09 魔法屋
「ああ。『ガタウリン魔法店』なら、俺もちょうど行くところだったんだ。道案内するよ。なんだか、リゼルって、すっごく運が良いね」
「えっ……ええ」
曖昧に微笑み頷いた私は、運が良いのか悪いのかわからない。
……確かに命の危険を助けて貰えたことは運が良かったけれど、こんな町中で白猫の仮面被っている人の隣を歩きたい人なんて、百人中一人、居るかどうかだと思うもの。
横からも顔をうかがい知ることの出来ない立体的な仮面には、上手いこと目の位置に穴が付いて居るのか、私の様子は良く見えているようだ。
後頭部にある綺麗な銀髪は差し込んだ日光に透けて、なんだか白い猫の化身のよう。
隣を歩きながら楽しげにふんふんと鼻歌を歌う彼をチラッと見て、何故仮面を被っているのか聞こうかと思った。
けど、それを聞くことによって、何かに巻き込まれそうな気もして……それは嫌だった。
「君は俺の名前を聞かないんだね。リゼル。貴族令嬢ならば自分の名前を聞くのなら、そちらも名乗れとでも言いそうだけど」
彼は不意にそう言ったので、思って居たことが知らずに口から出てしまったかもしれないと、私は口を手で押さえてあわあわと慌ててしまった。
そんな私を見て、彼はどんな表情をしているかわからない。それに、こんな往来で仮面を被っている人が居たとしたら、全員が彼を避けると思う。
今だって狭い路地なのに、何気なく扉を開けて出て来た人が、私たちを見た途端に、出て来た扉に静かに引き返して行ったもの……それをしても不思議ではないくらいに、彼は怪し過ぎる出で立ちなのよ。
「名前を……聞いても、面倒に巻き込まれないですか?」
ついさっき、彼が悪漢を撃退した謎の効果……おそらく、彼は何かの『加護』を持っていそうだとは思った。
神から特別に授かったという証は『加護』と呼ばれ、それを持つだけでも生きていけると言われるほどの特別な力。持っている人がそもそも珍しいので私もあまり詳しくはないんだけど、高位貴族や神官に良く与えられるらしい。
けれど、同じ世代には居ても数人とか……そんな重要な『加護』を持つ人物が、こんな路地裏に仮面を被って居るの?
何か訳有りなのだろうと考えるのが、自然な行動だと思う。
「うーん。僕の家名を聞かなければ、多分大丈夫だよ。名前を知っているだけのただの知人で、通ると思うけど」
彼の顔は見えないけど……白猫の仮面の下は、楽しそうに笑っていると思う。
……怪しい。怪し過ぎる。
出来るだけ、関わりたくない……関わりたくないはないけれど、彼は悪漢から助けてくれて目的地まで連れて行ってくれるというのに、失礼をしたい訳でもない。
「では、お名前だけ……聞きたいです」
家名を聞かないなら大丈夫というのなら、名前だけ知りたいと私が言えば、彼はくつくつと喉を鳴らした。
「俺の名前はレヴィンだよ。リゼル。君はとても慎重な性格なんだね」
レヴィンはそう言ってから、鼻歌を歌いつつ、また前を向いた……レヴィンは自分が他の誰かから見て、どう見えるか知っています?
なんて、ここで聞きたいけど聞かない方が良い質問、第一位なのだと思う。
仮面を被っている理由も聞きたいような気がするけど、聞けば何かに巻き込まれてしまいそう。ならば、私だって何も知らない方が良いのだわ。
「もうすぐ、ご希望の魔法屋に着くよ。どんな魔法を買うの?」
目的地はそう遠くない場所にあったようで、私はホッとした。とてもとても怪しい人と歩く時間は、もう終わるのね。
私はレヴィンに見せるように、片手で大きな眼鏡を持ち上げた。
「私眼鏡がないと、近い距離に居る人の顔もわからないくらいに目が悪いんです。だから、視力を良くして欲しくて……『ガタウリン魔法店』を営む魔法使いは、珍しい魔法も使えると聞きました」
「視力を? ……ああ。君って目の緑色が透き通っていて、宝石みたいだ。素晴らしく綺麗だね。眼鏡に隠れているなんてもったいないから、魔法で良くなって眼鏡を取れれば良いね」
その時、意外とまともな事を言うなと思ってしまった。白猫の仮面を付けて街をうろつくような人なのに。
……レヴィンが仮面を付けている理由は気になるけれど、やっぱり知らない方が良いのだろう。
「……はい。レヴィンは、どんな魔法を買いに来たんですか?」
「俺はね。魔法目当てでなくて、自作の魔導具を作るのに凝っているんだ。オズワルドは君の知る通り、珍しい魔法に通じている。だから、色々と意見を聞きたくて何度か尋ねているんだ」
「なんだか、凄いですね……」
「別に会話を続けようと、無理しなくて良いよ。リゼルは僕に対し興味ないだろう」
レヴィンはその時にサラッと言い放ったけれど、なんだか凄い事を言われたような気がして、息が詰まりそうになった。
「……そういう訳では……ないですけど」
レヴィンには危険なところを助けて貰ったし、目的地までの道案内だってしてくれている。優しい人だと思う行動ばかり。けど、顔を覆う仮面を被っているという大きなマイナス点ひとつで、通常ならば遠巻きにして話もしなかった。
良くわからない罪悪感に目が泳いだ私のわかりやすい嘘に、レヴィンは楽しそうに笑った。
「俺に興味がない女の子は、別に嫌いではないよ。むしろ好きだな」
「変わってますね……」
自分に興味のない異性が好きなんて、本当に変な人だった。仮面の下はなんとなく、美形なのかもしれない。普通なら女の子に好かれるような男性でないと出て来ない言葉だ。
「そう? 俺に言わせると、君だって十分に変わっているけどね。さあこちらが、目的地だ。どうぞ。お嬢様」
私たち二人が話している間に、既に目的地の店前に辿り付いていたようだ。
扉を開けるようにと促されたので、私は古い金属製の取っ手を回した。