2
2
私立聖剣高校。そもそも名前からして威厳のある学校だが、その通りであり、偏差値も学内トップの超名門高校だ。特徴としては、推薦学科と一般学科に分かれている点がある。推薦学科の大半は剣士や魔術師などのいわば戦士志望の人たち。だから推薦学科は別名、戦士学科とも呼ばれる。そして一般学科も一通り内容は揃っているんだが、中でも特別なのが俺たち医学部医学科の生徒だ。何が特別なのかというと、他の学部と違って推薦学科の人達と交わることが多いという点だ。つまり簡単に言うと、一般学科のくせに戦場に赴くことを想定されている者たち、ということだ。まぁ、だからひと握りの人間しかならないし、なれない。普通の一般化の子達は本当に「普通」と形容するにふさわしい生活と教育を受けている。もしかしたら、ある意味それが本当の幸せなのかもしれないが。ただ、魔術の素養がない子達ばかりなので、SMD(簡易魔術装置)という装置が支給されるようだ。基本単発使用で安全性に問題はあるが、護身用として使われることはほとんどないみたいだ。
午前九時ジャスト。
俺たちは始業式の列の中にいた。
危なかったな。
いや、一人だったら確実に遅刻していた。夏希が瞬間的に移動する魔法を使用してくれたおかげだ。やっぱり魔法っていいな。
そんなことを思っていると、式が開幕した。
……
「それではまず――」
……
「いやー、今日はこの場に全校生徒が一人も欠けることなく勢ぞろいしているというこの事実に私は……」
……
三十分ほど経過して校長の話が終わったあと、校長は本校の成績優秀者として一人の少女の名前を呼んだ。
「桐生夏希」
「はい!」
堂々とした足取りで階段を上っていく。
まぁ、当たり前というか、当然だよな。あれほどの力を持っている奴が成績優秀者にならないはずはない。
俺はそう思いつつ、周りから聞こえてくる感嘆の声を聞きながら少し誇らしげになっていた。
この学校では始業式の初めと卒業式に学内全ての中の推薦学科で優秀だった者の表彰をする仕組みになっているのだ。ちなみに一般学科は大学入試で優秀な成績を収めたものにしかチャンスはない。
俺は一緒に遅刻をしかけて学校に来た彼女を見ながら、拍手を送った。
式は滞りなく進み、終盤に差し掛かっていた。
重要な部分……重要な部分があるのかはわからないが、校長の話も表彰も全て終わった。
そろそろ終わりかな? と、心の中で思っていたとき、列の後ろの方から悲鳴が聞こえてきた。
俺は声が聞こえると同時にその場所へ向かって走った。
人の波を抜けて俺の目に最初に飛び込んできたのは、一人の一般科の女の子が倒れ、それを友人らしき少女が抱えているところだった。
「どうした!?」
俺の声に動揺した様子で少女が返事をした。
「え、あ、急にこの子が倒れて! よくはわからないんですけど」
ひとまず、俺はその倒れている少女に近付いて容態を見た。
今さらながらにこの時代で医学の素養がある設定になっていて良かったと思った。
俺はかりそめの記憶から少女の容態をチェックして、すぐさま応急処置をした。
「貧血のような症状だが……ひとまず保健室へ連れて行こう」
俺は意識が朧げになっている少女と担当の教員に声をかけ、その友人と共に保健室へ連れて行った。
保健室で寝かせたあと、動揺が落ち着いてきた友人さんに話を聞いた。
倒れた子の名前は蒼井まゆ。一般科の1年生の子だ。
そして今話を聞いているのが赤毛芽衣さん。彼女の友人で同じく一般科の1年生だ。
ひとまず最低限のことを聞いたあと、現場の状況について詳しく聞いた。
「なんか、まゆがふらついて来たなと思ったら急に倒れたんです」
急に?
「あの子は普段から身体が弱いのか?」
「そんなことは……。いえ、身体が強いわけではないんですけど。それよりも……」
俯いて指を見ながら話している。
何か含みのある言い方だな。
「何か気になることでもあるのか?」
俺の言葉を聞いて、彼女はそっと視線を上げた。
「実は……私たちの入学式でも同じ事があったんです。まゆが倒れたんではないんですが、同じ一般科の子が一人、式の最中に倒れて……」
ふむ……。
「あ、それだけじゃないんです! その日の式のあとにクラスと学年それぞれでの顔合わせとかが体育館であったんですが、その時にもまた別の子が……」
確か入学式は四日前だ。そう考えると、たったこの期間で三人も貧血のような症状になったことになる。
「確かに、気になるな」
「ですよね? だから、なんか怖くて……」
赤毛さんは自分の身体を抱きしめるようにして言った。
「あの、まゆは、まゆは大丈夫なんですよね?」
「ああ、大丈夫だ」
俺は不安を拭うようにそう言って、怯えている赤毛さんの頭をポンポンと叩いた。
「ひとまず今は君がそばについていてあげてくれ」
「はい!」
少し、安心したように感じられる声でそう返事をしてくれた。
俺はそれを確認したあと、ひとまず教室に戻ることにした。
「それじゃ、何かあったら呼んでくれ」
俺はそう言って立ち上がった。
「あ、あの!」
赤毛さんも焦るようにして立ち上がり、言った。
「ありがとうございました!」
「気にしなくていいよ、それじゃ」
「そ、それと!」
歩きだそうとした俺を引き止めるようにして言った。
「私、先輩の名前伺ってないです」
あ、そうか。それじゃ、何かあったとき呼べないわな。
少し恥ずかしくなり、自分の頭を手で掻きながら言った。
「俺は三年の桐生春人。医学部医学科専攻だから、すぐにわかると思う」
俺の今言ったことを反芻してから、もう一度俺に礼を言って頭を下げてきた。
俺は念の為に自分の携帯の番号を紙に書いて渡した後、手を振って新しい教室に向かった。
ま、わかっちゃいたんだが……。
新しい教室についたとき、俺はその現状に驚いた。いや、俺の記憶がそんなものだと言っていたからそうだとは思っていたが……。
教師は俺に、
「お疲れ様。直ぐに座りなさい」
と言った。
俺の行動は教師間でちゃんとシェアされていたのだろう。
俺は担任の声に返事をして椅子に座り、周りを見渡した。
俺を含めて生徒が二人しかいない教室を。
担任は俺の反応を見てから話し始めた。
「おはようございます。さて、まずはみなさんが人数に驚いていることだと思いますが、例年こんなものです。この学校の医学部といえば戦場に出ることが大前提ですし、それに加えて難しい。まずはみなさんの勇気と能力に対して賞賛の拍手をしたいと思います」
ぱちぱちぱち。
寂しい音が教室にこだまする。
俺は先生がかわいそうになって手を叩いたが、隣の席の少女はあまり気にしていないようだった。
例年こうだと言っていたのは本当なのだろう。
「さて、みなさんには早速ですがこれから戦士学科の人達の演習に付き添っていただきます。……では、行きましょう」
はやい。
自己紹介すらせずに俺たちを演習室に誘導して行った。もしかしたら、今日行われるはずのテストの実技の部分に入っているのかもしれないな。
どちらにしても、ひとまず行かないと。
俺は席を立ち、隣の席の少女に「行こうか」と声を掛けたが、返事をせずに先に行ってしまった。
「……とりあえず、行くか」
聖剣高校で一番の宣伝になるものと言ってもいいのがこの演習室だ。別名、戦場。中には特殊な装置―魔術の類だろう―が仕掛けられており、フィールドを好きな形に変え、好きな風景にすることができるのだ。現在は極寒の地を想定しているのか、部屋に入った時には既に0度を下回っていて、凍えるようだった。
すぐに鑑賞室へ行き、戦闘の様子を鑑賞した。
ボードを見ると、対戦者のところに、桐生夏希・冬木健ペアvs魔術師A+・剣士A+と書かれていた。
魔術師と剣士と書かれているのは、ABD(自動対戦装置)を用いたオリジナルキャラクターだ。実際に鑑賞室から戦闘を覗くと、冬木健の前に黒い影で作られた戦士の形をした物体がいた。
こいつらがこのABDで作られた模擬戦の相手というわけだ。これを使うことによって誰でもここでトレーニングをすることができる。それに、こいつらはただの機械じゃない……。
「見切ったぜ!」
戦闘を行っている健が同じ行動を繰り返していた戦士A+の攻撃を躱した。「そんな単調な攻撃、もう当たらねーよ!」
そう言いながら、同じ攻撃パターンを取ってきた相手に対し、絶対に躱せないであろうタイミングで右下段から切り裂くように剣を切り上げた。
「終わりだー!」
……だが、健のその言葉は現実のものとならなかった。戦士A+は自分の持っていた剣を捨て、バク宙をして回避したのだ。
「なんじゃそりゃ!?」
回避された健が驚く。
まぁ、それはそうだろう。これは完全に機械の動きではない。この機械で作られた物体は、学習機能として人工知能のAIを搭載しているのだ。この場所で戦闘した戦士たちの記録が蓄積され、それを覚える。つまりは、実習を重ねれば重ねるほど強くなっていく最高の訓練装置なのだ。
「だが、剣がないんならこっちのもんだ!」
そう叫んで、戦士A+の真正面に突っ込んでいく。
「待って!!!」
「え!?」
パートナーからの声が届いた頃には既に魔術師A+の技に掛かってしまっていた。その技は、「スリープ・イン・ザ・フォレスト」そう登録されている技で、まあ要するに。
「すかー……」
催眠魔法だ。
だが運がよかったのか悪かったのかはわからないが、それがかかったと同時にタイムアップを知らせるサイレンが鳴り響いた。演習はここまでだ。
「では、医療班、すぐにサポートに向かってくれ」
俺ともう一人の医学部の少女は頷いて、中に入った。
そこには眠ったままの健とそれを呆れた様子でじっと見ている桐生夏希がいた。
「あ、春人……」
その声に、「おう、お疲れさん」と一言言ったあと、健の傷を見た。
この眠っている単細胞は、実は俺の中のいい友人だ。剛剣使い、といえば形容される程の存在なんだが、なにぶん単細胞だからうまく使わないといけない。
ひとまずたいした怪我がないことを確認してから応急処置だけしておいた。医学部の少女も手伝ってくれる……が、名前すら知らないので、コミュニケーションが中々取れない。
「あのさ、君って名前何ていうの?」
俺が質問すると、手を止めてこっちをちらりと見たあと、また手を動かし始めた。
いやいやいや。
俺がそう思っていると、小さな声が聞こえてきた。
「人に名前聞くときは、自分から」
ああ、そういうことね。
「俺は桐生春人」
「知ってる」
……。
あれ、なんだろう。少しだけむかつ……。
いやいや、俺は大人……中身は大人だ。そんなことでは怒らないぞ。うん。
「んじゃ、次は君の番ね」
「言わない」
大人、おとな、オトナ。
自己暗示を掛けて、自制する。
そんな様子の俺に、横から声が入った。
「何やってんのよ」
そして、続けて言う。
「天音雪さん、こんにちは」
「……こんにちは」
「知ってんのかよ!」
俺のツッコミを躱して続けた。
「私は桐生夏希で、この子のお姉さん」
「知ってる。あなた有名だもの」
「あなたこそね」
ふふっと笑いながらそう言った。
「へぇー、天音さんって有名なのか」
「……春人、本当に知らないの?」
引くぐらいに驚かれた。
心外だ。
「いや、だって当然でしょ。普通に考えてみてよ。医学部って今三年生に何人いるの?」
「……二人」
ああ、そうか。戦士にとって命綱の存在である医療班。それが二人しかいないのなら、戦士組が覚えないはずはない。
「ま、春人の馬鹿っぽいところが見れてよかったとしましょう♪」
そう、楽しそうに言った。
俺は少しため息をついた。
「お前はほんとに……」
そう思ったとき、脳裏に夏希の姿がよぎった。作ろうとした笑顔を無意識に少し控え、作業を終えた天音と引き返そうとした。
だけど、そんな俺を彼女は呼び止めた。
「ちょっと待って」
俺は立ち止まる。
「ん、どした?」
俺がそう返事をすると、少し戸惑ったような表情をした。
「あ、いや、何でも……」
「ん?」
いつもは……いや、この世界で知ったのは今朝からなんだが、それにしても先ほどのハキハキした感じが無くなっていたのに少し違和感を覚えた。
俺のその考えが伝わったのかはわからないが、少し戸惑っていた顔を引き締め直し、「よし!」と声を発して、続けた。
「やっぱりちょっと残って! あ、天音さんは大丈夫。ありがとう。ちょっとこの馬鹿弟借りるね!」
その言葉にこくりと頷き、天音は静かに出て行った。
門の閉じる音が静かに響き渡る。
それから数秒して、彼女はそっと呟いた。
「ねえ、春人……」
天音が出て行ったのを見計らうとやはり何か不安なのか、寂しそうにそう言った。茶化そうと思っていたが、俺も空気を読んで少しシリアスになる。
「……どうしたんだよ?」
俺がそう言うと、少し言いづらそうに、唇を噛み締めた。
「今朝から……今朝、私があのことを言ってから、私のこと避けてない?」
「いや、避けてはいないと思うけど……」
あれからあった事といえば通学と始業式のトラブルぐらいだ。後は、いまこの瞬間か。結構な頻度で会ってると思うが。
だが、俺のそんな考えを消し去るように彼女は言った。
「違うの、私が言いたいのは、そういうことじゃなくて。春人く(・)ん(・)は桐生夏希をちゃんと見てくれてる?」
俺は心にチクリとした痛みが走った気がしたが、悟られないように言葉を続けた。
「何言ってんだよ、お前は俺の姉だろ?」
俺がそう言うと、「ほら」と言ってきた。
「じゃあ、どうしてあれから私のことを一度も『夏希』って呼んでくれないの?」
……夏希って呼んでいない?
「いや、そんなはずは……」
俺は、呼んでいなかったのか。
自分では意識をしているつもりはなかったが。
だが、夏希はあの世界で俺が唯一愛した女性だ。だから、この姿形が全く同じ子を呼ぶことは出来なかったのかもしれない。
「いや、でも、それは……」
「確かに、春人くんにとって、夏希さんと同じ顔をした私を呼ぶことに抵抗があるかもしれない。だって……思い出しちゃうもんね」
「違う。いや、違うわけじゃなくて。それは理解していて」
ああ、そうなのか、やっぱり俺は。
そんなことを考え、俺が黙り込んだのを見て彼女はまたそっと言った。
「……ごめんね。本当は、確信があって言ってるの。さっき春人くんが私の魔法に触れた時に、春人くんの葛藤が私の中に流れ込んできて……」
そういうことか。だから、こんな短時間だったのに気付いて、それで……悩んでいたのか。
「……でもね、春人くん……!」
このままにしておくとずっとこのままになる。このままの距離感で進んでいくことになる。そんな焦りのようなものが夏希から感じられた。
そして、少し涙で緩んだ顔で俺を真っ直ぐに見た。
「私は、桐生夏希なんだよ。私は今ここに生きていて、記憶もあって友達も家族もいて……。確かに春人くんの知ってる世界の夏希さんじゃないかもしれないけれど、でも、だからってこの世界は偽物じゃないんだよ。ここにいる人たちもみんな、生きてるんだよ」
……そうか。
その言葉は俺の胸の奥深くに突き刺さった。
俺はどこかここを本当の世界ではなく作られた世界のように感じていて、それで、もしかしたらある程度の対応をしていたのかもしれない。
だから、夏希の言っていることは確かにその通りなのだと俺の心が叫んでいた。
俺が姉さんであるこいつのことを夏希と呼ばなかったのは、あいつとの記憶を思い出すのが辛かったからだろう。だけどそれは、ただの俺の自己中心的なことで、俺自身が傷つきたくなかっただけで……。
「……最低だな、俺」
最低なことだったんだ。
俺は言わなかっただけじゃない、心の中でも一度もこいつの事を夏希と呼ぼうとしていなかった。
泣いているその顔に俺は自分の手を差し伸べ、涙を拭った。
「ごめんな、夏希」
俺のその言葉で余計に涙が溢れ出して来ているのを、ただ俺は謝って待つしかなかった。
「はぁーすっきりした!」
しばらく待つと、全回復した夏希がそう叫んだ!
先ほどのしおらしさはもう微塵もなく、いつもの夏希に戻っていた。確かにかりそめの記憶が、「いつも」の姿を教えてくれているのかもしれない。だけど、これはこの世界では本当のことで、これは真実なんだ。
なんだか、自分の中でもすっきりした気がする。
「でも、凄いな。俺の葛藤が流れ込んできた……って……」
あれ? ちょっと待てよ。葛藤が流れ込むって、俺の心の声が聞こえたってことだよな。それって……。
「な、なぁ、一つだけ聞きたいんだが」
「どうしたの?」
「その魔法が干渉したのって、夏希が初めに俺の頭に手をかざした時だよな?」
「うん、そうだよ。普通の魔法でもそう言う副産物は多少あるけど、あの時は心を意識して覗いたから」
なんというやつだ……。ただ、確かにあの時には心の中まで見られているような感覚があった。
「と言うことは、夏希の魔法に干渉するっていうことは、そういうリスクを常に頭に入れておかないといけないということか……」
これは今度から魔法を頼む時もしっかりと考えないといけないな。まぁ今回に限って言えばその力のおかげでわだかまりが一瞬んで溶けたという点には感謝しているが。
俺がそんなことを考えていると、おどけるように夏希が言った。
「もうー。リスクだなんて大げさだなー。私に全てを簡単に知ってもらえるんだから、お得でしょ」
「ああ、なるほどな! ……ってなるわけないだろ!」
俺のその発言に夏希はくすくすと笑っていた。
「さて……そろそろ出ないと先生たちに怪しまれるし、出よっか」
「そうだな」
まぁ姉弟だから怪しまれるといっても問題はないが。
すると、夏希は小さな声で何かをぼそっと呟いた。呪文のようだ。
「何やったんだ?」
「え? ああ、この部屋モニタリングされてるから、音声とか映像が映らないように、ちょっとね」
なるほどな。抜かりないやつだが、おかげで助かっているからいいか。
さて。
俺はそのまま寝ている健の所へ起こしに行き、ビンタをかまそうかとしたんだが、手を添える前に目をパチリとあけて言った。
「いいこと聞いちゃったー」