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第十話

 浮草が店へ入ると、ちょうど柱時計が二十一時半をさしていた。まだ店にいた流火と「セーフ!」と笑いあって、別の接客中の鶺鴒の横をすり抜けて家へ戻った浮草は、いつもどおりに歯を磨いてから寝た。あとは明日、小学校で聞き込みをすれば色々分かるだろう。川森中学の生徒ならば、若鮎小の卒業生だからだ。

 それにしてもさっき店にいたお客さんはなぜ電気ケトルを欲しがっていたのだろう。海中に住んでいるはずなのだが。だからウチの店に来たのかなあ、などと布団の中で考えているうちに、浮草は眠りについた。


 翌日。いつも通りの朝が来てくれた。しかも、薔薇は悪夢を見なかった。学校での現象と夢見の悪さに全く関係がないと確信を得たからだろう。それでこそ薔薇だ。普通の人だと、ここからジワジワと本当に霊に影響され、最悪の場合中途半端に霊感に目覚め、より一層悪霊にとって美味しい獲物になってしまう。日に日に怪奇現象が悪化していくのは、怖い話の王道展開だが、事実でもある。演出ではなく、段階を踏むのが自然の流れなのだ。ただ、強力で性格の悪い霊や、元から人ならざる悪魔などは、人が苦しみ徐々に弱っていくのが見たくて趣味でやっている。当然、いきなり殺すことだって出来る。


 閑話休題。


 今朝は和食だった。お味噌汁、焼き魚、煮物、白米。家を出るとき薔薇に渡されたのはお弁当箱だけでなくスープジャーもあった。お味噌汁はたぶんちょっとアレンジされてるだろう。お弁当はおにぎりだろうか。卵焼きは入っているのか。ああ、なんで小学校は給食なのか。

 浮草にとって、すべきことも決まり、平和に始まった今日。

 だが少しばかり、薔薇にはツラい一日になる。


◆ ◇ ◆


飯島(いいじま)ー、飯島みり()ー? 今日も休みかあ。まだ連絡なかったはずだなあ」

 薔薇は担任の声をぼんやりと聞いていた。朝食の時や登校時は元気だが、座ると眠くなる。多くの人のざわめきや、親友の存在が安心感と眠気を喚起するのだ。薔薇は普段、寝る時間が遅い。店に来る客の気配が気になるのもあるが、幼い頃から寝付きが悪く、睡眠も浅い。小さな物音でもすぐ目が覚める。昨夜、浮草が不意に家から消えたのも気付いていた。でも、あの消え方や聞こえていた会話の雰囲気から、「だいじょうぶなやつ」だとも分かっていたので気にしていなかった。幸広と一緒にフレンドとリバースシティーマジシャンズで遊んでいるうちに浮草は帰ってきて、いつもより少し遅かったが、普通に寝たのも聞こえていた。だから薔薇自身も、いつもどおりの深夜に眠った。

 夢は見なかった。

 いつもどおり、目を閉じて家や家の周り、店の中の気配を聞くともなしに聞いているうちに、意識は途絶え、目覚まし時計に起こされる。平和が戻ってきた。おかげで、気が抜けてむしろ眠い。


 血と澱んだ水の匂いが、鼻を刺した。


 一気に眠気が吹き飛ぶ。だが、頬杖をついた半目の姿勢から薔薇は微動だにしなかった。

 耳と鼻で、周囲を探る。

 音は、いつもどおりだ。担任教師が欠席者を確認し終え、連絡事項に移る。最近の騒動の件を話していた。調査や修理のために部外者が出入りするという話。プールが夏休みまで使えないので水泳の授業は全部なしという話…それは授業で意識して手加減しなくて済むから気が楽だ。

 匂い。血の匂いは、知った匂いだ。傷から溢れる鮮血ではなく、濁った経血のにおい。自分ではない。薔薇は鼻が犬並みなので、クラスの女子のにおいに気付いてしまうことがあるが、これは、この匂いの強さはまるで使用済みの生理用ナプキンを顔に突きつけられているかのような激烈さだ。

 それから真水の匂い。生き物を飼っている水槽の水の匂いがする。下水の汚水の匂いではない。クサくはないが、ここにあるはずがない匂いだ。教室には生き物を飼育している水槽はない。そしてこの匂いも、まるで自ら水槽に頭を突っ込んでいるようにはっきり匂う。

 それら不快な匂いの中に、かすかに良い香りがする。場違いなほど清涼感のある杉の匂いだ。そこまで嗅ぎ分けたところで、肩を掴まれた。

「しっかりしろ」

「栄地」

 顔を上げると、見慣れた美少年の緊迫した顔。朝のホームルームは終わり、一時限目のあいだの5分休みに入っていた。

「あたし、なにかされてた?」

「されてた」

「マジか。直に来たかあ」

「でも、逃げた」

「あれ?」

「薔薇、意識をしっかり保ってろ。お前でも、うたた寝は危ない」

「……えええ、うたた寝が一番好きなのに」

「知ってる。うたた寝が好きなのは。だから言ってる。うたた寝、するな」

「えー、もう、やだぁ」


◆ ◇ ◆


 中途半端が一番良くない。普段の平和な世界でのうたた寝は良いものだ。安全だという証拠だからだ。

 だが、危険に晒されている時、特にこの世ならざるモノからの攻撃を受けているとき、うたた寝が一番危ない。眠りほど深くもなく、瞑想のように静かな集中にもない、あやふやな状態は隙だらけのノーガードなのだ。

 薔薇はその日一日中、自分の腕をつねり、休み時間も栄地と緋水に起こされ続け、一睡もできなかった。それが普通といえばそうなのだが、わずかのサボりも許されず、「絶対に寝るな」というプレッシャーの中で過ごすのがキツかった。

 薔薇を起こしておくことを任せた白夜は、校内でも強力な怪異である七不思議が驚いて自ら話しかけに来るくらいの殺気をぶちまけながら学校中を探し回ってくれたのだが(ちなみに話を聞いた七不思議も協力してくれた)、目立った脅威が見つからなかったのも堪えた。じゃあ寝て良かったじゃん。

 校内は安全となると、心配する幼馴染みたちも、とばっちりで狼狽える七不思議たちもどうすることもできない。薔薇はゲッソリしながら校門を出た。

 だから、門の横にひっそりと小さな人影があることに、珍しく薔薇は気付かなかった。

「あ、浮草?」

「大変だったね、薔薇ちゃん」

 たぶん全部「みて」いたのだろう、心からの同情が満面に出ている。

「セツメイ、モトム…」

「うわわ、ロボットみたいなしゃべり方になってる?! だめだ、薔薇ちゃんはおうちに帰って! おれ、ひとりで行ってくるから!」

「え? どこに行くの?」

 ちょっとだけ正気に戻る薔薇。浮草は買い物に行くみたいな軽い調子で答えた。

「ラスボスの家だよ」

「……だから、説明して?」

薔薇は今作では、無力な守られポジ(ただし防御カンストなので無事)ですが、マルチバースである過去作140字小説の世界線では人外級のパワー型超人です

もちろん、この世界線でもそうなんですが、相手が物理的に存在しないとこの様です

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