第二章 第十一話 歌が世界を塗り替える時
「待て、これは歌だ。だとすれば……」
ふと、俺は我に返る。
そして、歌に合わせて『シンクロニシティ』を発動させた。
その瞬間。
激しい悲しみと、強烈な拒絶が俺の心に襲い掛かる。
間違いなく、奏の心があふれ出しているのだろう。
「(結希、これは歌だ! 無理をするな!)」
感情の渦に耐えながら、俺は必死に結希に向けて思念を投げかける。
それに対し、結希は答えた。
「(違う。これは彼女の心そのもの! 単なる歌じゃない! 助けを求めて、必死に叫んでいるんだ!)」
完全な拒絶。
俺はさらに、結希に言葉を投げかける。
「(結希、落ち着け! あまりにも、感情に流されすぎているぞ!)」
「(久郎こそ、しっかり受け止めてよ! 彼女の泣き声が、聞こえないの?)」
俺の理性と、結希の感情がぶつかり合う。
結希がここまで、俺の言葉に反論するのは初めてだ。
正直、驚きを隠せない。
「(この……届け!)」
渦巻く海流。
その中、結希が必死に奏に向けて、手を伸ばす。
そして、二人の手が触れあった。
その瞬間。
エメラルドグリーンの、美しい光があふれ出す。
「(やっと、見つけた! 奏さんの、本当の色!)」
歌の響きが、一変する。
力強い、海底から空に向けて浮き上がっていく少女。
マリンスノーの祝福を受け、深海という檻から解放されていく姿。
その美しさに、俺は言葉を失った。
そして、歌が終わる。
「はあ、はあ……」
結希の顔色は、青い。
しかし、やりきった人間に特有の、満足げな表情を浮かべていた。
「これが、歌魔法の極致。ローレライの伝承……」
舞が、つぶやく。
呆然とした表情から、思わず言葉が漏れたという感覚なのだろう。
詳しいことは、後にしたほうが良さそうだ。
「他の者たちは、無事か?!」
俺は、明、漣、みかんを確認する。
三人とも、相当歌に打ちのめされていたようだ。
だが、幸い命に別状はない。
「っはあ。すげえ……文字通りの意味で、息ができなかったぜ!」
「濁流に、翻弄されました。私の波の力では、わずかに流れを緩めるのが精一杯でした」
「みかんも、圧倒されたにゃ。今までに聞いてきた歌とは、次元が違うにゃ」
次元が違う。
みかんの言葉が、まさに今起きた現象を正しく表現していた。
たった一曲。
それだけで、完全に世界を自分の歌で「塗り替える」。
実際に体験しなければ、この凄まじさは理解できないだろう。
歌に関して、俺も結希も、それなりに自信を持っていた。
だが、彼女の歌はそれを、粉みじんに吹き飛ばすほどのインパクトであった。
「結界は……過負荷状態ね。これ以上の稼働は厳しそう。お店を出ようと思うのだけれども、どうする?」
舞が、結界器具を確認する。
状態異常を示す、LEDの赤いランプが点灯していた。
「正直、歌はもういいかなって思うぜ。あの後に歌うのは、俺では無理だ」
明の言葉が、全員の感情を代弁していた。
これほどまでの歌の後に、自分が歌うのはあまりにもきつい。
「そうね。私の方も、学校に行って事後処理を手伝おうと思っているから」
事後処理を後回しにしてでも、俺たちにあの悪夢の説明と、シンクロニシティの検証を優先してくれたようだ。
そのことに、感謝する。
「悪い。解散する前に、少しだけ話を聞いてもらえるだろうか?」
それでも。
俺は、舞と話さなければならない。
「いいわよ。二人で話す形にするのならば、車の中はどう?」
「分かった。結希、悪い。ここで分かれることになるが、良いか?」
俺は、結希に問いかける。
「分かった。僕も、奏さんと話したいことがあるから」
どうやら、結希の方も別行動にしたいようだ。
素直に応じてくれて、ありがたい。
「あ、明日からは授業があるから、忘れないようにね」
「ふにゃ! 見事に忘れていたにゃ!」
全員が笑う。
そして、カラオケボックスでの話し合いは終了となった。




