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金さえ積めば、この国をデバッグしてやってもいいが? ~守銭奴ハッカーの国家再起動~  作者: おぷっち


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2/10

バグは監視する者に宿る

鷹司早紀との通信が切れた後、俺は数秒間、漆黒のモニターを見つめていた。国家予算の0.1%。非現実的な数字が、妙にリアルな手触りを伴って思考回路に焼き付いている。



「さて、と」



俺は椅子を回転させ、別のコンソールに向かう。仕事の前に、まずは支払いの確約だ。

俺は鷹司に送ったのとは別の、使い捨ての暗号化回線を開き、短いメッセージを打ち込む。



『手付金として五億。今すぐだ。国際的な政治取引に使われる例の秘密口座から、俺が指定する海外口座へ。追跡不能な暗号資産(クリプト)に換金して送金しろ』



送信ボタンを押すと同時に、即座に返信があった。

『承知しました』



あまりの即答に、逆に口の端が歪む。この国は、俺が想像している以上に崖っぷちというわけだ。金でしか動かない俺にとって、これほど信用できる状況もない。



数時間後、俺の端末に複数のウォレットへの入金通知が届いた。完璧なマネーロンダリングを経て、五億円分の暗-号資産が俺のものになる。金の出所を追うのは不可能に近い。少なくとも、並の捜査機関では。



この金で、俺は動いた。以前短期リースしていたアジトでは、セキュリティと安定性に限界があった。都心の一角にある、ジンの残した地下ネットワークが管理する廃ビルの一室を、彼らのメンバーから短期リースする。地下ネットワークの協力により、既に産業用の超高圧電力と、複数系統の軍事レベルの光ファイバーが物理的に引き込まれていた。さらに俺は、電力会社や通信会社にハッキングで偽の申請を通し、既存インフラの増強と、回線の完全な匿名化を図った。



三日後。廃ビルの最上階は、俺の新しいアジト――城へと姿を変えていた。床から天井までサーバーラックが埋め尽くされ、冷却システムの低い唸りが響く。壁一面に広がるマルチモニターには、世界の金融市場とネットワークの動きがリアルタイムで可視化されていた。これだけの機材を揃えるのに、五億は一瞬で溶けた。実に有意義な使い方だ。



「快適な城だが……招かれざる客がいるな」



コーヒーを一口飲んだ俺は、セキュリティモニターに映る一点の熱源を睨んだ。ビルの周囲に仕掛けたセンサーが、一人の侵入者を捉えている。プロの動きではない。だが、迷いがない。まっすぐにこの階を目指してきている。



俺は特に隠れるでもなく、メインコンソールの前に座り続けた。やがて、重い防火扉がゆっくりと開く。

そこに立っていたのは、写真で見た通りの女だった。鷹司が『監視役』として俺に宛がった、あの時の約束の相手。桜井美咲。凛とした顔立ちに、きつく結ばれた唇。サイバー防衛隊の制服ではない、動きやすそうな黒のセットアップ姿。その瞳には、強い意志と、どこか悲しみの色が滲んでいた。



「金の流れを追ってきたか。ご苦労なことだ」

俺がキーボードから視線も外さずに言うと、彼女は警戒を解かずに室内へ一歩踏み入った。

「あなたを追うのは私の任務です。雨宮零」

硬質な声。敵意が隠しきれていない。

「その非効率な正攻法、嫌いじゃない。だが、あんたが俺のシステムを追跡しようと試みた際、俺は同時にあんた自身のアクセスログを捕捉した。そのログを解析したところ、あんたは追跡の過程で少なくとも三回、違法なアクセス権限を行使していた。国家の番犬が法を破るとは、傑作だな」

俺がモニターの片隅に彼女のアクセスログを表示させると、桜井の眉がわずかに動いた。

「……それは、あなたのような犯罪者を監視するために必要な措置です」

「ほう。金で国を弄ぶ犯罪者、か。言い得て妙だな」俺は笑った。「だが、その犯罪者に国家の命運を委ねているのが、あんたの上司だということを忘れるなよ」



桜井は唇を噛み、反論できない悔しさを顔に浮かべた。わかりやすい。ある意味、扱いやすいバグだ。

その時、鷹司総理からの暗号通信がメインモニターに割り込んだ。俺たちの前に、彼女の冷静な顔が映し出される。



『準備は整ったようですね、雨宮さん。そして桜井一尉、彼が私の指示なく動いた時は、即座に報告を』

「はっ」桜井が直立不動で応える。

俺は鷹司に視線を向けた。「で、最初の仕事はなんだ?」

『まず、これを』

モニターに一つのリストが表示された。『公的補助金・不正受給リスト』。タワー・ショックによる経済混乱に乗じて、休眠法人やペーパーカンパニーを使って補助金を詐取した企業のリストだ。

「くだらん」俺は一瞬でリストを閉じ、鼻で笑った。「こんな枝葉の問題をデバッグして何になる。トカゲの尻尾切りで自己満足か?」

『……どういう意味です?』鷹司の声に、初めてわずかな苛立ちが混じる。

「この国のバグは、そんな表層にあるんじゃない。あんたも本当は分かっているはずだ」俺はキーボードを叩き、モニターに日本経済の金の流れを可視化した巨大なネットワーク図を映し出す。「タワー・ショックの混乱に乗じて、法の穴を突き、不当な利益を上げ続けている癒着企業のネットワーク。こいつらが国家に巣食う真の癌だ。こいつらの資金源を断ち、システムごとクラッシュさせる」

俺の言葉に、桜井が息を呑んだ。

「待ちなさい! それは明白なサイバー攻撃です! 違法行為だ!」

「だからどうした?」俺は彼女を冷ややかに見返した。「私たちは法の下で国を守る! あなたのような無法者が正義を語るな!」

桜井の叫びに、俺は心底面白くなって笑みを浮かべた。

「法こそがバグだらけの古いOSだ。アップデートできないなら、クラックしてパッチを当てるしかない。お前はどっちだ? バグか、デバッガーか?」



俺は言葉を続ける代わりに、指を走らせた。

ターゲットは、桜井が所属するサイバー防衛隊のサーバー。彼女の目の前で、俺のコードが彼らの誇る対侵入防壁システム『ユニット731』の脆弱性を突き、いともたやすく内部に侵入していく。

「なっ……やめなさい!」桜井の悲鳴が震える。「その無軌道なやり口は……! あなたのような無法なやり方で、三年前、多くの仲間が……!」

彼女の悲痛な叫びをBGMに、俺は癒着企業と繋がる政府高官の通信記録、その暗号化されたデータの断片を抜き出し、メインモニターに表示させた。

「これが現実だ。あんたたちが守っている『法』の内側で、国は腐り落ちている。それでもあんたは、その古いOSを守り続けるのか?」

モニターに映し出された生々しい腐敗の証拠。自分の組織が、いとも簡単に破られたという事実。桜井は言葉を失い、その瞳が大きく揺れていた。彼女の信じる正義が、足元から崩れていく音が聞こえる。



「……それでも、私はあなたを止める」

絞り出すような声で、桜井は自分のコンソールに向き直った。

「そうこなくては面白くない」

俺は笑い、癒着企業ネットワークの中枢サーバーへの本格的なハッキングを開始した。モニターに無数のウィンドウが開き、コードの奔流が滝のように流れ落ちていく。

「総理、彼の行動は危険すぎます!」

桜井がインカム越しに鷹司へ報告するが、鷹司からの返答は冷徹だった。

『彼のやり方に任せます。あなたは、彼が国家の根幹を揺るがす行動に出ないかだけを監視しなさい』

「しかし!」

『これは命令です』

その一言で、桜井は沈黙した。だが、彼女の指は止まらない。俺の侵入経路を特定し、サイバー防衛隊の権限でポートを閉鎖し、ファイアウォールで壁を築こうとする。

『警告。未承認の防御プロトコルが作動。実行者の権限を超過しています。ログに記録します』

彼女の端末から響く無機質な音声。組織のルールを破るリスクを承知の上での抵抗。その覚悟は認めてやる。

だが、甘い。

「お前の防御は、教科書通りで読みやすい」

俺の指が踊る。桜井が壁を作れば、俺はそれを迂回する新たなトンネルを掘る。彼女が道を塞げば、俺は空から侵入する。破壊と防御。創造と迎撃。高次元のチェス。彼女の思考パターン、サイバー防衛隊のシステムの癖、その全てを値踏みしながら、俺はネットワークのさらに奥深くへと潜っていく。



そして、ついに俺は核心部――奴らの秘密口座と金の流れを管理するメインフレームに到達した。

「チェックメイトだ」

俺は桜井の防御網を嘲笑うかのように、最後の壁を突破。金の流れを示す膨大なデータが、俺のサーバーに流れ込んでくる。

爽快感と共に、俺は盗み出したデータを検分し始めた。何百というダミー会社、政治家への裏金、海外のタックスヘイブンへの送金記録。予想通りの腐敗のカタログだ。

だが、そのデータ構造の奥深くに、俺は見覚えのあるコードの断片を見つけた。

それは、単なるプログラムではない。書いた人間の思考、癖、魂が宿る、一種の署名。そして、その署名には、多国籍企業『クロノス』のシステムでしか使われないはずの、特殊なプロトコルの痕跡が付着していた。



三年前。

『オペレーション・ラグナロク』。

世界を混沌に陥れたあの日。

俺を裏切り、全ての罪を俺に被せた、あの『仲間』のデジタル署名。



全身の血が、急速に冷えていくのを感じた。

モニターに映る文字列が、憎悪の対象へと変わる。

金儲けの仕事のはずだった。国家という巨大なシステムのバグを取り除く、知的なゲームのはずだった。

だが、違う。

この国のバグの奥に潜んでいたのは、俺の過去――『オペレーション・ラグナロク』で俺を裏切ったクソ野郎の影だった。



俺は凍りついた表情のまま、静かにつぶやいた。

その声は、隣にいる桜井にも聞こえなかっただろう。



「……見つけたぞ。三年ぶりの同窓会だ」

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