表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/11

9

   9



 ひとまず俺たちは元いた世界……つまり、魔王戦の千年後の世界に戻ってきた。もちろん、俺は千年前のことは忘れていない。

 パレードは既に終わっていて、蒼井さんと赤毛さんは帰宅したようだ。

 ……申し訳ないことをしたな。

 そう思っていると、ポケットの携帯が光っていることに気付いた。

 俺がそれを取り出すと、中には『新着メール100件』という通知があった。

 ……おいおい。

「愛されてるわね♪」

 隣から俺の携帯を覗き込んだ夏希はそう、笑って言った。



 その後、夏希の魔法で家まで一瞬で帰ってきた俺たちは、俺の部屋にひとまず戻ってきた。

「で、なんで俺の部屋なんだ?」

 俺がそう疑問をぶつけると、俺の本棚から一冊の太い書籍を持ち出してきた。

「それは、これがあるからよ」

「……なんで俺の部屋に」

「ここが一番隠しやすかったのよ」

……まあ、それはいいか。

「さて、じゃあこれからどう動くのかをもう一度確認しよう」

「うん」

 まず、この時代が救われているのは聖女がいなくなったことにより、魔王の存在がいなくなったからだ。

 そもそも聖女という存在は、神を創り出そうという人の傲慢な思想から生まれたものだ。だが、魔王がそれを消し去るために生まれた存在だということには誰ひとり気付かなかった。いや、この千年間で誰かがそれに気付いたからこそ今の平和があるのだろう。

 俺は一度夏希にこう言った。

「もしもこの時代がすでに救われている世界だってんなら……もういいんじゃないか?」

 だけどそんな俺に迷いのない声でこう答えた。

「だめよ。だって、救われたのは私たちの仲間がみんないなくなった後なんだから」

 そう、彼女は救おうとしていたのだ。全ての仲間を。

俺もその言葉に同意した。

だが、今俺たちが出来る最良の方法を考えたときに彼女が出した結論は、「仲間たちが魔王城に挑戦する前に彼女が魔王と会い、消え去ること」だった。

確かにそうすれば仲間たちは救われるし、数百年間、聖女という存在が現れるまでは大丈夫だろう。加えて世界を救った俺たちが聖女という存在の役割を皆に伝えることが出来れば、それで確かに平和な世界が約束されるだろう。

だが俺は、何かが間違っているという気持ちがどんどん溢れ出してきた。

そもそも、彼女が聖女として生まれてこなければこんな苦しみを味あわずに、人並みの幸せをつかむことだって出来たかもしれないんだ。

なのに、彼女一人だけに全てを押し付けるこの解答は、本当に間違ってはいないんだろうか。

俺は、その苦しみに耐えることが出来るんだろうか。

「とりあえず、こんな感じかな?」

 今までの確認をし終えたあと、夏希は努めて明るく答える。

それから、そのまま栞の挟んであったページを開いた。

 えーっと……と言いながら夏希は読んでいるが、古文書のようなものであり、俺には全く読めない。

「とりあえず、その魔法を使った瞬間にどうなるのか、っていうことだけ教えてくれるか?」

 俺がそう呟くと、夏希は「ちょっと待ってね」と言って本から要点を取り出して教えてくれた。

「えっと、まずはね……元いた世界に術対象者と術使用者が戻れる」

 つまり、俺と夏希ってことだな。

 俺は相槌を打って次を促す。

「それで……術の対象者は今の姿のまま一時的にその世界にいれる。その期間はおよそ、一週間ね」

「ふむ、この世界に来た時と全く同じだな」

 俺は納得する。

「ただし、術の使用者は移動と同時に記憶がなくなり、その世界に馴染んでしまうのであしからず……だってさ♪」

「いや、ダメだろ、それじゃ……」

「まぁ、魔力が余っていれば大丈夫なんだけどね……。とりあえず、魔王城に挑戦する日のみに絞って記憶が残るように頑張ってみるよ。それに、いざとなったら春人くんが……」

 もちろんそれはわかっているが、正直自分にそんなことが言えるのかは自信がなかった。

「今回みたいに、お前の魔力でずっと記憶を維持することはできないのか?」

 この世界では俺以上に完璧に世界のことを把握していたんだ、それぐらい……と思っていたが。

「あのね……実はこの前春人くんに渡していたやつには、私じゃなくて私の生まれた場所のかなりたくさんの人が魔力を込めていてくれたの。でも、今回は私一人がこの術式を使うから……」

 魔力が足りなくなるってことか。

「了解、わかったよ」

 どうすればいいのか、これで正しいのかはまだ迷い続けているが、俺は俺の中で最良の答えを出してみせる。

「そして最後、とばした世界では誤差が三十年前後出てしまう。私はそこまでしか出来ないの。もし私が失敗したら、あなたたちがいなくなってしまった世界になってしまう。それだけは私の全てに掛けて避けるけど。だけど、最後は術を受けた対象者、春人くんが最も強く望んだ時代にとばしてくれるはずだから、おそらく問題はないはず」

俺の望んだ時代へ……。

「ああ、わかった。出来る限りのことをやってみる」

「うん、信じてるよ。あ、あとこれも……」

そう言って取り出したのは紫色の小さな結晶だった。

「おま、これってもしかして……」

 この禍々しい輝きは……。

「うん、あの時に春人くんがオーブをくだいた時に紛れ込んだ結晶だよ。その時代の私がもしも信じてくれなかったら、これを見せて」

 ……そういう事か。

俺は頷いてそれをポケットに入れた。

 さて……

「これで、準備は完了したな」

「うん。じゃあ、始めるね」

 最後まで明るく、そう返事をしてくれる。

 ……

「あのさ、もう一回キスしていいか?」

 俺がそう言うと、「ダーメ」と一言返事をした後、儀式の準備に入ってしまった。

 詠唱を開始する。

 それを少しの緊張を持ちながら見ていた俺の心にはある言葉が残っていた。

『最後は術を受けた対象者、春人くんが最も強く望んだ時代にとばしてくれるはずだから』

 夏希は自分を犠牲にしても俺と仲間たちを含めた大勢の人たちを救おうとしている。夏希の本意ではないだろうがその行為はまさに神のような慈悲だった。

 だけど、俺はそんな夏希も救いたい。だから……。

「それじゃ、いくよ!」

彼女の声が耳に響く。

「ああ、いつでも!」

 そう叫んだとき、魔法陣が光り輝いた。複雑な紋章が書かれた陣から美しい光が溢れ出し、俺と夏希を飲み込んでいく。

 徐々に飲み込まれていく景色の中で、夏希はそっと口を開いた。

「ごめんね……」

「ん?」

「でも、キスなんてしたら、また決意が鈍っちゃうから……」

「そんなの……」

 俺は言葉を紡ごうとしたけど、どうやら既に俺の声は向こうに届いていないようだった。

「春人くん、今まで、ありがとうございました。私は一生、あなたのことを忘れません」

 聞こえないのはわかってる。……だけど!

「俺も、お前が……!」

 俺は必死になって叫ぶ、夏希のことを忘れないように、この子が少しでも安心できるように。

 だが、俺がセリフを言い切る前に、光が俺たちを完全に包み込んでいった。

 最後の消える瞬間に夏希が言った言葉が俺の耳に何度も反響していった。


 愛しています。




 目を覚ます。

 ……ここは、どこだろうか。

俺はちゃんと辿り着けたんだろうか。

 俺はまた、視界が霞んで見えることに気が付いた。おそらく、泣いていたんだろう。

 今度は、何一つ忘れていない。

 夏希が託してくれた一縷の希望。俺は絶対に果たす!

 俺はすぐに走り出した。ひとまずは現在の年号を調べる為にそこら中を駆け巡った。

 どうやら、インターネットや図書館といった便利な機器や施設は無いようだった。

 とりあえず、元の世界に近い年代まできたことは確かなようだ。

 俺は、ようやく文献の見つかりそうな古い家屋に入れた。そこで文献を急いで読みあさった。

 そしてようやく、見つけた。一番最近の冒険の記録が……

 聖歴一九八〇年。

 冒険記は毎年更新されていたはずだ、と言うことは、ここは俺たちの闘いから丁度二十年前という事になる。

 と言うことは、やはり……。

 俺が夏希の言葉を信じて必死に望んだ時代へ来た。そう。

「夏希が聖女として生まれる年だ」

 俺は夏希からもらった結晶を握り締め、急いで夏希の生まれた村へ向かった。

周りの人が驚いたように俺の姿を目に止めるが気にしない。

本当に俺が望んだとおりであれば、今日が夏希の生まれる日のはずなんだ。

 今度は絶対に失わないという想いを持って走り抜けた。


ついにたどり着いた。

そこは俺たちの出会った時と少しも変わらない、雪の多く積もった村だった。

 中央の村長の住む家には多くの客人が集まっていた。

 おそらく村長が、聖女が誕生すると伝えたのだろう。

 俺はもう一度思考を巡らせる。

 今、この村の人たちは信じているはずだ。今聖女が誕生すれば魔王を倒す術が手に入るのだと。だが、本当は逆なのだと伝えなくてはいけない。でないとこのまま夏希が生まれて、またあんな目に……!

 焦りに染まりそうになるのを必死に抑える。

 今、優先すべきことは二つだ。

 夏希を救うこと。神という偶像が世界を救うという思想をこの村から消し去ること。

 その為に行わなければいけない行動は……。

 俺は村の周りを大声で叫びながら走り回った。

「魔王が死んだぞーー! 魔王が討伐されたぞーーーっ!!!」

 今の俺にできるのは、まずはこれだ。魔王討伐には神が必要だという考えを消し去る!

 俺は今までに出したことのないくらい大きな声を出す。

 みっともなくていい。仮にも勇者だと呼ばれたものの選ぶような行動じゃないかもしれない。だけど、みっともなくても、俺は……。

 俺の声に、村長の村に集まっていた人達がぞろぞろと出てくる。

「……本当か?」

「魔王がいなくなったってことは、俺たちはもう魔物に襲われないのか?」

「いや、でもそんな情報聞いたことないぞ……」

不信感と期待感。そもそも聖女がいなかった状態でどうやって倒したのか、という点に不安を持っているのだろう。

 ……まずいな。

何か決定的な情報が必要だ。

そう思ったとき、俺はポケットから光が漏れ出しているのに気付いた。

『その時代の私がもしも信じてくれなかったら、これを見せて』

夏希の声が蘇る。

……これしかない!

「これだ! これを見ろ! これは、魔王を倒した証拠となる結晶だ!」

 俺がそう叫んでいると、ざわめいていた村民が道を開け始め、村長がゆっくりと俺に近づいてきた。

 村中の人が息を飲む。

「それは……ほんものかい?」

「ああ……なんなら確かめてくれてもいい」

 そう言って、村長の前に置いた。

 俺は静かに息を飲む。

 結晶に手をかざして何かを呟いた。そしてそれから数秒後、村長は魔術を使い終えたのか、そっと手を外した。

周りの者たちも、今か今かと村長の言葉を待つ。

そして、ようやくその時が来た。

「これは……本物じゃ」

 村人が寄ってくる。

「つまり、この方が言ってることは……」

「本当だと考えてよかろう」

 その村長の声に周りの人達が騒ぎ始めた。ついに救われたのだと叫び、涙を流して喜んでいた。

 それを見た村長はそっと家に戻っていく。

 俺もその後についていった。



 俺が部屋に入ると、既に一人の幼子が生まれていた。

 母体の方は疲れきったのかすやすやと眠り、周りの人達をここから村長ははけた。

 そして椅子に腰掛けて俺の方を向き、そっと語りかけた。

「お主、この時代の者ではなかろう」

「! ……わ、わかるんですか?」

 俺の反応を見るや、「かかかっ」と笑った。

「魔王が倒されたのは未来の話なのだろう?」

 そう言った村長に俺は静かに首を振り、今までの経緯を話した。

 話し終えた村長の顔には苦渋の色が取って見えた。

「聖女という存在によって生まれたのが魔王だというのか……」

 俺はその村長の反応を見て、驚いていた。

「信じて頂けるのですか?」

 俺の言葉に頷く。

「それは、あのようなものを見せていただいたのですからな。それに、私自身、幼い命を失いたくない」

そう言って今生まれたばかりの幼子を指差す。

「この子は……夏希、ですか?」

「知っておられるのですか?」

不思議そうにそう村長は呟いた。

「いえ、その……私はこの子とともに魔王を倒す冒険をしていたので」

それを聞いた村長は妙に納得したように頷いた。

そして俺は、気になっていたことを尋ねた。

「この子は、聖女として生まれてしまったのですか?」

俺のその質問に、ゆっくりと首を振る。

「聖女という存在は、先天的なものではありません。そのものの素質を見た上で我々が代々受け継いだマナを継承する儀式を行って、それに耐え抜いたものだけがなるもの。つまりは後天的なものなのです」

なるほど……。

そのことに納得したと同時に俺の中には疑問が芽生えていた。それは、これほど物分りがいい人が伝統だという理由だけでこの行動を続けてきたのかということだ。

俺の妙な雰囲気を感じ取った村長はゆっくりと尋ねた。

「どうしたのですかな?」

「いや、先ほどと重複いたしますが、正直これほどあっさりと納得していただけると思ってもみなかったので。拍子抜け……といいますか、安心したといったほうがいいですかね」

「なるほど」

 俺の言葉の真意を汲み取ってくれたようだ。

「私たちはもちろん私たちの先祖からの誓いを伝統として継承し、今のような姿になっていました。ですが、もう一つどうしても続けなければいけない理由があったのです」

「え? それは……」

俺のその質問に申し訳なさそうに答えた。

「我々はこのような暮らしをしていますゆえ、どうしても様々な物資が必要となるのです。ですから……」

つまりは、政府が絡んでいる……ということか。

 と言うことは、もしかしたらこの事実も、既にわかっていた者がいたのかもしれない。だとすれば、今ここでこの暮らしをやめるということは、この村に危険を及ぼす可能性があるということも考えられる。

だから……

「あの」

 俺は、夏希との約束を果たすため、二つ目の優先事項を実行するため、声を出した。

「俺に、この村の傭兵をさせてくださいませんか?」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ