「おかえしのケチャップ作戦」
【おはなしにでてるひと】
瑞木 陽葵
玄関入って5秒で、「今日も“片付けた風”してるな」って即察知。
「棚って“飾る場所”じゃなくて、“戻す場所”なの知ってる?」と小声で言いながら、今日も整え担当。
――小さい頃から、手を動かすことで気持ちを落ち着けてきた。
荻野目 蓮
本は読みかけ、ゲームは途中、飲みかけの水も“たぶん後で飲む”スタイル。
でも陽葵の整える手つきはなんだか見てて心地よくて、いつもそのまま任せてしまう。
――彼女が手を動かしてる間、自分はキッチンに立つのが暗黙のルール。
【こんかいのおはなし】
蓮の部屋の空気って、
いつも「片付けました」じゃなくて「片付けてる途中です」って感じがする。
「これは、ゲームじゃなくて目薬の置き場なの?」
机の角に鎮座してるカセットと、ぽつんと横に並んだ目薬を見て、
思わず問いかけてしまう。
「……いや、たぶん、途中でどっちも使ってた」
蓮は、苦笑い。
でも、片付けてって頼まれたからには、やるしかない。
本棚に入るはずの小説たち、
コードが微妙に絡まってるゲーム周辺機器、
なぜか食器棚に置いてあった文房具……
すべて、元の居場所へ。
「ほんとに、元通りにすると、逆に違和感感じるタイプなんじゃないの」
言いながらも手は止まらない。
だって、小さい頃からこうだった。
陽葵は、整えるのが好きで、蓮は、ちょっと雑で、
だから、こういうときの役割はずっと変わらない。
「……ありがと。じゃあ、オムライス作るね」
蓮の声が、ちょっとだけ照れてる気がした。
でもそれより「オムライス」ってワードの威力が強すぎた。
「えっ、ほんとに? しかもあれでしょ、ふわとろの、
ちょっとチーズ入ってるやつでしょ?」
「まあ、ご希望があれば」
キッチンの奥から、
卵を割る音と、炒める音。
おたがい何も話さない時間も、
なんだか悪くなかった。
できあがったオムライス。
ちょっと大きめのお皿に、チキンライスがふんわり包まれて、
その上にケチャップが添えられた。
「ほい、陽葵の。描いていいよ」
「えっ、いいの?描くよ? ちゃんと後悔しない?」
「むしろ後悔させてみてよ」
にやっと笑って、
陽葵はケチャップで、**“おつかれマスター”**と書いた。
「じゃあ、蓮のは……これで」
蓮のオムライスに描かれたのは、“整え姫ありがとう”。
「いや、姫って……どの感覚で選んだの?」
「なんとなく! でも、言葉って、ケチャップだとなんか柔らかくなる気しない?」
二人で笑って、
一口ずつ、オムライスを食べていく。
この味は、たぶん、もうずっと知ってるやつ。
「……おいしいね」
「うん。陽葵が食べてくれると、だいたいうまくいくんだよな」
ふと、ケチャップで描いた文字を見て、
食べちゃうのがもったいないなと思ったけど。
食べて、笑って、また作ればいい。
この時間が、また来ればいい。
だから、今は――
「ごちそうさまでした、整え姫より」
【あとがき】
“暮らしの中の好き”って、ドラマチックじゃないぶん、じんわり染みますよね。
陽葵にとっては“整える時間”、蓮にとっては“つくる時間”。
そのあいだにある沈黙が、読者の皆さまの“こころ”に優しい風になって届きますように。