第3話《この家で、生きていく》
目が覚めたら、知らない世界。
魔法がある。耳の長い人もいる。でも、俺には何も思い出せない。
それでも――この家の人たちは、俺を受け入れてくれた。
夜、静かに火がゆれるなか。
優しい声に導かれるように、俺は「ここでの生き方」を知っていく。
夜、暖炉の火がやわらかく部屋を照らしていた。
シスター・エルナが用意してくれた甘い香草のティーを手に、
俺は静かにカップを揺らしていた。
「少し、落ち着いた?」
やさしい口調。けれどどこか“芯”のある声だった。
「ここ、“聖ルシアの家”はね、ただの保護施設じゃないの。
子どもたちが、自分の未来を見つけて、育てていくための場所よ」
未来。
今の俺には、まったく見えないものだった。
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「この世界ではね、13歳になると“魔力量”を測るの。
数値によって、都市部の中等部か、地方の分校かが決まるの」
エルナは、俺がまだ何も知らないことを前提に、一つ一つを噛み砕いて教えてくれる。
「そのあと、3年間学校で学んで、16歳の“一月一日”に“魔法の儀式”を受けるの。
そうして、ようやく“魔法が使えるようになる”」
「その日まで、魔法って使えないのか」
「ええ。だから、その間に“自分の得意”を見つけていくのよ」
エルナの目は、まっすぐだった。
優しいけれど、甘くはない。
たぶん、何人もの子どもを見送ってきた人の眼差し。
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「ここにいられるのも、16歳まで。
でもね、それは追い出すんじゃないの。
自分の力で生きていくための、卒業なのよ」
“ここを出る”。
なぜだろう、たった今来たばかりなのに、少しだけ寂しくなった。
「アキラも……焦らなくていい。
でも、何か一つ、“好きなこと”とか“できること”を見つけてごらん。
それが、きっと君の道になるから」
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名前しか思い出せない。
この世界の常識もわからない。
でも。
「アキラ」って呼んでくれるこの声は、確かにここにあった。
俺は――ここで、生きていこうと思った。
魔法の世界の住人、魔法が使えず、今これ。
今回は、アキラがこの世界で初めて“自分の居場所”を意識する回でした。
シスター・エルナとの静かな語らいの中で、
「魔法が使えなくても生きていける世界」への小さな第一歩が描けたらと思っています。
次回、第4話では、初めて“アキラの手”が動き出します。
それは、魔法じゃないけれど――確かに誰かを笑顔にする力。