夢見たようなものとは違うけど
「自己紹介が遅れて申し訳ない! 吾輩は間宮 急衛門と申すもの! こちらの国では姓と名が逆らしいと学んだゆえ、この国風に言うのならばキュウエモン・マミヤになるのだろうな! 見ての通り、狸の流れを持つ者である! うつくしい貴女、どうか吾輩に貴女の名を呼ぶ権利をいただけないか?!」
捲し立てる勢いの言葉だが、聞き取りやすい声をしていたので何を言っているのかは理解出来た。ユイラは望まれたとおりに「うん、好きに呼んでね」とこたえる。「なんて心の広い……!」 と飛び上がる目の前の少年に、この人って私が何をしても喜びそうと他人事のように思った。
「きゅーうぇ、ううん、きゅーうぇもん……ごめん、発音が難しいわ。きゅう、きゅ、きゅー?」
「はわわわわ」
「きゅう、きゅーうぇ?」
「待っていただきたいこれ以上は供給が過剰過ぎて吾輩とても困ってしまう」
馴染みのない響きのせいで名前の発音ができない。何度か試していると、急衛門の顔がどんどん赤くなっていった。小さく「きゅう……」と同じように返してきたが、ユイラにはそれがわからない。出来ないことをバカにしてる、というような流れでは無いし、困るといいながら嬉しそうなので首を傾げた。
「ねえ、私には上手く呼べないみたい。貴方のことあだ名で呼んでいい? キュウくんって。だめ?」
「貴女が呼んでくれるなら全て大歓迎なのだ! あ、あのあのあの、吾輩もその……!」
くるくると表情を変えて「ゆ、ゆいら殿!」と絞り出したような呼び掛けに「はーい」と返事をしながら歩く。いつの間にか連れ立っている形になっているが、ユイラの心は入学で浮き足立つのとは違う感覚でフワフワしていた。ただ返事をするだけで喜んでくれる人が隣にいる。
初対面だし、この数分しか話してない。容姿だってスタイルだって、夢見たような憧れるようなヒトとは違う。でも、嫌な気持ちには全然ならないのが不思議だった。
ユイラは年齢より年上に見られがちな容姿なので、出歩いている時に男の人に声をかけられることが何回かあった。特別可愛いから、というよりは、若い女が無防備にふらふらしていて隙があるからというタイプのナンパだ。そういう風に声をかけられる時は大抵、なんか嫌だなという感覚があった。だけどキュウエモンからはその感覚がない。この人って私の事好きなんだと、それだけがはっきりとわかって胸の奥がむずむずとする。
「キュウくん」
「な、なんなのだ?! なんでもこたえるのだ!」
「そんな意気込まなくても……あの、私って番の感覚が分からないんだけど、どういうかんじ?」
「どういうかんじというと……」
キュウエモンは顎に手を当てて少し考えて「吾輩も、己の番が実在するだなんて奇跡を信じてなかったから、凄く驚いてるのだ」と話し出した。ユイラの読んでいた本では当たり前のように番は意思疎通が出来る外見年齢の近い男女だったけれど、実際はそういうものではないらしい。
「しかも意思疎通が出来る同年代の女性だなんて、有り得ないが沢山つくくらいの奇跡なのだが……。吾輩、ユイラ殿の後ろ姿を見た瞬間に世界の色が無限に増えたかと思ったのだ」
「キラキラ?」
「そう! 世界は美しくて、その美しさは目の前のこの女性がいるからこそのもの! そういう衝動的なものを感じたのだ。と、突然無作法にはなしかけてしまって申し訳ない。浮かれてしまった……」
「ふうん、ふーん。んふふ」
「ど、どうしたのだ。なにかおかしな行動をしてしまったか? 吾輩、まだこの国の作法に疎くて……」
「違くてね、違くって。あのね、わたし、嫌じゃないよ。番ってよくわかんないし、だから愛とかそういうのもわかんないけど、入学の日にキュウくんと会えて嬉しいなって思ってるの」
「は、はわわ」
「友達になってくれる?」
「友情は無限の可能性の入口なのだ!! もちろん! 宜しくお頼み申す!」
小説だと出会い頭に攫われたり、熱烈に抱きしめられたりするのがよくある展開だけど、現実だとこんな感じなのだろう。ユイラが「同じクラスになれたらいいね」と話しかけると「大丈夫なのだ! 多少の法を捻じ曲げる権力は持ってるから、なにかあってもなんとかする所存なのだ!」とキュウエモンは力強く己の胸を叩いた。
校門に近付く程に人が増えて、ユイラとキュウエモン以外の者たちも友人と一緒に歩いていたり、その場で出会った新入生同士で挨拶をしたりと賑やかだ。
いまここで、恋愛小説によくある運命の番が出会ったなんて、誰も注目していないし誰も知らない。なんだか自分が特別になったような気分で、取り留めのない話をしながら校門の目の前に来た。在校生の中にいる新入生の親族が出迎えてくれている中、姉と姉の友人もすぐに見つかった。元気に跳ね散らかしてる姉の元に、キュウエモンの手を引いて駆けていく。突然手を繋がれたキュウエモンは「はわわ!」と叫びながらも、見た目以上にしっかりとした体幹で姿勢も崩さず追走した。
「みて! フィーラ、あの子が私の妹よ! ユイラ~! 姉はここ~!」
「ルシアと魂の形似ててかぁわいいね、まるいさんかくで良きね」
「新感覚な褒め言葉貰っちゃった」
「お姉ちゃん!」
久しぶりに会った姉に抱きつくと、そのまま抱えられてくるくると回される。ユイラのきょうだいはみんな、ユイラよりもずっと力持ちだ。手を離したキュウエモンが視界の端でピシッと立っている姿が見えて、なんだか面白くて姉の肩に顔を埋めてくすくすと笑ってしまう。
「あれ、友達? ユイラの姉のルシアです。よろしく」
「ルシアの妹の姉の友達のフィーラなる者ねえ」
「この子、キュウくん。私の運命の番なんですって!」
いつか私にも運命の番がと言った時に、まだ家にいた頃の姉は「あんたは夢見がちで可愛いわねえ」と笑って頭を撫でてきた。そんな、ちょっとした呆れを含んだ甘やかしは嫌いじゃなかったけど、実際にいたのだ。ここに!
「初めまして、お姉上様。吾輩、キュウエモン・マミヤと申します。
未だ若輩にして至らぬ点多き身ではございますが、貴女様のご妹君・ユイラ殿に対し、真心をもってお慕い申し上げております。
現在のところ、吾輩とユイラ殿とは、友人としての関係にございますこと、重々承知の上にございます。
されど、いつの日か正しき段階を経て、誠実なるご縁を結ばせていただきたく、本日はまずその志を、謹んでお伝え申し上げる次第にございます。
また何より、貴女様がご妹君に寄せられるご慈愛の御心を、深く敬愛申し上げております。
義弟として相応しき人間たらんことを肝に銘じ、以後は微力ながらも誠心誠意、信を得られるよう努めてまいる所存にございます。
どうか、至らぬ点の数々につきましてはご寛恕賜り、今後ともご指導ご鞭撻を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げるのだ」
「情報が!! 多い!!」
「ユイラちゃんのことたくさん好きゆえ、ともだちよりもっと好き好きになってもらうのがんばるね。ルシアにも認めてもらえるようにいっぱいがんばるます。……と言ってる」
「なるほど!!! ユイラあんた、一体なんの物語のヒロインなのよ!」
「吾輩の人生におけるヒロインなのだな」
「なんて澄んだ瞳で……! ユイラ、ちょっと…………この子照れてる。キュウエモンくんおいで。ほら可愛い」
「ほっぺた真っ赤でかあいいねえ」
「はわわ!!!」
おねえちゃん見て見て、くらいの気持ちで紹介したのに、ユイラの思っていた以上に真剣な言葉だったので仕方ない。客観的にみて出会って1時間も経ってないのに重すぎないか? と思うものなのだろう。そう思うより先に「嬉しい」が胸の中に咲いてしまったので、ユイラは自分でやらかしたことの責任も取れずに姉の肩に縋って顔を隠した。熱を帯びる頬がどんな色をしてるか、自分でもわかってしまう。どうか入学式が始まる前には、頬の赤みが引いてますように。神様に祈って、姉の肩越しにキュウエモンの「なんて繊細で愛らしいヒトなのだ……!」という感嘆の言葉を聞き流していた。ちゃんと聞いてたら、顔の赤みなんて引くわけないので。
間宮 急衛門
まだこの国と正式に外交関係にない他国出身初留学生。小柄でちょっとふくよか。狸の獣人だがこの国に狸はいないのでレッサーパンダ獣人に思われがち。レッサーパンダ獣人の立場がそれほど良くないので見た目と併せて自動的に舐められがちだが、お国柄的に舐められたらkillす精神がある。いまは運命の番の快適な生活を優先してるので慈悲の心100000000くらいの気持ちでいる。得意武器は槍。化け術が得意。
ロウケイ・ワン(非登場人物)
ワン家次男。母からは「岩に似てる」と言われている。一見、呑気でにこやかなので優しい(甘い)人と思われがちだが、時々何かをカウントしている。それが30になると完全敵対になってあらゆる理屈をねじ曲げても攻撃対象にしてくる時限式爆弾男。学生時代はカウント10だったのでだいぶ心が広くなった。
〇在学時代に増やした校則
1. 模擬戦において、武器を手放した者・降参の意思を示した者に対し、それを妨げる目的で肉体的・魔術的干渉を行うことを禁ずる。特に、口を塞ぐ・動きを拘束するなど降参の表明を阻害する行為は重大な違反と見なす。
2. 学園敷地内の記念樹ならびに由緒ある植物を、打撃対象や鍛錬用の標的として扱うことを固く禁ずる。これに違反した場合、修復費用および再植樹にかかる実習が課される。
3. たとえ性格が合わずとも、『とりあえず殺さない』という最低限の理性は保持すること。