表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/16

第七話

 最後の授業が終わり、帰りのホームルームを珍しくそわそわ過ごした浮草は、ホームルーム終了と同時に、真っ先に教室を飛び出した。声をかけようとした友達や偶然見ていたクラスメイトたちが「アイツ、あんなに速く走れるんだ」とビックリしていることに気付くことなく、昇降口へとダッシュする。

 通りすがりの教師からの「こーらー! 廊下を走るなー!」という柔らかな叱責も無視。教師の方も、ふだん大人しい浮草が疾走するのがめずらしく、思わずそのまま見送ってしまった。

 校庭を駆け抜けて、校門を抜け、隣の川森中学校を目指す。中学校は、若鮎小学校よりも少し山の上の方に建っている。

 つづら折りの坂道を二つ折り返したところ。

 古くて、ちょっと調子の悪い自動販売機の横に、ソレはいた。

 うつむき、長い髪で顔を隠し、腐った水草や藻、汚水を纏った死霊。

 坂道をもう少し上れば、中学校の校門だ。

「ねえ、なんでついてくるの?」

 数メートルの距離を開けて、浮草は死霊にむかってハッキリと問いかけた。もし襲われたら投げつけるつもりで、手の中には和紙でくるんだお清めの塩を持っている。

 死霊は、明確な己への呼び掛けと、浮草の刺すような眼差しに、まるで蛇に睨まれた蛙のようにビクッとしてから動かなくなった。

 ますます、変だ。

 「みえるひと」にここまでハッキリとしたアプローチをされて、逃げることも、襲うことも、なにかを訴えることすらもしないなど。

 わざわざ現し世にしがみつく、霊のすることではない。

「おまえ」

 浮草の、すでにけっこう不機嫌だった声が、さらに冷たさを増す。その辺にいた、無害かつ無関係なヒトならざるモノたちが、嵐を察知した動物のように逃げ出す。逃げようのない植物や石ころは、風も地震もないのに小刻みに震え始めた。

 それでも、死霊は動かない。逃げたそうにしているのに。怯えているのに。


「おまえ、何か隠してるな」


 空気が凍った。

 霊感のないものでも、分かるくらいに周囲の温度が下がった。

 浮草の、絶対零度の声音に、大気が怯えて震えている。浮草のような「みえるひと」に、「断定される」というのは、命を握られるのと同義だ。もちろんふだんの会話にそんな恐ろしい効力はない。だが、今の浮草は、この霊を、攻撃するつもりで「はなして」いる。

 「みる」のと同様に、鶺鴒や「みえる」大人たちに諭されている行為ーーー「敵意を込めて、はなしてはいけない」。

 だが、いい加減うんざりしていた浮草は、端的にいってブチキレてしまったのだ。

 死霊がザワリと蠢いた。そばの排水溝がゴボゴボと水を溢れさせ始める。まだ空には太陽が輝いているのに、妙に世界が薄暗くなっていく。

 けれど、そんな中でもっとも暗くて()()()()のは、浮草の両目。

 光の届かない水底の黒、月も星も遮る夜の森の黒、光の下にできる黒ーーーこの世の、一番暗い黒が、二つ、じいっと死霊を「みて」いる。

 水が道に溢れ始め、悪臭が濃くなる。水死体の裸足の足が一歩、浮草の方へ出た。


ズンッ


 浮草の背中に熱い風が吹きかかった。びっくりして振り向く浮草。死霊に完全に背を向けるかたちになるが、それどころではなかった。見ずとも、「わかったから」、振り向かずにはいられなかったのだ。

 浮草の背後にいたのは、巨大な牛だった。熱い風は、牛の鼻息。黒毛和牛…というと、なんだか美味しそうな響きになるが、この牛は違う。毎年、浮草がお盆にみる牛ーー精霊牛(しょうりょううし)だった。「あっち」へ、帰る死者たちをたくさんのお土産と共にのんびり連れ帰る優しい牛たちーーーしかし、これは浮草が見慣れた精霊牛ではなかった。巨大で強そうな、そう、日本の神事としての意味合いも持つ、牛同士を戦わせる闘牛の牛ーー戦士の牛だった。

 さすがの浮草もあぜんとして牛を見上げていると、肩を小突かれる。見ればそこには、あの陽気な精霊馬。

「…え?! 連れてきた?! と、友達の中で一番ケンカが強いひとを?! あ、えっと、ありがとう?!」

 誇らしげに首を振り立てる精霊馬。そうなんだ一番ケンカが強いんだ……と浮草は改めて、巨大な精霊牛を見上げた。

 精霊牛は、頭を低く構えているにも関わらず、浮草よりも頭の位置が高い。ザッザッと、前足でアスファルトの道路をひっかいている。

 ふと、牛と目があった。

「あ、そういう仕事をしてるんだ」

 牛の目は、炎だった。地獄の炎が燃え盛っていた。この精霊牛は、地獄へ帰るモノを連れ帰る牛なのだ。きっと帰りたがらなくて暴れる霊が多いからだろうな、と浮草はとても納得する。

 精霊馬が浮草の服を軽く噛んでひっぱり、道からどかす。

 地獄送りの精霊牛が、肩の筋肉を隆々と盛り上げ、短くも鋭く太い角を生やした頭を、低く、低く、低く構えてーーー突撃した。

 熱い地獄の風が逆巻き、水死者の霊と、巨大な牛は瞬く間に消え失せた。

 その瞬きのなかに、浮草は二つのものを「みた」。

 ひとつは「あちらがわ」。本来、死したものが行くべき、次の世界。そのひとつ、「わるいこ」が行くところ。人が地獄と呼ぶところ。水死者の霊は、なんの抵抗もできずに、牛の二本の角に引っかけられて、あっという間に連れていかれた。

 そして、もうひとつ。

「……あれを隠してたのか」

 すごかったねーと、無邪気に長い顔をグイグイと押し付けてくる精霊馬の頭や長い首を感謝を込めてガシガシ撫でてやりながらと、浮草の心は沈んだ。

 死霊のなかには、隠れ潜むモノがいた。そして、死者ならざるソレは精霊牛が連れ帰ることはできなかった。

「生き霊って、厄介なんだよなあ…」

今回出てきた地獄送りのむきむき精霊牛は(たぶん)オリジナルな存在ですが、モデルがあります

映画「ゴースト ニューヨークの幻」で、犯罪者が死んだときに出てくる謎の黒い影です

あの映画を見た時は子どもだったので、ロマンティックな部分よりも、あの黒い影の記憶の方が強く、わるいことはしちゃだめだ、と本気で怯えました

わたしの創作には、むきむき精霊牛以外にも、「わるいこ」を連れ去りに来るこわいものがたくさんいます

出てきてくれるのが、楽しみです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ