プロローグ
プロローグ
聖暦二千年。
魔物が存在する時代。否、魔物がこの世界を侵食していた時代、とある勇者一行が世界を救う旅に出ていた。彼らは一人一人住んでいた場所は違っていたが、この魔物により心に傷を負わされた者たちであるという点で共通しており、全ての者がこの異形の物をこの世から消し去る事を誓っていた。
絶望・希望・悲哀・苦難・歓喜。その全てをこの旅を通して彼らは経験し、お互いがお互いを尊重し合える仲間となっていた。
彼らが多くの街を、ダンジョンを冒険する中で二つの事実が判明していた。一つ目はこの魔物たちの王――魔王を消滅させれば全ての魔物を消し去ることが可能だという事実。二つ目はこの魔王を消し去るためには聖女と呼ばれる女性の命のマナを捧げる必要があること。
……そして彼らは誰ひとりとして辿り着いた事さえない魔王の城をついに攻略し、最後の瞬間を今、迎えていた。
◆◇◇◇◇
「うぉぉおぉぉおおおおお!!!」
渾身の力を込めて振るった大剣が魔王の懐に突き刺さる。その途端、光り輝く剣の先端から黒い霧のようなものが吹き出した。
魔王からは人外の物のみしか発さないであろう異質な呻き声がもたらされた。その様子を、傷を負った仲間たちが俺の背中から祈るような眼差しで凝視している。
魔王は消え去るなかで最後に、俺にこう言った。
「無駄なことを……」
魔王はそう言うと同時に完全に、跡形もなく消え去った。その消えた空間には紫色の水晶が浮かんでいる。魔王の命のマナが込められたオーブだ。
どういうことだ?
俺は最後の魔王の呟きの意味がわからなかったが、ひとまず後ろを振り返り、仲間たちに言った。
「終わったぜ」
俺の声に仲間たちは一様に同意を示した。だが、誰ひとりとして笑顔の者はいなかった。全員が声を発さなかった。
――ただ、一人を除いて。
一人の女性が一歩、また一歩と俺の方へと歩を進める。仲間たちは全員彼女から目線を逸らした。
「お疲れさま」
他の仲間たちとは対象に笑顔で俺に、そう彼女は言った。
俺も彼女に合わせるように、笑顔を作った。
「これで……よかったんだよな?」
「うん、よくがんばったね」
俺の背に手をまわし、そっと慰めるように彼女は言った。その言葉が、その笑顔が俺をさらに苦しめるものだと、おそらく彼女もわかっているだろう。だが、彼女はその言葉に続けて、おどけるように言った。
「この世界から、魔王を消し去るのが勇者様のお仕事でしょ?」
俺は頷く。
そう、魔王のような異形の者はこの世界に必要ない。俺たち人間は、自分たちで未来を掴み取っていく存在なのだから。
だけど、それは同時に……
俺が声を発そうとしたとき、それを遮るように彼女は言った。
「わたしは、後悔していないよ。この旅を通してわたしはたくさんのものをもらった。街の人たちとの出会い、仲間のみんなとの出会いで、どんな苦難に直面していても決して諦めることのない人の強さ、優しさを。それに……あなたとの出会いで、人を愛するということの素晴らしさを。この気持ちは、決してわたしが得るはずのなかったもの。だから、わたしはもう大丈夫」
大丈夫。
彼女はそう言った。俺の瞳を真っ直ぐに見ながら。迷いのない瞳。仲間のみんなのことを……俺のことを信頼してくれている瞳だ。
だけど……
「だから……」
彼女は続けて言った。
「わたしを殺して」