第一章 第四話 崩れる戦線
戦いは、最初からかなり激しいものとなった。
入学式の余韻は、もはや完全に消え去っている。
相手のバグは、スズムシのような形状をしている。
黒光りする外殻に、異様に発達した羽。
その羽を震わせるたび、耳に直接突き刺さるような不快な振動が周囲に広がる。
どうやら、この振動だけで、前線の動きを鈍らせる効果があるようだ。
さらに、鎌のように鋭い前足は、それだけでも十分な凶器だった。
前線に立つヒーローたちへ、躊躇なく振り下ろされる。
「乱戦になる前に……『飛燕』!」
結希の攻撃が、バグに向けて放たれる。
空を裂く斬撃。
剣士型のヒーローにとっては基本技に過ぎないが、その威力は確かだった。
遠距離攻撃能力を持つ前衛が、それに続く。
複数の攻撃が重なり、バグの前足の一本に大きな傷が入った。
耳障りな悲鳴をあげるバグ。
それは苦痛というより、怒りに近い音だった。
お返しとばかりに、超音波の反撃がこちらを襲う。
「守らなきゃ。『マジック・シールド』!」
後衛の何人かが息を合わせ、大きな魔法の盾を形成する。
空気を歪める衝撃とぶつかり合い、前衛の受けたダメージはごくわずかに抑えられた。
「突出しすぎるな! 連携を維持しろ!」
ヒーロー科の教師が叫ぶ。
だが、その声を無視するかのように、真紅の機体は激しい動きでバグを翻弄していた。
「完全に、命令無視だな……有効であるのもまた、事実だが」
思わず、そんな言葉が漏れる。
真紅の機体が遊撃に専念しているおかげで、前衛に集中する圧力が分散されているのも、確かだった。
「さて、俺も役割を果たさなければ。『烏の眼』!」
技が発動する。
視界が切り替わり、俯瞰的な「もう一つの視点」が生まれた。
戦場全体が、一枚の地図のように頭に流れ込んでくる。
3DのFPSから、2Dのリアルタイムシミュレーションにジャンルが切り替わる感覚。
だが、今の俺では同時使用はできない。
通常の視点と切り替えながら使う、未熟な能力だ。
俯瞰した瞬間、違和感に気づいた。
バグが、羽を小刻みに振るわせ、明らかに力を溜めている。
――狙いは。
「……後衛か!」
隣の機体の肩を、無理やり掴んで地面に引き落とす。
「おい! 何をするんだ!」
答えは、すぐに示された。
強烈な衝撃波が、こちらに向けて放たれる。
立ちすくんでいた二人が、それに巻き込まれ、木の葉のように宙を舞った。
地面に叩きつけられる、二つの機体。
首が、明らかに曲がってはいけない角度を向いている。
それが示すことは、即死であった。
後衛は、大混乱に陥った。
前線を支援するため、とどまり続ける者。
恐怖に耐えきれず、背を向けて逃げようとする者。
教師の指示は、もはや誰の耳にも届かない。
その影響で、前衛も大きく崩れはじめた。
後衛の支援が途切れれば、戦線が瓦解するのは必然だった。
俺は、立ち上がって結希に通信を飛ばす。
「結希、聞こえるか!? まずいことになった。あれを使うしかない!」
「了解! 3秒後に、開始するから!」
もはや、戦いは集団戦ではない。
個人単位の生存競争へと変わりつつあった。
だからこそ――この切り札が、有効なはずだ。




