第十一話
「さすが、探知にステータス全振りしてる人は違うわー」
「ありがと! でも本当にだいじょうぶ?」
「ちょっと眠かったけど吹き飛んだっての。そもそもあたしに売られたケンカに、あたしが殴り込まないとかあり得ない。それに、相手が物理攻撃してきたら、浮草ダメでしょうが」
「うーん…たぶん、そんな元気ないから心配いらないよ、さっきも説明したけどさ。でも一緒に来てくれるなら安心」
薔薇と浮草は、一軒の家の前に立っていた。
表札には「飯島」とある。
本来の築年数は古そうだが、リフォームがされていて、このあたりの家の中では新しく見える。
「まさか、飯島さんに生き霊飛ばして呪われるほど恨まれてるなんてなー」
「10:0の逆恨みだから、分かるわけないよ」
浮草の小学校での聞き込みは、ここに来るまでの道すがらに語られた。
◆ ◇ ◆
まず薔薇と浮草は、二人でラスボス宅へ突撃する旨を鶺鴒と幸広にメッセージアプリで伝えた。鶺鴒からは「気をつけてね」、幸広からは「オレも行こうか?」と返事があったので「美味しい晩ごはんとお風呂沸かしといて!」と答えた。OKのスタンプ返ってきたので、いざ出発。
「要するに、今日の朝のは、身バレ覚悟で悪あがきしてきたってわけだ」
「うん、そう。でも、別に強い悪霊じゃないから匂いしかなかったし、逃げたっていうより力尽きて帰っただけだよ」
「弱いの? あー、でも、怪奇現象で悪臭って、わりとある方? いやでも、凄いクサかったし、やっぱり現実に匂い産み出すって強くないの?」
「狙いが薔薇ちゃんだけだから、やっと出来たんだよ。うたた寝してたし。本当に強かったら、しっかり起きてても匂うし、クラス全員嗅げるくらい匂うよ」
「そっかあ。みんながあんなキモい匂い嗅がなくてよかったー」
悪霊の強さの定義について、少し納得できない部分はあるものの、薔薇は深く考えないことにした。それよりも、だ。
「うーん…でもなんでこんなに超常現象起こすくらい恨まれてたんだろ。殆ど話したことないんだけどなあ…飯島みり愛さん」
飯島みり愛。それが、生き霊の名前である。薔薇のクラスメイトで、水泳クラブのエース。誰もが顔と名前を知るような中学生アスリートだ。薔薇の認識では、そういやこの騒ぎが始まってから学校休んでる気がするなあ、ぐらいの付き合いしかない。
「おれも、いろんなひとに「きいたり」、その上で「みたり」したんだけど…なんていうの、なんか家族がうまくいってないというか、フケンゼンじゃなくてフケンコウじゃなくて、ナントカ家族…? 家庭内で、虐待じゃないけど、仲悪いみたいな、うーんとねえ」
「幸ちゃんだったら、バチッと出てくるんだけど、あたしは無理だよ」
「あー! キノーフゼン! 機能不全家族! みたいな! たぶん!」
「正確なところは分からんけど、ダメそうなのは分かる。要するに、家族が安心できないとこで、居心地悪くて、なんなら病院か第三者介入しないと更にヤバくなるやつ?」
「そんな感じ! 飯島さんち、心に余裕がなくって、お互いの思いやりがなくって、いつも誰かの顔色伺ってて安全なところって感じがしなくて。みてるだけて疲れちゃったよ」
「そういうの、覚悟決めて見る映画とかドラマだけで良いんだよなー。現実にはいらねー」
聞き込みを終えて飯島みり愛の名前を知った浮草が、無礼を承知で「みた」飯島一家は、病み疲れていた。父ひとり、母ひとり、娘ひとり。父は川向こうの新市街にある大企業の支店で部長職にあり、娘は全国クラスの水泳選手。母は専業主婦だが、ご近所付き合いは良好ーーだった。
まず小学校で浮草は、水死者の霊と、夜の中学のプールで聞いた話を、小学校の古株の妖怪たちに説明し、心当たりはないか訊いた。昼間でも会話できるような妖怪や怪異は、しっかり意志疎通ができて聞き込みがしやすい。
案の定、あっさりと飯島みり愛の名前が出てきた。彼女は小学生の頃から水泳が得意で、プールにまつわるモノたちはみんなよく覚えていたし、母親は授業参観で六年間何度も学校を訪れていたので、浮草が水死者の霊の記憶を「みせ」たら、即、みり愛の母だとわかった。なんなら卒業生ですらあった。
真っ昼間に、普通に、知り合いと話すみたいに妖怪に聞き込みして回るとはさすが浮草、ますます鶺鴒に似てきたねと褒める薔薇だが、浮草はなんだか不満げである。
「いやだって普通、映画とか小説だとこのパートで時間取られるし、敵に襲われるよね?」
「薔薇ちゃん、鶺鴒だったらもっと……いや、いいや。それでね、うちの七不思議のひとりの、魔の三階の踊り場の鏡さんによると、飯島みり愛さんのお母さんはね、みり愛さんが小6のときに大きな病気して大変で。その後もずっと体調悪くて、心も体も疲れきっちゃったみたい」
「うーん…ずっと具合悪いと、気持ちも落ち込むもんね。二日連続で悪夢みた後だから、分かる気がする」
「辛いよね。悪い方にばかり考えるし、実際体は苦しいんだし。でもね、それを娘のみり愛さんにぶつけるようになったんだ」
「あ、ワンアウト」
昼休み、浮草は小学校の体育館の裏から、七不思議のひとりの、自分の頭で球技をする男の子に頼んで、中学の七不思議・顔が真っ黒なのっぺらぼうの用務員さんを呼んでもらった。隣接しているので、小中の七不思議は知り合いで、たまに入れ替わっているぐらい仲が良い。
この時浮草は、薔薇の行状を知るが、用務員さんが任せておけというので、聞き込みに専念することにした。
ちなみに、顔が真っ黒なのっぺらぼうの用務員さんは川森中学で最恐の七不思議だ。夜の中学校に遊び半分ではいってはならない。忘れ物を取りに来た子には無害だが、そうでないと、とてもとても怖いことが起こる。死んだ方がましだと思える、怖いことが。
そんな用務員さんであるが、なにしろ用務員さんなので基本的には生徒の味方だ。ちょっと霊感のある生徒は、用務員さんが普通に昼間、動きの悪いドアを直しているのを見かけたりしている。顔が真っ黒なのっぺらぼうだとは気付くことなく。用務員さんのほうは、そうやって学校を守って働いているので今回の件にはたいへんご立腹だった。
「飯島みり愛さんって知ってる?」
「もちろん! 三年生で、薔薇ちゃんと同じクラスだ。……え? まさか」
「怒らないでください!! 下水逆流はみり愛さんじゃないよ!!」
「なんだそうか。うっかり久々の校外活動をしようかと思ってしまった!」
浮草と、好奇心でそばにいた自分の頭を抱えた男の子の幽霊は、内心びびり散らかしながら、用務員さんから話を聞いた。
みり愛は、将来を有望視されるアスリートだった。こんな田舎から全国区の実力者が出たのだから、周りの期待も高かった。それだけの実力を飯島みり愛は持っていた。
物見高い人ならざるモノたちも当然注目していた。妖怪というものは、面白そうなことに飢えていて、楽しそうなところが好きなのだ。
けれど、用務員さんによると、みり愛の精神は少しずつ黒ずんでいったという。どこからどうみても、順風満帆、県内では敵なしのアスリートだったのだが。
そして、妖怪たちはそういうのも大好きだ。負の感情。憎しみ、悲しみ、恨み、妬み……学校に妖怪や幽霊たちが集うのは、そのため。若く生命力に満ち溢れた、新鮮な輝きと、相反する粘度の高い暗がりが、毎年入れ替りでやってくる学校が、大好きなのだ。
みり愛はたしかに全国大会に出場し続けた。けれど、入賞にまで至らない。全国大会にくるのは、本格的な強豪校で鍛えあげられたトップアスリートたちばかりだ。みり愛は、ほとんど独自の努力と天賦の才能で県予選を突破し、全国まで這い登ってきた素晴らしいアスリートではあったが、頂点の戦いにおいて環境が数秒の世界の差を生んだのだろう。みり愛は負け続けた。だが、実力は認められていた。現に、高校は水泳の強豪校の指導者自らが複数スカウトにきているのだ。
クラスメイトも、クラブの仲間も、競技水泳に関わる大人たちも、みんな、飯島みり愛を評価し、認め、褒めた。
そしてここからは、浮草が「みた」飯島一家の病状だ。
周囲がストイックに努力を続けるみり愛を褒め称える中。
みり愛の母親だけは、彼女を褒めなかった。
若鮎小学校の七不思議
1.魔の三階の踊り場の鏡
2.自分の頭で球技をする男の子
3.図書室の花子さん
4.旧二宮金次郎像と新二宮金次郎像
5.ヘタクソすぎるとたまにダメだしからの熱血指導してくる音楽室の肖像画一同
6.こっくりさんを呼び出して死んでしまった子どもたちの霊
7.本物の人骨でできた骨格標本
川森中学校の七不思議
1.顔が真っ黒ののっぺらぼうの用務員さん
2.美術室の卒業生の遺品の絵画
3.動く人体模型
4.誰もいないはずの音楽室から聞こえる法螺貝の音
5.パソコン室の花子さん
6.理科室に隠された落武者の生首のホルマリン漬けと、それを探す首なし武者
7.紙がないとき助けてくれるトイレットペーパーをくばる手
子どもの味方から、凶悪な化物までいろいろいますが、ほぼみんな浮草の友達です
卒業生である鶺鴒の友達でもあります




