表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

イヌとネコ

作者: 月水雲鳥
掲載日:2026/06/19

 小説を書く意義はどこにあるのだろう。たとえばそれが誰かの想像をかき立てたり、書くという行為で自分自身が深く満たされたら、こんな序文を書くこともない。


 僕は『イヌとネコ』という小説を書いた。人間になったイヌとネコと一緒に暮らす話だ。その話のなかで僕はイヌにはとことん優しく、ネコとはある程度の距離をたもって接していた。二人とも女の子だったが性的な交流はいっさいなく、我々は家族も同然だった。


 状況はゆっくりと回る。ネコは膝を擦り剥きあわや感染症になりかけ、イヌは痛むまで虫歯を放っておいた。ネコが用を足したあとは換気扇を使わないと息ができないし、イヌはときどき吐くまでご飯を食べた。


 そんな夏の夕暮れに、イヌが「散歩に行きたい」と僕に言った。一方でネコが「家にいてほしい」と僕に言った。イヌは定期的に外の空気を吸わなければ生きていけない。ネコは望んだときに僕がそばにいないと自らの体を傷つけかねない。僕はそれぞれの主張を慎重に考慮しなければならなかった。


 まずはイヌだ。彼女は三十分くらい近所を散歩するのが大好きだった。そのあいだは見たものや興味をそそられた発見を、身振り手振りをしながら楽しそうに話した。彼女は鳥や花や木と友達だった。僕が図鑑を買おうかと尋ねると、彼女は目を閉じながら首を振った。「幸せに名前なんていらない」。満ちみちた時間は僕らに生きる糧を与えてくれる。


 ネコはとても寂しがり屋で、僕がだまって家を空けるとストレスで壁紙を引き裂き、カッターで手首を切るとメールを寄こした。心の拠り所として高価なマグロの缶詰を渡しても、「家にいて」と訴えられた日には、すべての予定を即刻取りやめないといけなかった。僕の代用は効かない。彼女が甘えたいと言ったらおなかいっぱいに甘えさせてやらないと、のちに取り返しのつかない大事になる。


 だがそれはイヌも同じだ。彼女の場合はだんだんと口数が減り、感情の変化に乏しくなる。まるで壁に打ちつけたように目が平らになり、何を問いかけようとうわの空だ。そうなったときは大型の絵本を読み聞かせ、毎日新鮮な日光を浴びせ、ひっそりと子守唄を歌ってやり、やっと眠りにつかせた。そんな彼女たちのお願いが同じ時間帯、つまり涼しい夕方に重なってしまうと、僕はどうでもいい夕食の準備なんかほっぽり出して、彼女たちの望みに耳を傾けるしかない。


 僕は彼女たちを正座させ、「こうしよう」と言った。「イヌとはあとで一緒に散歩に行く。今はネコと一緒に家にいる」

「真っ暗な道を歩かないといけないの?」とイヌが唇を曲げて言った。

「ずっとは二人きりになれないの?」とネコは刺すような視線を僕に向けた。


 僕は頭を抱えて苦しんだ。不幸という言葉を使いたくないが、それらしき意味合いの言葉を浮かべずにはいられなかった。想像力の欠如、現実の不可逆性、絡まる感情、反復される行為。


「真っ暗な道は怖いの」とイヌが言う。

「ひとりは寂しいの」とネコが言う。


「二人とも、消えてくれ」と僕は言った。二人はぽんと白い霧になって消えた。この話を完成させてから僕は小説を書かなくなった。それでいて彼女たちの声は今もどこかで鳴り響いている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ