ドッジボールの妖精
「4月4日の4時ごろに、ドッジボールをしていると、ちょうど4時44分44秒にボールが消える」
こんなウワサ、聞いたことある?
僕はあるよ。うちの小学校じゃ、毎年3月あたりから、みんながこの話を始めるから。消えたボールは異空間に行っちゃったんだとか、ボールがなぜか1つ増えるとか、校長室にそのボールが瞬間移動したんだとか。僕のとなりの席のカズトなんか、5つ年上の兄貴が本当に、ボールが消えるところを見たんだっていつも自慢してるよ。
だけど、そんなウワサはでたらめだってのも、僕はちゃんと知ってる。だって、毎年4月4日の4時44分44秒にドッジボールをしてるけど、ボールが消えたことなんて1回もない。
僕の名前はユウセイ。ドッジボールに命をかける、小学5年生(あと何日かで6年生になる)。朝も、中休みも、昼休みも放課後も、土曜日と日曜日もドッジボールしてる。サッカーとかキックベースも楽しいけど、やっぱりドッジボールにはかなわない。
春休みになってからも、僕は公園で、友だちと円ドッジをしてた。近所を回って声をかけまくって、男子5人、女子3人が集まった。人が少ない時は、円ドッジの方が楽しいんだ。せまい公園でもできるしね。
バン! ボールが円の中のカズトに命中した。カズトは舌打ちをして、円の外に出た。円の中に残ってるのはあと3人。すばしっこくて背が小さいリサと、タフでボールをキャッチするのが上手いセイイチと、あとはタク。この3人に当てれば、1回戦は終わりだ。僕らははりきってボールを投げまくった。
「きゃーっ」
よけきれなかったリサが最初に脱落した。セイイチに向かって、野球クラブのリュウタが、とびきりのカーブボールをおみまいした。
「くそ!」
セイイチがボールを落っことした後、残ったのはタクだけだった。タクは、足が早いわけでも、ボール投げが上手いわけでもないけど、よく最後の1人になる。今日も、なかなかタクには当たらなかった。
「ギブ、ギブ!」
とうとうタクは、自分から降参した。
「のどかわいたよ。ちょっと休もうぜ」
「そーだな」
僕らも賛成したけど、タクをとうとうしとめられなかったのが悔しい。
「タクって、ドッジボール上手いよな」
カズトがつぶやくと、そのとなりのヒナもうなずいた。
「今まで1回も外野にいったことないんじゃない?」
「そんなことないよ」
タクはにこにこ笑っている。僕らはみんなで、公園の横の自販機でジュースを買った。僕はファンタ。ヒナはお茶を買った。大人っぽいなと思った。
正直、タクにはドッジボールの才能があると思う。誰よりもドッジボールが好きな僕が言うんだから間違いない。だけど、それを口に出して言うのはなんかイヤだった。負けたみたいな気分になるから。
だけど、その代わりに「もっとドッジが上手くなりたいな」とつぶやいてしまった。地獄耳のリサが、僕をからかう。
「めざせ、ドッジ王!」
そのとき、タクがコーラを飲みながら、ぼくに言った。
「ドッジボールの神様に教えてもらったらいいよ」
「へ? ドッジボールの神様?」
「あっ!」
タクはぎょっとして、口を押さえた。
「これ、あんまり人に言っちゃいけないんだった!」
「何だよ! 言えよ」
ぼくはタクの肩をぐっとにぎった。
「ドッジボールの神様がいるの? 本当に? どこに? いつ?」
タクは困ったように笑った。
「な、教えてよ、タク! 会ったことあるのか?」
「ユウセイって、本当にドッジボールが好きね」
アンナが小さい声で言った。
みんなでタクに尋問していると、とうとう根負けしたタクが白状した。
「12月ごろだったかな。夕方、1人で体育館にいたら、神様がきて、ドッジボールのこつを教えてくれたんだ」
「たしかに……タクが上手くなったのは、12月ごろからだった気がするね」
僕はタクにもっと聞いた。
「どんなこと教えてもらったの?」
「ひみつ」
「何だよ!」
ヒナも興味しんしんだ。
「ね、神様って、どんな人?」
「……」
「なんで体育館に1人でいたの?」
「ひみつ」
みんなは、タクが冗談を言ってるだけだと思ったらしい。だけど僕は、何だか落ち着かない気分だった。
何で、僕のところには、神様がきてくれなかったんだろう?
3月最後の日、僕はお気に入りのボールを持って、ちょっと遠くの公園に行った。何となく、タクやいつもの友だちをドッジボールに誘う気にはならなかったんだ。
今日の公園は、けっこう広い。すべり台とかジャングルジムとかぽよんぽよんの山もいっぱいあるけど、なんたってドッジボールができるコートがある。
そこには、もう先に知らない子たちがドッジボールをしてた。どこの小学校だろう。となりの学校と僕らは仲が悪いから、要注意だ。僕はベンチに座って、そのドッジボールを見てることにした。
ボールがびゅんびゅんすごいスピードで飛び交う、すごい試合だった。見てるうちについ前のめりになってしまう。外野に回った人も、すぐに別の人にボールを当てて内野に戻ってきた。内野の人たちは固まって動きにくくなることもなくて、逃げやすそうだった。
「すごい……」
もしかしたら、全国大会とかに出てるチームなのかもしれない。そう思った時、ちょっと自分が恥ずかしくなった。ドッジボールは好きだけど、本当の試合には出たことがないんだ。ただドッジボールが楽しいから、毎日遊んでるだけ。
タイマーがビーッとなって、その子たちがコートからぞろぞろと出てきた。休憩するみたいだ。汗だくの男子が、ペットボトルのアクエリアスを一気に飲んだ。それをぼんやりと見ていると、その中の1人と目が合った。
その男子は、こっちに近づいてきた。僕の足元にあるボールを見て言う。
「ボール持ってきてるんだね。1人?」
「うん」
「よかったら、一緒にドッジやる?」
僕はどきっとした。
「いいの?」
「うん。だって、ずっとぼくらのこと見てたよね」
僕は勢いよく立ち上がった。ほんとは、うずうずしていたんだ。
それからうんと長い時間、僕らはドッジボールで戦った。途中で何回もメンバーを交換したり、ボールを2個にして遊んだ。僕は何回も当てられたけど、外野からも当てて復帰した。その場のみんな、外野にも内野にもずっとはいられないんだ。
6時のメロディが流れた時に、やっと僕らは試合をやめた。みんなバテバテで足ががくがくしていたけど、まだまだもっと走れる気がした。コートにみんなで同時に寝っ転がると、なぜか笑いが止まらなくなった。
「あー、楽しかった」
僕を誘ってくれた子が、そうつぶやいた。
「また、遊ぼうね」
僕もうなずく。どこの学校か聞かないと。そう思ったけど、口を開いたらのどがカラカラで、声が出なかった。
お茶とか買ってこよう。起き上がって、自販機を探しに行く。公園が広いから、自販機もちょっと遠いところにあるらしい。
麦茶を買ってコートに帰ると、そこにはもう誰もいなかった。
「あれ?」
コートの近くにも、公園の中にも、あの子たちはいない。それどころか、ジャングルジムで遊んでいた子どもたちももう帰っていた。僕はその時やっと、もう周りがうす暗いことに気づいた。
「名前、早く聞いとけばよかったな……」
ちょっとだけ後悔する。だけど、ここに来ればまた会える気もする。
コートに転がっていたボールを拾って、家に帰った。家の中で気づく。これ、僕のボールじゃない。さっきの子たちが、間違えちゃったんだ。
4月になった。もうすぐ始業式と入学式だ。僕らはもう6年生だから、新しい1年生に道案内をしてあげなくちゃいけない。だから、4月4日はまだ春休みのはずなのに、学校に来ていた。
新しいクラスで、タクがとなりの席になった。
「ユウセイ、久しぶり」
タクは真っ先にそう言った。
「久しぶりってことないんじゃない?」
春休み、タクと遊んだばっかりだ。
「この前、円ドッジをして以来だから」
タクはちょっと困ったような顔をした。
「あの時の、ドッジボールの神様のことだけど……」
僕ははっとした。
「会わせてくれんの?」
タクは首を振る。
「神様に怒られそうだから、それはできない。でも、あの時、ユウセイに悪いことしたなって思って」
「別に、いいよ」
僕が勝手にもやもやしていただけだから。今はあんまり気にしてないし。そう言おうと思ったけど、その前にタクが口を開いた。
「これから、もっといっぱいドッジボールをしようよ。ボールをよけるこつも、ユウセイなら神様に教えてもらわなくても分かると思う」
「何だよ、それ」
「だって、ユウセイはドッジボールが大好きだから」
それは、そのとおりだ。
「タクもだろ」
タクは顔を赤くした。それから、自分がドッジボールの神様に会ったのはただのグーゼンかもしれないと言った。たまたま体育館に神様がいて、タクがいたから、ドッジボールのことを教えてもらえたんだって。
なら、僕もいつか、ドッジボールの神様に会える気がしてきた。
放課後、僕らはいつもの仲間を集めて、校庭で鬼ごっこやサッカーや、ドッジボールをした。学校はお昼すぎに終わったのに、夕方まで僕らは校庭にいた。時々先生が見に来たけど、早く帰りなさいとは言われなかった。
ドッジボールの最中、僕の手元にボールが来た。ボールを投げようとした時、誰かが「時計を見て!」と言った。
学校の壁の大きな時計は、4時44分をさしていた。
その時皆が同じことを思い出した。1年生の時から知っているウワサの伝説。
僕は少し迷って__ボールを思いっきり投げた。ボールは相手コートに真っ直ぐ飛んだ。だけどちょうどそこに突風が吹いて、ボールはあさっての方向に飛ばされた。
皆がぽかんとして、それから大笑いした。なんだ、ウワサの真相はこんなことだったのか。
ボールを拾いに行った僕は、1人雷に打たれたぐらいびっくりした。
校庭の隅に転がるボールは、この間遠くの公園でなくした、僕のボールだった。