第一章 第十七話 観測者の原点
「ただいま」
俺は鍵を開けて、家に入る。
「おう、お帰り……大変だったようだな」
「お帰り。お疲れさま」
リビングには、両親が揃っていた。
父の名は、神崎広大。
母の名は、神崎美冬。
俺にとって、一番大切な存在だ。
「父もお疲れ。かなり、大変だったと思うが……」
「まあな。とはいえ、こちらは精鋭だ。そちらの方が、大変だっただろう?」
この会話からも分かるように、父は現役のヒーローだ。
シズオカの組織「ヒーローズネスト」の、機動部隊の長官という立場にある。
最前線で戦う、責任者だ。
「さすがに、死を覚悟した。母が来てくれていれば、もう少し楽だったのだが」
「まあ、一線を退いたとはいえ、それなりに戦えるからね」
母は現在、ヒーローズネストの事務部門に所属している。
しかし、俺を育てる前は、最前線で戦っていた歴戦の強者だ。
魔法の腕前では、舞に近いレベルだと俺は思っている。
「食事は済んだのだろう? どうする、風呂に入ってもう寝るのか?」
「いや、ネットゲームで挨拶だけしてからにする。風呂に入ったら、もう起きていられないだろうから」
父と言葉を交わし、俺は自分の部屋に入った。
俺は、知っている。
両親と、血が繋がっていないということを。
俺の戸籍には、少し変わった記載がされていた。
法律を学んでいたため、それが「特別養子縁組」であることは、すぐに分かったのだ。
遡って戸籍を取得し、自分が「棄児」であることも分かった。
両親の欄は、空欄。
それには、理由がある。
俺は、覚えている。
人工子宮で育てられた、俺。
研究対象としてしか、見られていなかった時期。
だが、そこが世界の全てであるのならば、幸不幸を感じるすべはない。
そして、今の両親によって取り出されたこと。
役所で仮の名前をつけられそうになり、両親が烈火のごとく怒り狂ったこと。
実子としては受理できないことから、特別養子という手段をとったこと。
その時からすでに、俺には理性が存在していた。
そして、強い知識欲が俺を突き動かしていた。
少なくとも、現代医学の領域において未だ、人工胎盤による赤子の生育に成功したという事例、論文は存在していない。
医学書とネットの知識で、得た結論だ。
「さて、難しいことを考えるのはそろそろ、止めにするか」
俺は、VR機器を取り出す。
向こう側では恐らく、結希たちが待っているはずだ。
VRMMO。
脳の認識すら書き換え、その場にいるとしか思えないほどのリアリティ。
その上洗練され、長時間の使用にも耐えられるデバイス。
ローンチ(機器との同時発売)でありながら、今なおもっとも人気があるRPG。
『ブレイブソード』
この世界に絶望し、最低限の生活以外はすべて、ゲーム上の世界に捧げているプレイヤーすら存在するという、凄まじいタイトルだ。
その一番の特徴は、どんなプレイスタイルでも許されること。
そして、圧倒的なNPCのクオリティ。
本気でNPCと恋をし、結婚する。
そんなプレイヤーも、少なくないのだ。
さらにゲームの世界でありながら、NPCとの間に子をもうけることもできる。
子育てをし、生活費を稼いで愛しのNPCのところに帰って、家庭生活を営む。
もっとも、現実の子育てを阻害しないように、子供がいるプレイヤーは一定時間のアクセスに限られるという機能も搭載されている。
いったいどれだけのリソースを使えば、こんなことができるのか想像できない。
開発したのは、合同会社インフィニティ。
藤花コーポレーションとは、別の会社だ。
VR機器を装着し、俺はゲームの世界に入る。
<ログイン>
機械的な音とともに、目の前に世界が広がった。




