第0話(プロローグ)《棟梁の道》
物を作ることが、俺のすべてだった。
中学を出て、大工として修行し、ようやく自分の家を一棟建てあげた――その日。
俺は、死んだ。
そして目覚めたら、魔法のある世界で、子どもの姿になっていた。
でも、俺には魔法が使えない。
ただ“手”の感覚だけが残っていた。
木槌の音が止んだ。
釘の一本まで自分の目と手で確かめながら、俺は一歩後ろに下がった。
完成したばかりの一軒家が、夕陽を受けてやわらかく光っていた。
見上げると、軒先のラインも、柱の組みも、妥協のない仕事。
ああ、ついに――。
「おいアキラ、お前の家だぞ。誇れよ」
後ろから親方がぼそっと言った。
振り返れば、あの無愛想な顔が、今日は少しだけ柔らかい。
「……はい」
中学を出てすぐにこの世界に入って、十年以上。
汗まみれで土台を運び、失敗して怒鳴られて、それでもやめようと思ったことは一度もなかった。
物をつくるのが好きだった。ただ、それだけで続けてきた。
俺――アキラは、ようやく一人前として「家一棟」を任され、それを完成させたのだった。
⸻
そして、その日。
工具を片づけ、最後に建物の外観をスマホで撮りながら、ふと道へ出た瞬間。
――クラクション。
――ブレーキ音。
――光。
――音のない衝撃。
車の運転席から、家の施主の男が驚いた顔をしているのが見えた。
でも、もう目を開けていられなかった。
***
……気がつくと、俺は空を見ていた。
空、っていうか――なんだこれ。
でかい月が三つ? 木が青い? 建物が石? 人、耳とんがってる……?
魔法の世界の住人、魔法が使えず、今これ。
職人アキラ、人生の最高の完成とともに命を落とし、
目覚めた先は、魔法が当たり前の異世界。
名前しか覚えていない少年の第二の人生が、今始まる。
次回、第1話《名前しか覚えてない》
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