなっちゃうかもね。今はそういう専門家の意見も多いってテレビで聞いた気がするから」

 確か、今朝の朝食の時のニュースだったかな?

「でも、そんなの、誰が……」

正直、俺はさっきまでの答えを聞いて八割答えにはたどり着いている。

 ……言うしかないか。

 俺はさっきの夏希の、「言うべき」だと言った言葉を思い出し、自分を鼓舞してからさっきまで幾度となく言った言葉をもう一度言った。


「ここまでで、間違っているところはあるかな?」


 その言葉に、赤毛さんが何かを言おうとしたが、それよりも先に蒼井さんが返事をした。

「……いいえ、全部、合ってますよ、先輩」

 隣にいた赤毛さんがその言葉の意味を理解できず、だが少しずつ理解するにつれて震え、それから声を発した。

「なに……いってるの、まゆちゃん? それじゃあまるで……」

「まるで、どうしたの、芽衣ちゃん?」

 何一つ後悔はしていない。

 その言動の一つ一つが俺にそう伝えていた。

「まゆちゃん……」

 赤毛さんは震えながら、言葉を続けた。

「まゆちゃんが、やったの?」

 赤毛さんがそう尋ねると、笑顔になって首を少し傾げた。

「うん、そうだよ」

「ど、どうして……」

「だって、戦士とか嫌いだから。あんな人たち、いない方がいいんだよ」

「何、言ってるの? それに……一般科の子たちを傷つけて……」

「そんな、傷つけるだなんて大げさだなぁ。トイレの子はただ眠ってもらっただけだし……まぁ、あの男の子は戦士になりたい! って言ってて不快だったからちょっとSMD使っちゃったけど」

 まるで楽しんでいるかのように話す蒼井さんの話ぶりに、赤毛さんは震え上がっているようだった。

 これは、かなり堪えるだろうな……。

 俺は隣で聞きながらそう思ったが、口は挟まなかった。ここから必要なのは俺の説教でも、同情でもない。もちろんどうなるかはわからないが、ずっと一緒にいてくれた友達の言葉。それが一番大切なのだと俺は感じたからだ。

 だが、蒼井さんは次の瞬間に俺の方を向き、口を開いた。

「でも先輩、何でわかったんですか? 私以外にもいっぱいいるし、それに戦士科の人たちの方が機材も使わなくて簡単なのに」

 ああ、それな。

 俺もなんで覚えていたのか不思議だが、今回は良かったと思う。

「校長の話、聞いてなかったのか?」

「校長先生?」

 蒼井さんが不思議そうな顔をする。

俺は順序建てて話す。

「まず、さっきのSNSに書いてあった内容の一つだけど、魔術っていうのは施設内で使えばすぐにわかるようになってるんだ。教員がそこは完璧にチェックしているからな。無駄に機材とか破壊されたら溜まったもんじゃないからな。ただ、流石に外まで全て把握することは出来ないんだよ。そんな金あったらもっと別に使え! って感じだしな。だから、施設内で魔術が使用されたってことはないとみた」

「それは、わかっていますよ。だから私もSMDを外に仕掛けておいたんですから」

 それももちろんわかっていた。そうするしかないと思っていたから。

「もちろんこれは知っているとは思うが、外部から無断でこの施設内に入ることは出来ない。ここの学生じゃない限りな」

「はい、それももちろんです。だから、戦士科の先輩方がいるじゃないですか」

「ああ、だからさっき言っただろ? あの、校長のくそつまんな……は言いすぎか、あまり面白くないお話を聞いてなかったのかって」

 それを聞いて少し思案する。だが、やはりわからなかったようで首を傾げる。

「校長が言ってたんだよ。『今日はこの場に全校生徒が一人も欠けることなく勢ぞろいしている』ってな」

 俺のその発言にようやく得心が入ったようで、はぁーと大きく息を吐いた。

つまり、あの場に全ての生徒が揃っていたんだ。蒼井さんに戦士科による魔術の類がかかる可能性はなかった。そして、さっき言ってた通り音も聞こえなかったんだから、それにも掛かっていない。SMDは魔術を発動する対象に確実に音が聞こえる仕組みだから。

だとしたら、あの場で一番怪しいのは必然的にこの子になるってことだ。……もちろん、ただの貧血だという可能性も無いことは無かったが。

「あと、一つだけ聞いてもいいですか?」

「ん、なんだ?」

「倒れた女の子も私と同じようにSMDを使っていたのに、どうしてわかったんですか?」

 ああ、それか。

「それは簡単なことだよ」

 俺は何もないような感じで続けた。

「その子SMDの音を聴いていないと答えたんだろ?」

 もしも俺が犯人なら、「聴いた」と答えるはずだ。自分が被害者リストにのるからな。ま、蒼井さんみたいに戦士科の人たちに罪を押し付けるつもりだったってんなら別だから、その為に両方にかまをかけるつもりだったが。

 蒼井さんは俺のその短い答えに納得してくれたようだ。

「それじゃ、俺はこれでな」

 俺は長居しないように、そう言って立ち上がろうとした。

「あれ? 先輩、私に罰、与えないんですか?」

 そう尋ねてきたが俺は、「いや、それは俺よりも適正な人がいるだろ?」とだけ言って部屋を去った。



◇◇◇◇◆


「…………」

 先輩が帰ったあとも、芽衣ちゃんはずっと反対を向いたまま黙っている。

 なにか、言いたいことがあるならはっきり言ってよ! 私もそっちの方がスッキリするし。

 だけど、どれだけ待っても芽衣ちゃんはこちらを向く気配はない。

 私はイライラして、ついに叫んでしまった。

「芽衣ちゃん、怒りたいなら怒っていいよ! 何で黙ってんのよ!」

 親友に何も言われなかったのが辛かったのかもしれない。本当は親友を失うのが辛かったんだと思うけど。

 けれど私は、無理やりこちらを向かせた芽衣ちゃんの顔を見て息を飲んだ。

彼女が、泣いていたからだ。

「な、なに、泣いてるのよ! あなたが泣くことないじゃない! 私が悪くて、だから、確かに二人にはかわいそうだったけど、それは……」

 初めてだった。

 芽衣ちゃんはいつも落ち込んだり急にテンションが上がったりそういうことはよくあった。

 だけど、泣いているところを見たことは、今まで一度もなかった。


 私が泣かせたんだ、この子を。


 そう思うと、急激に罪悪感が押し寄せてきた。

 この子は私のせいで被害を受けた子や、そうなるかもしれなかった子たちの気持ちがわかる子なんだ。

 それを見た時私は、途中から何を言っているのか自分でもわからなったがとにかく言葉を紡いでいた。

「芽衣ちゃん、な、泣かないで! 私、ちゃんとみんなに謝るから! 大丈夫! もしかしたら私は学校に戻ってこられないかもしれないけど……でも、あの子たちは本当に大した怪我はしてないから! 信じて!」

何を信じろって言うんだろう。自分の発言に心の中で乾いた笑いをしながら、なんだか芽衣ちゃんみたい……と思っていた。

こんなこと言ったら失礼なのかもしれないけど。

 芽衣ちゃんは、私の言葉にふるふると首を振りながら、小さく「ち……ぅ」と呟いた。

 胸のあたりがムズムズする。

何をすればいいのか、何を言えばいいのか、何か言いたくてもうまく言葉が見つからない感覚。

 私の言葉を聞いていた芽衣ちゃんは、自分の涙を必死に拭ったあと、立ち上がってこっちに近付いてきた。

 そして、私の前に来て、手を動かした。

 叩かれる!

 そう思ったと同時に、私はようやく罰を受けられる、という気持ちを感じた。

 だが、目を瞑って待てども、一向にビンタは来なかった。

 私がおそるおそる目を開けようとしたとき、急激に私の身体を暖かさが覆った。

 叩かれると思っていた私は何が起こっていたのか初めの内はわからなかった。だが、少しずつ心で理解してきた。芽衣ちゃんが私を抱きしめてくれていたからだ。

「な、なに、これ。なに……してるの? 芽衣ちゃんは私を叩くつもりじゃなかったの? みんなの代わりに!」

 そこで、さっき芽衣ちゃんが呟いた言葉がようやくわかった。

「ちがう!」

 泣きながら、でも私の身体を包んだまま、話し続けた。

「わたし、が、泣いてるの、は……みんなのため、じゃない。わたし、は、いま、まゆのこと、しか、考えていないから」

「わ、私のことって、何を言ってるのよ。は、芽衣は……私のために泣いてるってわけ? そんな…………なんでよ」

理解できなかった。私は被害者じゃなくて加害者なのに。私は罰を受けなくちゃいけないのに。私のそんな思いに対し、はっきりと芽衣ちゃんは言った。

「だって」

 そう言って強く私を抱きしめた。

「だって、まゆが泣いてるから」

「……っ!」

 子供の頃、いつも私を守ってくれていた、芽衣の姿が一瞬だけ見えた気がした。

「私は、泣いてないよ。泣いてるのは……芽衣じゃない」

「違うよ」

 芽衣は手を少し緩めて、私の顔を見て言った。

「だって私は、泣けないまゆの代わりに泣いているから。今泣いてるのは、まゆなの」


 っ……。

ああ、何だろう。

 数分前まで私の中を占めていたのは深い喪失感と虚無感だった。けれど、それでも私が罰を受ければ終わるのだからと支えていた。

 だけど、今私の身体を占めているのは、後悔。それと同時に、こんなに素晴らしい親友を持てたことに対する幸福感だった。

「お、怒って……よ。私、悪いことしたんだから……」

 私がそう言うとまた私を抱きしめて、ゆっくりと頭を撫でてくれた。

「大丈夫だよ、もう大丈夫。……辛かったね」

「ちが……。辛かったのはみんなで、わた……しは」

「大丈夫。みんなきっと許してくれるよ。何も心配しなくていいから」

「みんな……」

 違う、そうじゃない。

 みんなはきっと許してくれない。

 そんなことは気にしていない、つもりだった。

 でも、ただ一つだけずっと気になっていたんだ。

 それは……


「私は、どこにも行かないから」


「……っ!」

 私は今まで必死に堪えていた涙を、もう止めることは出来なかった。

「ごめんなさい! ごめんなさい! みんな、ごめんなさ……」

「うん」

 私が泣いて、何かを言っている間、芽衣はずっと頭を撫でてくれていた。

 ああ……

 この子に出会えて、よかった。



 ◆◇◇◇◇


 俺は保健室を出たあと、夏希を探した。

 部屋の外で待っているものだと思ったのだが、いなかったのでひとまず校庭に出て、門の前まで行った。

 だが見つからなかったので、仕方なくメールを送ろうとした瞬間、一通のメールが届いた。

『うえ』

 一言だけだったが、俺はそのメールを見てすぐに上を向いた。

 すると、屋上のところで沈みかけの夕日に照らされて金色の髪が見えた。

 俺はメールを送った。

『魔法でそこまで飛ばして』

 だが、数秒もしないうちに返信が来た。

『自分で』

 はいはい。

 まぁ、そういうしょうもないことには魔法を使ってくれなかったな、そういえば。

 俺は、この夏希は違う夏希なんだって思いつつもどこか重ね合わせてしまっていた。

まぁ、ひとまず向かおう。



 俺が屋上にたどり着くと、風に髪をなびかせながらグラウンドを覗き込んでいる女性がいた。

 俺は静かに近付いていき、また茶化そうかと思っていたんだが、横に来た時に違和感を感じて、やめた。

 そのまま無言のまま、日が沈むまで待ち、俺から口火を切った。

「二人はあのあと、どうだった?」

 夏希の顔を見れば、だいたいはわかっていたが、聞きたかった。

「……うまく、いったわよ」

「そっか」

 安心した。

 俺は満足して頷いた。

「……わかってたの? ああなるって」

「ああ。……って言われても俺は魔法使えないから、どうなったのかって内容は知らないしな。まぁ、あの赤毛さんはうまくやるって思ってたよ」

「……どうして?」

 涙を拭いながら、そっとそう尋ねてきた。

 だってな……

「思わなかったか?」

「?」

俺は少し笑いながら夏希の顔を見た。

「あの子、健に似てるって」

 俺のその発言に目を丸くしたあと、手を口に添えてクスクスと笑った。

「そんなの、あの子がかわいそうじゃない」

「おいおい、健がまた泣くぞ」

 また、っていう表現が今日来たばっかりの俺が使うのが正しいのかはわからない。だけど夏希が言っていた通り、ここにいる人も生きているっていうことは実感できた。

 俺はまだまだ学ばなくちゃいけないんだろう。それがこの世界に来た理由なのかもしれない。夏希がまだ俺に言ってくれていないことはおそらくある。問題はその先の選択だな。

 心の中でそんな風に考えていると、夏希が、夜風にさえ流されそうな小さな声でつぶやいた。

「ねぇ、もし私が……たら……」

「ん?」

 所々聞こえなかったので俺は近付いていったが、少し寂しげに夏希は笑って言った。

「やっぱいい」

「いや、なんだよ、気にな……」

「さーて!」

 俺の声を遮って、大きく手を鳴らす。

 そして、屋上の手すりから身を乗り出して、グラウンドの方に向かって叫んだ。

「赤毛さん! 蒼井さん!」

 俺も覗き込むと二人が丁度一緒に校門を通るところだった。

 二人共、こちらに手を振る。

 それを見て、夏希はさらに続けた。

「もう遅いから、二人共送っていくわよー――」

 お、優しいところあるじゃないか。

 そう思ったんだが。

「――春人が」

「て、おい!」

 二人からは「大丈夫です!」という声が聞こえてくるが、もう送るしかないだろう。なんていうか、男として。

「頑張れ、男の子♪」

 楽しそうに、言った。

 まぁ、いいか。と俺は心の中で呟き、グラウンドに「待っててくれ!」と叫んで屋上のドアの前まで行った。

「あ、そうだ!」

 俺は屋上から降りる前にわざとらしく夏希に叫んだ。

 もうちょっと夜風に当たると言っていた夏希は、既に真っ暗になった世界からの光を浴びながら、こちらをじっと見つめていた。

今の夏希が綺麗すぎて、少し言うことに恥ずかしさを感じたが、そこは気合を入れて言った。

「俺は、行かないよ! どこにも。お前が何をしても、絶対に」

 俺のその言葉の意味を解釈していた夏希は、この距離からでも目に見えるほど顔を真っ赤にして叫んできた。

「な、き、聞こえてたんじゃない!」

 俺はその声を聞いて満足感を得たので、すぐさま退散した。

「うそつきーーーーーーー」

 校舎にも反響するほどのその声を聞いて、俺は階段を走って下りながら、笑っていた。


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