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鎖国病棟 ―閉ざされた日本の医療ミステリー―【後編】終

ここまでお読みいただきありがとうございます。

『鎖国病棟』はいよいよ後半戦に突入します。

第7章からは、国際社会の圧力、市民の蜂起、そして政府の崩壊が描かれていきます。

矢上亮が命を懸けて掴んだ証拠は、果たして社会を動かすことができるのか。

どうぞ最後までお付き合いください。

第7章 国際的圧力

第1節 アンダーソン元大統領の声明

 ニューヨーク・タイムズスクエアの大型ビジョンに、一人の男の姿が映し出された。アメリカ合衆国の元大統領、アンダーソン。彼の演説は全世界に生中継され、日本でもニュース速報として放送された。

 「我々は事実を直視しなければならない。ワクチンは多くの命を奪った。世界の多くの国々はその過ちを認め、是正に動いている。だが――日本だけが例外だ」

 その言葉に、日本の視聴者は凍りついた。テレビ局のスタジオでもキャスターが言葉を詰まらせ、無理に笑みを浮かべて番組を続けた。

 矢上亮は事務所のテレビでその演説を見つめていた。アンダーソンは語気を強め、世界に訴えた。

 「知らなかったでは済まされない。知りながら推進したのなら、それは犯罪だ。責任を取るべき者は誰なのか、日本国民自身が問わなければならない!」

 拳を突き上げる姿に、傍聴席で聞いているかのような熱気が漂った。

 その夜、SNSは炎上した。

 〈元大統領が日本を名指し〉

 〈我々は鎖国しているのか?〉

 〈真実を隠す国に未来はない〉

 同時に、政府は火消しに追われた。官房長官は緊急会見を開き、「内政干渉だ」と強く反発したが、その言葉には力がなかった。

 矢上の携帯が震えた。匿名の番号から短いメッセージが届く。

 ――「国際社会は味方になり得る。今こそ証拠を示せ」

 矢上はテレビ画面に目を戻した。アンダーソンの声はまだ響いていた。

 「沈黙は加担と同じだ。声を上げよ。今こそ真実を」

 矢上の胸に熱が込み上げた。国内では孤立を深めても、国外では支持の声が確かに広がり始めている。

 「……壁は外からも揺さぶられている」

 小さく呟いたその声は、決意の色を帯びていた。


第2節 EU調査団の来日

 成田空港の到着ロビーに、十数名のスーツ姿の一団が姿を現した。胸には「EU調査団」と記されたバッジ。欧州議会から派遣された専門家と法律家のチームだった。記者たちのフラッシュが一斉に光り、代表者の女性が英語で短い声明を読み上げた。

 「我々は、日本政府のワクチン政策と関連する医療記録の調査を行うために来日しました。国際的な透明性は不可欠です」

 その言葉はテレビを通じて生中継され、日本中に衝撃を与えた。

 一方、政府はすぐに会見を開き、外務大臣が不快感を示した。

 「これは我が国の主権に関わる問題であり、軽々に介入を許すものではありません」

 だが、官僚たちの表情は硬直していた。彼らも理解していた。国際社会からの監視の目を拒み続ければ、日本は孤立を深めるばかりだ。

 その夜、矢上亮のもとに匿名の電話が入った。

 「矢上さん。EUの調査団が、非公開のデータを求めています。政府は出す気がありません。……あなたが持っているものを、彼らに渡すべきです」

 矢上の胸がざわめいた。自分が握る極秘ファイル。それを国外に渡せば、国内の証拠隠滅を防げるかもしれない。だが同時に、内部告発者を危険に晒すことにもなりかねない。

 窓の外、都心のビル群の間を、赤いテールランプが列を成して流れていく。矢上はその光を見つめながら思った。

 「国内だけでは動かせない。だが、国外に託すのは……」

 答えの出ない問いが胸を圧迫した。だが一つだけ確かなのは、国際社会の視線がいま、日本の「鎖国病棟」を鋭く射抜いているということだった。


第3節 外交危機

 外務省の会議室は、重苦しい沈黙に包まれていた。壁際の時計の針がやけに大きく響き、机を囲む官僚たちの顔は蒼白だった。モニターには、EU調査団の記者会見の映像が映し出されている。

 「日本政府がデータ提出を拒むのであれば、国際裁判所への提訴も辞さない」

 代表の女性が毅然と語ったその言葉は、海外メディアで大きく取り上げられ、既に全世界に拡散していた。

 官僚の一人が声を荒らげた。

 「これ以上放置すれば、外交は崩壊します! だが、データを出せば国内の隠蔽が明るみに出る!」

 会議室の奥で腕を組んでいた首相候補・石葉が低い声を発した。

 「ここは強気に出るしかない。国民を守るための機密という建前を崩さなければいい」

 その言葉に数人が頷いたが、別の官僚が反論した。

 「しかし国際世論は完全に我々を疑っています。アンダーソン元大統領の声明に続き、EUがここまで踏み込んでくるのは前例がありません」

 議論は平行線のまま時間だけが過ぎた。

 一方その頃、矢上亮は事務所で海外メディアのニュースを追っていた。CNN、BBC、アルジャジーラ――各国のトップニュースが一斉に「日本のワクチン政策の闇」を報じている。画面には「Vaccine Isolation ― Japan’s Silent Tragedy」という見出しが踊っていた。

 携帯が震えた。匿名のメールが一通届く。

 ――「国外に証拠を託せ。国内は封じられる」

 矢上は深く息を吐いた。国際社会は日本を孤立させ、政府は必死に壁を築く。その狭間で、真実を握る自分だけが決断を迫られている。

 窓の外、霞ヶ関のビル群には赤い警告灯が瞬いていた。

 「これは、もう外交問題じゃない。国家の存亡そのものだ」

 矢上はそう呟き、机の上の極秘ファイルに手を伸ばした。


第8章 崩れる壁

第1節 石葉の失脚

 永田町の夜は異様な熱気に包まれていた。大手新聞社が一斉に「石葉議員、資金疑惑発覚」と報じたのだ。紙面には、海外財団からの巨額の送金記録と、その資金が関連政治団体に流れ込んでいたことを示す証拠が掲載されていた。矢上亮が掴んだ情報が、ついに表舞台に姿を現したのである。

 翌朝、議員会館の前には報道陣が押し寄せた。

 「説明責任を果たしてください!」

 「裏金は事実ですか?」

 フラッシュの閃光が乱れ飛び、石葉は険しい表情のまま無言で車に乗り込んだ。その姿は、つい数日前まで次期総理候補と呼ばれていた威勢を失っていた。

 国会でも追及の声は高まった。野党議員が鋭く質問し、与党内からも「党の存続に関わる」という声が漏れ始めた。石葉を庇うはずの同僚たちですら距離を置き、冷ややかな視線を送っていた。

 「……党の信頼を守るために、進退は自ら決めるべきだ」

 記者会見で党幹部がそう述べた瞬間、事実上の辞任勧告が突きつけられたに等しかった。

 夜遅く、石葉は記者団の前に姿を現した。スーツの襟は乱れ、顔には疲労の色が濃い。

 「このたびの一連の報道により、国民にご心配をおかけしました。私、石葉は……次期総裁選への立候補を断念いたします」

 その言葉を聞いた瞬間、会場は一斉にざわめいた。カメラのシャッター音が嵐のように響き渡る。かつて「次の総理」と呼ばれた男は、わずか数行の声明で政治生命を絶たれたのだ。

 その夜、矢上の事務所に一本のメールが届いた。

 ――「よくやった。だが、戦いはまだ始まったばかりだ」

 矢上は画面を見つめ、静かに頷いた。石葉の失脚は巨大な壁に入ったひびにすぎない。この国を覆う闇は、まだ崩れ切ってはいなかった。


第2節 堀田の裏取引暴露

 深夜のネットニュースが一斉に更新された。見出しにはこう踊っていた。

 ――「人気インフルエンサー堀田氏、製薬企業から巨額の報酬受領か」

 記事には振込記録のスクリーンショットが掲載され、数千万単位の入金が複数回確認されていた。名目は「コンサルティング料」「広告契約」とされていたが、入金直後には堀田がテレビ番組やSNSで「ワクチンの安全性」を強調する発言をしていたことが時系列で並べられていた。

 矢上亮は事務所でその記事を食い入るように見つめた。これは偶然ではなく、明らかな世論操作だった。

 翌日のワイドショー。堀田は番組に出演し、強気の笑みを浮かべていた。

 「誤解ですよ。企業から依頼を受けていただけで、言論の自由の範囲内です」

 だが、その声にはかつての自信はなかった。司会者も質問を重ねる。

 「しかし、入金直後に特定の発言を繰り返しているのは、偶然と言えるのでしょうか?」

 観客席がざわめき、SNSでは「#堀田終了」というハッシュタグが瞬く間に拡散していった。

 夜、矢上のもとに匿名のファイルが届いた。中には堀田と企業幹部のやり取りが記録されていた。

 ――「次回の出演では安心を強調してください。報酬は倍額でお支払いします」

 ――「了解しました。台本通りにやります」

 矢上は画面を閉じ、深く息を吐いた。ここまで露骨なやり取りが存在するとは。堀田が繰り返してきた言葉は、すべて「金で買われた安心」だったのだ。

 翌朝、堀田はSNSで必死に弁明を重ねた。

 〈私は国民を思って発言してきた。金のためではない〉

 だがコメント欄は冷笑で埋め尽くされていた。

 ――〈命を金で売った裏切り者〉

 ――〈お前の安心で家族を失った〉

 矢上は窓の外を見やり、夜明けの空を見つめた。

 「偽りの声は、ついに正体を晒した」

 石葉に続き、堀田も失脚の道を歩み始めていた。


第3節 市民の蜂起

 都心の国会議事堂前に、いつもとは違う熱気が渦巻いていた。数百人、いや数千人規模の人々が集まり、手作りのプラカードを掲げている。

 ――「真実を明らかにせよ」

 ――「命を返せ」

 ――「鎖国を終わらせろ」

 声はやがて波となり、深夜まで絶えなかった。SNSで拡散された映像は瞬く間に全国へ広がり、各地で同様の集会が開かれた。地方都市の駅前でも、若者たちがスマホを掲げて「証拠を出せ」と叫んでいた。

 矢上亮は国会前の群衆の中に身を置いていた。熱気に包まれる中、ふと肩を叩かれ振り返ると、以前に取材した遺族の姿があった。母親は涙を流しながらも、強い声で叫んでいた。

 「うちの子の死を、なかったことにさせてたまるか!」

 その声に、周囲の人々が呼応するように拳を突き上げた。矢上の胸が熱くなる。彼が拾い続けた小さな声が、ついに巨大なうねりに変わったのだ。

 一方、政府は緊急会見を開き「冷静な対応を」と繰り返した。しかし、記者席からは次々と鋭い質問が飛ぶ。

 「石葉議員の資金疑惑についてどう説明するのか」

 「堀田氏との関係はなかったと断言できるのか」

 官房長官は額の汗を拭きながら言葉を濁すしかなかった。

 その夜、矢上の事務所の前にも十数人の若者が集まっていた。彼らは「取材を応援している」と口々に伝え、食料や寄付金を差し入れていった。矢上は思わず言葉を失い、深く頭を下げた。

 「……もう俺一人の戦いじゃない」

 呟いた声は、夜空に広がる群衆の叫びと重なっていた。

 市民の蜂起は、ついに「鎖国病棟」を揺るがす最大の力となり始めていた。


第9章 記録の証言

第1節 削除されたログ

 夜更けの事務所に、キーボードを叩く音だけが響いていた。矢上亮は机に広げたノートパソコンを見つめ、極秘ファイルの解析を進めていた。協力者のハッカー・カイトが命を賭して残したバックアップ。その奥底には、まだ誰も触れていない層のログが隠されていた。

 「……やっぱり消されていたか」

 画面に現れたのは、公式データから完全に削除された数十件の症例記録だった。接種直後に呼吸不全や心停止を起こした患者のカルテ。発生日と接種日が一致しているにも関わらず、「関連なし」と分類され、さらに後から「データ削除済み」と上書きされていた。

 矢上はページをスクロールする手を止めた。ある症例には赤字で「要注意」と書き込まれ、その横に厚労省幹部の名前が残されていた。

 ――「外部には絶対に出すな」

 背筋に冷たいものが走った。これは単なる医療現場の過失ではない。政府レベルで組織的に握り潰された証拠だった。

 そのとき、パソコン画面に新しいメッセージウィンドウが開いた。匿名の送信者からだ。

 ――「削除ログは氷山の一角。まだ地下に眠っている。探すなら第七倉庫を調べろ」

 矢上は思わず息を呑んだ。第七倉庫――厚労省の外郭研究機関に併設された巨大なデータセンターの通称だ。そこには公表されない原データが保管されていると囁かれてきたが、確証はなかった。

 「ここまで来たら……行くしかない」

 矢上はノートを閉じ、手帳に大きく「第七倉庫」と書き込んだ。

 窓の外では、群衆のデモが続き、夜空にシュプレヒコールがこだましていた。

 ――「真実を出せ!」

 ――「命を返せ!」

 その声に背中を押されるように、矢上の決意は固まった。削除されたログは、ただの過去ではない。未来を変える証言そのものだった。


第2節 告発者の再登場

 翌日の午後、矢上亮の携帯に非通知の着信が入った。短い沈黙ののち、掠れた声が響く。

 「……矢上さん。私です。宮本です」

 矢上は思わず立ち上がった。かつて証言台に立ち、命の危険にさらされていた若手医師。失踪したと報じられて以来、消息は途絶えていた。

 「生きていたのか……! どこにいる?」

 「詳しい場所は言えません。ただ……時間がありません。厚労省の第七倉庫に全ての記録があります」

 受話器の向こうで宮本の息が荒い。追われているのは明らかだった。

 「あなたが掴んだ削除ログは氷山の一角です。本物のデータはすべてそこに。私も一度だけアクセスしました。死亡例は公式発表の十倍近く――。でも、証拠を持ち出した同僚は……消されました」

 声が震え、途切れがちになる。矢上は必死に問いかけた。

 「なぜ今、連絡を?」

 宮本は息を吸い込み、絞り出すように答えた。

 「もう隠れていられません。市民が動き始めた今こそ、真実を明らかにすべきです。……矢上さん、どうか託します」

 突然、背後でドアが開く音がした。宮本の声が遮られ、雑音に変わる。最後に聞こえたのは、短い悲鳴と通信の途絶だった。

 矢上は受話器を握りしめ、額から汗を流した。

 「宮本……!」

 沈黙の中で、彼の言葉だけが鮮明に残っていた。

 ――「第七倉庫に、すべてがある」

 矢上は手帳を開き、その言葉を太い文字で記した。内部告発者の命懸けの声を無駄にするわけにはいかない。

 窓の外では、デモ隊の声がますます大きくなっていた。

 「真実を!」「命を返せ!」

 矢上はその声に背を押されるように、次の目的地を定めた。


第3節 第七倉庫への潜入

 都心から少し離れた湾岸地域。深夜のコンテナ群の奥に、その施設はあった。厚労省の外郭研究機関が管理する「第七倉庫」。外見はただの物流倉庫に見えるが、鉄柵と監視カメラが張り巡らされ、普通の倉庫とは明らかに異なっていた。

 矢上亮は黒いキャップを目深にかぶり、夜陰に紛れて建物を見上げた。宮本が命を賭して告げた場所――ここにすべての記録が眠っている。

 ポケットの中でスマートフォンが震えた。画面には一行のメッセージ。

 ――「東側の通用口、二十三時三十分、センサーが切れる」

 差出人は匿名。だが矢上には心当たりがあった。かつて協力したハッカー、カイトの仲間だろう。

 指定の時間、矢上は通用口に身を潜めた。確かに赤いランプが消え、電子錠が解除されている。汗ばんだ手でドアを押すと、冷たい空気が流れ出た。

 中は静まり返り、低い機械音だけが響いていた。無数のサーバーラックが整然と並び、青いランプが星空のように瞬いている。矢上は思わず息を呑んだ。

 「……ここに、隠していたのか」

 奥の端末に近づき、用意していたUSBを差し込む。画面に現れたフォルダ名は「副作用未公開」「死亡例詳細」「報告改ざん指示」――目を疑うほど露骨なラベルが並んでいた。

 矢上は震える手でデータをコピーし始めた。だがその時、遠くの廊下で靴音が響いた。規則正しい二人分の足音。警備員か、それとも……。

 矢上は息を殺し、サーバーラックの影に身を隠した。足音は次第に近づいてくる。ランプの光が彼の顔をかすめた瞬間、矢上は固く目を閉じた。

 コピー進行度――「72%」。

 矢上の心臓は破裂しそうなほど高鳴っていた。あと数十秒、この場に留まらなければならない。

 「持ち帰るんだ……必ず」

 呟いた声は、機械音に掻き消された。だがその決意は揺るぎなかった。


第10章 真実の拡散

第1節 データ流出

 コピー完了の表示が出た瞬間、矢上亮はUSBを抜き取り、胸ポケットに押し込んだ。サーバーラックの影から飛び出し、廊下を駆け抜ける。背後で「誰だ!」という怒声が響いた。鉄扉が乱暴に開く音、懐中電灯の光が壁を走る。

 外に飛び出した矢上は、待機していた車に滑り込んだ。運転席には、カイトの仲間を名乗る青年がいた。

 「急げ、ネットに流す!」

 車は夜の湾岸道路を疾走した。矢上はUSBを差し出し、後部座席のノートパソコンに接続する。画面には「データ転送中」の文字が点滅し、複数の匿名サーバーにファイルが拡散されていく。

 数分後、世界中のSNSに同時投稿が現れた。

 〈厚労省極秘ファイル公開〉

 添付されたリンクを開けば、未公開の死亡例数、改ざん指示メール、削除されたログが並んでいる。

 「……行ったか」

 矢上は息を吐いた。だが安堵も束の間、携帯が震えた。匿名のメッセージが届く。

 ――「発信元を追われる。位置を変えろ」

 青年が叫んだ。

 「検知された! ジャミングが来る!」

 窓の外には黒い車列が現れ、ヘッドライトがこちらを照らした。追跡は始まっていた。

 その頃、ニュース専門チャンネルが緊急速報を流した。

 「厚労省の内部データが流出。未発表の死亡例は公式の十倍――」

 キャスターの声は震え、スタジオは混乱していた。海外メディアも即座に反応した。BBCのニュースサイトには大きくこう記された。

 ――「Japan Vaccine Scandal Exposed」

 矢上の胸に熱が広がった。命懸けで掴んだ真実が、今まさに世界に届いている。

 しかし同時に、彼の心臓は恐怖で早鐘を打っていた。これから政府も企業も必死に潰しにかかるだろう。だがもう、止めることはできない。

 「データは出た。あとは……俺たちが生き残れるかだ」

 矢上はそう呟き、迫り来る車列を睨みつけた。


第2節 追跡と蜂起

 湾岸道路を走る車は、背後から迫る黒い車列に追い詰められていた。ヘッドライトが鋭い刃のように夜を裂き、エンジン音が地鳴りのように響く。運転席の青年が叫ぶ。

 「このままじゃ捕まる!」

 矢上亮はシートベルトを握りしめ、後部座席のノートパソコンを見つめた。データはすでに拡散済みだ。たとえここで命を落としても、真実は世界に届いている――だが、彼は生き延びて「声」を繋がなければならない。

 「湾岸から都心に抜けろ。人が多い方がまだましだ!」

 青年は急ハンドルを切り、車は高速出口へ飛び込んだ。後方の黒い車が数台もつれ込み、タイヤの悲鳴が響く。

 その頃、街では異変が起きていた。スマートフォンの通知に「極秘ファイル流出」の文字が躍り、人々は立ち止まって画面を覗き込む。駅前の大型ビジョンには海外ニュースが映し出され、日本の隠蔽を告発する文書が翻訳されて次々と流れていた。

 「これが真実なのか……」

 「私たちは騙されていたのか」

 人々のざわめきは、やがて叫びへと変わった。群衆が駅前広場に集まり、「真実を出せ!」「命を返せ!」と声を張り上げる。その波はSNSを通じて瞬く間に全国に広がった。

 矢上の車が都心に入ると、思わぬ光景が広がった。国会議事堂前の広場が群衆で埋め尽くされていたのだ。数万人が集まり、プラカードを掲げ、声を合わせていた。

 ――「隠すな!」

 ――「責任を取れ!」

 ――「鎖国を終わらせろ!」

 追跡していた黒い車列は、群衆に阻まれて近づけなくなった。怒号とシュプレヒコールに押し返されるように停滞し、やがてゆっくりと後退していった。

 矢上は窓越しにその光景を見つめた。人々の顔は怒りと涙に満ちていたが、その奥には確かな決意が宿っていた。

 「……これが、蜂起だ」

 呟いた矢上の声は震えていた。恐怖ではない。命懸けで追い求めてきた真実が、ついに市民の手に渡り、街を動かし始めていた。

 夜空に響く叫び声は、鎖国病棟を覆ってきた壁を崩す槌音のように聞こえた。


第3節 政府崩壊の兆し

 官邸の会議室には、怒号と疲弊が渦巻いていた。机の上には新聞の号外が散らばり、テレビモニターは市民デモの映像を映し出している。国会議事堂前を埋め尽くす数万人の群衆が、「真実を出せ!」と叫んでいた。

 官房長官は蒼白な顔で立ち上がり、声を張り上げた。

 「すぐに声明を出せ! データは偽造だと強調しろ!」

 しかし別の大臣が声を荒げて遮った。

 「もう通用しません! 海外のメディアも本物と断定している。隠しきれるはずがない!」

 議論は罵声に近く、誰も収拾できなかった。そのとき、背後のドアが開き、与党幹部の一人が駆け込んできた。

 「総理! 与党内からも離反の声が相次いでいます。若手議員が次々と国民に真実を示すべきだと記者会見を開いている!」

 場の空気が一気に凍りつく。権力の基盤が内部から崩れ始めていた。

 一方、テレビ局のスタジオでも異変が起きていた。これまで政府寄りの解説をしていたコメンテーターが突然こう口にしたのだ。

 「……私も真実を隠してきた一人です。今日をもって沈黙をやめます」

 画面越しにその言葉を見つめた矢上亮は、思わず息を呑んだ。恐怖の壁を越え、市民だけでなく内部の人間までもが声を上げ始めている。

 夜、官邸前に押し寄せた群衆の声は一層大きくなった。警備の機動隊は隊列を組んでいたが、その表情には迷いが見えた。中には盾を下ろし、群衆に合流する者さえいた。

 矢上は群衆の中から官邸を見上げた。窓の奥で、誰かがカーテンを引き閉める影が見えた。

 「崩れていく……権力の塔が」

 その呟きは、蜂起の熱に包まれた夜空へと溶けていった。


第11章 裁きの刻

第1節 法廷での最終対決

 東京地裁の大法廷。傍聴席は早朝から市民で埋め尽くされ、外には巨大なスクリーンが設置されて生中継が流されていた。誰もが、この日を「決着の日」として待ち望んでいた。

 裁判官が入廷すると、会場の空気は一瞬で張り詰めた。弁護団の机には、矢上亮が持ち込んだ「第七倉庫」のデータが置かれている。USBの中には、削除ログ、死亡例、改ざん指示の記録――すべてが詰まっていた。

 弁護団の弁護士が立ち上がり、裁判官に提出する。

 「こちらが新たに発見された極秘データです。ご覧いただければ、被告側が副作用を認識しながら故意に隠蔽していた事実が明白です」

 モニターに映し出されたのは、厚労省幹部から製薬会社へのメール。

 ――「死亡例は基礎疾患扱いにせよ」

 ――「報道機関には偶発で統一」

 会場から一斉に怒号が上がった。遺族席の母親が声を張り上げる。

 「これで、まだ偶然と言えるのですか!」

 被告側の弁護士は蒼白になりながら反論した。

 「その文面は断片的であり、全体の文脈を見れば――」

 しかし裁判官が手を挙げ、冷静に言葉を遮った。

 「文脈をどう解釈しようと、削除ログの存在は否定できないのではないですか?」

 沈黙が法廷を支配した。

 そのとき、証言台に立ったのは宮本医師だった。かつて失踪と報じられた彼は、決意を秘めた顔で前を見据えていた。

 「私は、この隠蔽に加担した一人です。しかし、今日すべてを告白します。患者の命を奪ったのは病ではなく、このシステムでした」

 静寂の後、傍聴席から大きな拍手が湧き起こった。裁判官が木槌を打ち下ろし、厳粛な声で告げる。

 「本裁判は、国家と企業の故意による組織的隠蔽を前提に審理を続行します」

 矢上は傍聴席からその光景を見つめ、胸の奥で強く呟いた。

 「ここからが、本当の裁きだ」

 その声は、市民の叫びと重なりながら、揺るぎない未来への鐘の音のように響いていた。


第2節 被告側の崩壊

 法廷の空気は一変していた。矢上亮が提出した「第七倉庫」のデータは、隠しようのない証拠としてスクリーンに映し出され続けていた。そこに記された数字は冷酷だった。公式発表の十倍を超える死亡例、改ざんの指示メール、削除されたログの一覧――。

 裁判官が厳しい視線を向ける。

 「被告は、これらの記録が虚偽であると主張できますか?」

 厚労省代表の官僚は額の汗を拭きながら口を開いた。

 「……確認には時間が必要です」

 その言葉に傍聴席から怒号が飛ぶ。

 「時間稼ぎだ!」

 「私たちはもう何年も待たされてきた!」

 検察官・杉浦が鋭く畳みかけた。

 「これは偶然のエラーでも、研究上の不備でもありません。明確な隠蔽工作です。国と企業は副作用の危険を把握しながら、組織的に改ざんを行ったのです!」

 被告席に座る製薬会社の弁護士が立ち上がったが、その声は震えていた。

 「……弊社としては、厚労省の方針に従っただけで……」

 その瞬間、会場がざわついた。責任の押し付け合いが始まったのだ。

 「国の指示がなければ、我々は……」

 「いや、企業側が主導したのだろう!」

 互いに顔を真っ赤にして非難し合う姿は、もはや防御ではなく崩壊そのものだった。

 裁判官は木槌を打ち下ろし、冷然と告げた。

 「被告側の主張には一貫性が見られません。法廷はこれを信憑性の欠如と判断します」

 その宣言に、傍聴席から拍手と歓声が巻き起こった。遺族たちの目には涙が光り、互いに抱き合う姿も見えた。

 矢上は静かに拳を握った。巨大な壁が音を立てて崩れていくのを、この目で確かに見ていた。

 「これは……終わりの始まりだ」

 彼の呟きは、群衆の歓声にかき消されることなく、確かな実感として胸に残った。


第3節 判決前夜

 東京地裁を後にした夕暮れ、街は異様な熱気に包まれていた。駅前の大型ビジョンには「明日、歴史的判決」と大きな文字が躍り、道行く人々の視線を集めている。居酒屋のテレビでも、カフェのラジオでも、判決が話題の中心になっていた。

 「有罪は確実だろう」

 「いや、政治が圧力をかけて無罪にするかもしれない」

 市民の会話は希望と疑念の入り混じったものだった。それでも、多くの人々が明日を「決定の日」と信じ、手作りのプラカードやろうそくを手に官庁街へ集まり始めていた。

 矢上亮は事務所で机に向かい、書きかけの原稿を前にしていた。窓の外には、国会議事堂前で揺れる群衆の光が遠くに見える。数万人が集まり、キャンドルの炎が波のように揺れていた。

 机の上にはUSBが置かれている。仲間が命を賭して残した証拠、告発者の声、削除されたログ。それらすべてが明日の判決を左右する武器となった。矢上はその小さな機械にそっと手を伸ばした。

 「ここまで来たんだな……」

 胸の奥に去来するのは恐怖と責任、そしてほんの僅かな安堵だった。たとえどんな判決が下されても、真実はすでに市民の心に刻まれている――そう信じたい気持ちがあった。

 深夜、矢上は外に出た。国会前の群衆の中に紛れ、キャンドルを手にした遺族の女性と視線が合った。彼女は小さく微笑み、涙を拭いながら言った。

 「明日で、子どもの死が数字じゃなくなると信じています」

 矢上は言葉を返せなかった。ただ、深く頭を下げた。

 夜空には雲が流れ、都心の灯りを覆っていた。まるで国全体が息を潜め、翌日の裁きを待っているかのようだった。

 矢上は静かに呟いた。

 「判決がどうであれ、真実はもう止められない」

 その声は夜風に溶け、群衆のざわめきと混じり合い、やがて静かな鼓動のように街に響いていた。


第4節 歴史的判決

 午前十時、東京地裁の大法廷は人で埋め尽くされていた。傍聴席には遺族、市民、そして国内外の記者たち。外の広場には巨大スクリーンが設置され、数万人が息を詰めて判決を待っていた。

 裁判官が入廷すると、法廷内のざわめきはぴたりと止んだ。重い沈黙の中、裁判長が判決文を手にした。

 「本件において、国および製薬企業はワクチンの副作用を認識しながら、組織的に記録を改ざんし、被害を過小に見せかけていた事実が認められる」

 その言葉が発せられた瞬間、傍聴席から大きなどよめきが広がった。遺族席では嗚咽が漏れ、市民は涙を流しながら抱き合った。

 裁判長は言葉を区切り、強い声で続けた。

 「よって、国と製薬企業の責任を認め、原告の訴えを全面的に受け入れる」

 その瞬間、法廷全体が揺れたかのようだった。拍手と歓声が爆発し、外の広場でも大きな歓声が上がった。SNSには「#歴史的判決」「#真実は勝つ」のタグが瞬く間に広がっていった。

 被告席に座る官僚と企業幹部は顔を伏せ、力なく肩を落とした。彼らの後ろで、弁護士が慌ただしく資料をまとめる姿が、敗北を決定的に示していた。

 矢上亮は傍聴席からその光景を見つめていた。胸の奥で熱いものが込み上げる。仲間が命を懸けて守った証拠、告発者の声、市民の蜂起――すべてがこの瞬間へと繋がっていた。

 「……ついに、ここまで来た」

 小さく呟いた声は涙に震えていた。

 判決が読み上げられるたびに、外の群衆は歓声を上げ、鐘の音のように街を揺らした。

 その日、日本は長く続いた「鎖国病棟」の闇に初めて光を差し込まれたのだった。


エピローグ 鎖国病棟の果てに

 歴史的判決から数か月が経った。

 日本の街並みは以前と変わらぬように見えても、人々の眼差しはどこか違っていた。駅前の掲示板には「被害者支援窓口」の案内が掲げられ、国会前には今もキャンドルを灯す人々が立ち続けている。

 厚労省の幹部や製薬会社の幹部は次々と辞任に追い込まれ、国の体制は大きく揺れ動いた。国際社会も日本の対応を監視し続けている。闇は一掃されたわけではないが、少なくとも「隠せば済む」という時代は終わった。

 矢上亮は、静かな喫茶店の窓際に座っていた。テーブルの上にはノートとペン、そして一杯の冷めかけたコーヒー。彼の手元には仲間が命懸けで託したUSBがまだ残っていた。

 「真実は、誰かが語り続けなければまた埋もれる」

 彼はノートに新たな原稿を書き始めた。タイトルの上には一行、こう記した。

 ――「鎖国病棟 記録と証言」

 その瞬間、窓の外から子どもたちの笑い声が聞こえた。走り回る彼らの姿に、矢上はふと微笑んだ。守られるべき命。その重さを、彼はこれ以上なく知っていた。

 喫茶店を出ると、空は澄み切った青に染まっていた。かつて厚い雲に覆われていたこの国に、ようやく光が差し始めている。

 矢上は歩みを止めず、胸の奥で静かに誓った。

 「鎖国の闇は終わらせた。だが、戦いはこれからも続く」

 彼の背中は陽光に照らされ、その影は長く道へと伸びていった。


最後までお読みいただきありがとうございました。

矢上亮の孤独な闘いは、市民の声と国際社会の視線に支えられ、ついに「歴史的判決」という形に結実しました。

仲間の犠牲、告発者の勇気、市民の蜂起――それらすべてが一つに重なり、闇に光が差し込む瞬間を描けたと思います。

『鎖国病棟』を通して、読者の皆さまと「真実とは何か」「命の尊厳とは何か」を一緒に考えることができたなら幸いです。

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