愉快でシュールな通学路
文学とありますがジャンルが微妙すぎて何とも言えない状況です。娯楽とかそういうジャンルがあればいいのに……。
「行ってきまーす」
小声で玄関を通り抜け、通学路の右手へ出る。ぼくの通学路というものは道路なんだけど、道路のすぐ脇からはずーーーーっと砂地が続いていて地平線まで黄色い。左手に見えてきた家はゆっくりと回転していて、正直そこに住む友人が酔っていないか心配。地中に住む蝉のくぐもった鳴き声__求愛してるなら出てくればいいのに__がうるさい中、車やゴリラ__ゴリラってアホみたいに速いんだよね__戦闘機又は恐竜が道路を走ってこない事を確認した後、そそくさと横切り入り口が見えてくるのを待つ。灼熱の太陽は夏という事で燦々と輝くはずなんだけど、最近光が弱くてこのところ昼か夜かがはっきりしない。だから常に深い日陰にいる感じ。夏にしては涼しいからぼくはいいと思う。最近見たどっかのテレビでお偉い方は「世界の終わりだ」なんて言ってるけど。
三角のドアが見えたのでドアの真下にあるインターホンをためらいつつ踏み鳴らす。途端「らめぇぇえええ!」とかん高い声。朝から随分賑やかなこのインターホン。そろそろ買い換えてくれるとこちらも恥ずかしい思いをしないんだけど。
回転に合わせて入り口の前を確保し続けると、三角のドアがシャッターの如く上に開き友人の母が出てきた。もうそろそろ出勤時刻だろうというにねまきのままで、髪はめちゃくちゃだしすっぴんだ。
「ごめんなさいねぇ。うちの亮介なんだけど今朝から具合が悪いみたいで学校に行けそうにないのよ」
それから何も言わずにドアが閉まった。
まあ、いつもの事__あいつはいつになったら学校へ来るのやら__せめて看病する時くらい回転を止めてあげなよと言いたい。
気をとりなおして道に戻る。でかい蛾がりんぷんを撒き散らしながら上空を飛んで行った。おかげで火山灰でも被ったようになってしまった。ああ、朝からついていない。空に小さくなりつつある蛾がノミみたいに見えたから「やーいお前の母ちゃん微生物ー」と罵って気を静めた。
さあ、と歩き出す。行く手にはビル街通りが待ち構えている。そうこのビル街こそ賑やかで楽しかったり。それも、ただ店がいっぱい立ち並んでいるからとか、そういつつまらない話じゃない。
ビル街通りは今ゴリラ天国らしい。地響きがうるさいが、やつら走る最中にもパフォーマンスを欠かさないから面白い。遠くからだとただの黒い絵の具の固まりなんだけど、近づくと一匹一匹が寸分も狂わぬリズムでバク転している。このパフォーマンスは毎回違ってて__前なんかは全員が流行りのアイドルの曲をノリノリで踊っていた__通る人を飽きさせない。
だが今日はもう終わりのようでゴリラ達はいそいそとバナナカフェへと突入して行き、嬉しそうな悲鳴がビル街にこだました。それと同時に轟音が耳をつんざく。無法者の戦闘機クランの精鋭達が道路を__空でやればいいのに__猛スピードで駆け抜ける。風圧に耐えていると前方に、両手を横に広げ「俺は! 風に立ち向かう者!」と叫んでいる人がいた。なんかいじりたくなって、足を払うと見事にバランスを崩し「ぐわぁあぁわあぁあ」と__乱気流でエコーがかかっててすごく滑稽__遡って行った。
風が止んだ所で歩を進める。まだ時間に余裕はたっぷり。今日は事がシュール過ぎてビルの壁を疾走する人さえ普通に見えるなぁ。もうね、バスケットボールがメガネかけてる感じ。それくらいシュールだよもう。楽しすぎだよもう。りんぷんとかどうでもいいよもう。あ、でも火を吹く人が現れたらさすがに無視できないなぁ。宿題のプリントを燃やしてもらわなきゃ。
突然、ぶちって何かが焼き切れたような音がした。
それから、ビル街や砂地は一変して、瓦礫の山が辺りに広がった__空は赤く染まりきって__この道を残して、後は全てコンクリートやアスファルト、プラスチックやガラスの残骸。ゴリラの列も厄介な戦闘機クランの精鋭も、回る友達の家も……みんな……みんな……本当は__あったらあったで困るけど__虚構なんだよね。そうだぼくが見てきたのは嘘なんだ。通学路という点を除いて全部嘘。学校も周りに広がる景色と同じように壊れててもうない。世界なんてとっくに終わってるの。でも自殺なんて恐いじゃん。ムリムリ、できません。
つけてたサングラスみたいな視覚デバイスを外し、ポッケにしまう。そうして家へと帰る。
なんでこの道が残ったんだろう。なんでぼくは生き残ったんだろう。なんでぼくの家だけ崩れてないんだろう。そんな疑問に答えてくれる人すらいないのに疑問に思うのはなぜだろう。
ただ、やるべき事は一つ。
「また一から作り直さないとなぁ。あーでも風に立ち向かう人は面白かったなぁ。その辺のパターンをもっと増やしてイベント発生の確率も上げてみようかな」
被験者の健康状態や精神状態を表すモニターの光を受けながら、その世界を覗き込む白衣が何人か。
体感式バーチャルゲームの開発に先だって大勢の人々が実験を受けていた。今回はある程度の極限状態に置いて、人は発狂しないのかという実験。少年が自殺しようとしないのがいい例で、結果は上々。もう少しで、このバーチャル空間は確立され、世に『その世界に入り込めるゲーム』なるものが出回るだろう。
しかし少年がバーチャル空間の中にバーチャル空間を作り出してしまった事についてはもう少し研究が必要だろうと判断された。
白衣達は今日も世界を見守り続けた。
これは書いてて楽しかったですー。